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「は…本当に鏡夜先輩の婚約者なの?」 友人となった藤岡ハルヒにそう言われて、は少しだけ顔を歪ませた。 いつもと変わらない桜蘭というこの学園。 今日は特に青い空と暖かい陽射しが心地よい日。 そして部活に使うという庶民の食卓インスタントラーメンを買うというお遣いを命じられたハルヒ。 その手伝いに来ていたのは気持ちは男、見た目も男、身体的にだけ女というだ。 同じ一年、そして同じ『女って何だっけ』みたいな感情を持つ二人は話が合う。 そんな友人からそんな話を出されて、の心は一瞬にして面倒だ、というものに変わった。 「…あー……それ誰に聞いた?」 「ハニー先輩」 「……ったくあの人は……」 の気持ちを曇り空にしたのは、どうやら先輩でもあり武術の師匠である埴乃塚らしい。 彼と銛乃塚とは師匠と弟子の関係にあるため蔑ろには出来ない。 が、余計なことは言わないで欲しい。 心の底から、あのホエホエとした笑顔にうんざりした。 一方ハルヒは気になって聞いたとはいえ、の表情の変化に気付かない人間ではない。 「…えーと、ごめん、いきなり。何ていうか、あの鏡夜先輩とがー?って思って」 鳳鏡夜といえば、3年A組、鳳グループ社長の三男。 成績は学内、全国内共にトップを走る彼はクラス委員長とホスト部副部長という役も担う。 その知性と当たり障りのない紳士的な接し方が人気。 基本、ホスト部では客と接しつつも裏方(売り)に回っている。 とまぁ、表面上はとても良い人なのだが、彼の裏、というより元の性格は性質が悪い。 人を思うように動かすこと、計画的に物事を進めて利益を得るという過程が好きなのだ。 一言で言うなら、「黒い」だろう。 まぁ、そういう彼だからこそホスト部が上手く回っていると言っても良い。 そして一方、といえば1年D組、世界の裏世界のトップといわれるマフィア、チザクラファミリーボスの娘。 一人いる兄は世界警察のトップに君臨している。 マフィアの『娘』としてではなく、後継者の『息子』として育てられた。 そのため銃などの戦闘は叩きこまれ、裏世界の生き方を学んできている。 特に情報収集能力に長けているため、表も裏も情報という情報は全ての手の中と言っていい。 ちなみに今彼女は一人暮らししていて、庶民の生活に慣れている。 銀の髪と紅の瞳が珍しいながらも、中性的な顔とほとんど無表情な顔は見た目近寄りがたい。 また、そんな家系であるためほとんどの生徒が情報漏洩を恐れているため近寄らない。 (そんなことをしても漏れているのだが) 性格としては面倒臭がり、人と慣れ合わない一匹狼、マイペース。 しかしお茶のことには真剣で、彼女の淹れるお茶は美味しいと評判が良い。 それをホスト部が拾ったというわけだ。 「そんなに仲良いってわけでもなさそうな…」 そんな生き方も家系も正反対の二人が何故、婚約者となっているのか。 況してや仲が良いようにも見えない。 ホスト部メンバーのほとんどが、どんな人だろうと慣れ合える。 と話すときもからかったり、まるで家族のように肩を組んだりするほどだ。 だが、鏡夜はいつものようにクールに話すのみ。 また必要事項以外話さないため、もそれなりの対応しかしてないように見える。 不思議そうに、でもなんだか申し訳なさそうに言うハルヒに、は溜息を吐いてみせた。 「藤岡、それなんか勘違いしてねぇ?」 「え?」 「婚約っつーのは、本人なんてどーでもいいんだぜ?」 レジを通って、エコバッグにラーメンを入れて行く。 綺麗に入れるのではなく、適当入れるあたりは大雑把だと言っていい。 どうでもよさそうにそう言い切るに、ハルヒは目を丸くした。 「利益があるから婚約すんだよ。鳳家と家はな」 「利益?」 「そ」 ばかりに袋詰めさせるわけにもいかず、ハルヒもエコバッグを取り出す。 彼女もまた結構大雑把ではあるが、ほどではない。 空きスペースを考えながら入れていく。 心の端で「お客の分考えたら結構な量だ」と思いながら。 「鳳家は『こっち』の世界で名を作ることで『こっち』でのルートを手に入れる。家は『そっち』の世界に仲間を作ることによって、逃げのルートを作る」 「はぁ」 「そうすることで両家の儲けはあがるっつーわけ。お互い利益あっから、ちょっと婚約しとこーぜって感じ」 つまりはそういうこと。 鳳家は裏社会に繋がりが欲しい。 家は表社会に繋がりが欲しい。 それぞれ得ることによって、リスクも高まるが何よりそれより大きいモノが得られる。 だからこその婚約だ。 全部詰め終わって、二人はスーパーを出る。 相変わらずの良い天気だ。 二人はのんびりと学園まで足を進めた。 「こっちの世界では『婚約』をそう使うんだよ。ただの同盟よりは繋がりが強いからな」 「なんていうか…いつも思うけどお金持ちって面倒くさいね…」 「まーな」 手に下げたエコバッグは量は多いものの、そんなに重くはない。 インスタントラーメンばかりだからだろう。 これで飲み物があったらもっと重かったはず。 お遣いがこれだけで良かった、と思いながらも足は面倒そうに進んでいく。 「なんていうか…はそれでいいの?」 ハルヒはちらりとを見やる。 自分より少し大きい、男子の制服を着た彼女。 表情は嫌そうだったものから面倒そうなものへと変わっている。 これは、諦めの表情だ。 「いーんじゃねーの。この婚約で家が儲かろうが没落しよーが知ったこっちゃねーよ」 「…めちゃくちゃ他人事のように言ってるけど、自分のことだよね?」 「いーんだよ。いざとなったらこの婚約破棄出来るほどの情報は持ってるから」 「ええええ(恐っ)」 今は放置しても問題ない、という理由で無視しているらしい。 どうでも良さそうに話すの目は遠い。 だが、面倒そうなその声には真剣なものも混ざっている。 本当に嫌だったら、本当に婚約破棄するのだろう。 驚きながらも、ハルヒはある意味納得した。 これがだ、と。 「それに、正確にいうと俺は鏡夜の婚約者じゃねーしな」 「…は?」 角を曲がったところで、いつもと同じ声で爆弾を投下していく。 その爆弾を避けきれずにハルヒの頭は一時停止。 は何ともなさげに口を開いた。 「俺は鳳家を継がないヤツの婚約者なんだよ」 「は、はぁ?何それ?」 鏡夜先輩の、という話ではなかったっけ。 そんなハルヒの心の声は届くはずもない。 しれっとは再び口を開いた。 「当たり前だろ?鳳家当主を裏社会の人間と堂々と婚約させるか普通?それこそ評判ガタオチだろ」 「え?あ?そ、そーいわれてみれば?」 「鳳家のサポート役ならまだそこまで評価は落ちねぇ。だから当主の兄弟と婚約させ、裏社会の情報ゲット…こういうシナリオだ」 「め、面倒くさい…」 なんだか面倒そうな話に、ハルヒは一瞬眩暈を覚えた。 しかしそう言われてみれば納得出来る。 クリーンなイメージを持たせるには、当主たる人間にはクリーンな人を婚約させるだろう。 裏社会の人間だったら、今の今まで築いてきた表社会の関係が崩れかねない。 それならばまだ、その兄弟が婚約した方がそのリスクが低くなる。 お金持ちならではの、利益の攻防線。 そこに『婚約』というカードが存在し、それが身近な人物達にあったとは。 「この間、現当主が兄弟を関係ないと言い切った。これで鏡夜が当主争いに堂々と入ったことを意味する」 「うん?」 「となると、アイツは今以上に必死になって当主になるだろうよ。何が何でもな」 三男という立場上、諦めていた当主の座。 それが見えてきた今、必死になるに決まっている。 人の立て方、自分の立て方、社会の立て方。 多くを吸収し、多くを発揮するために。 「鳳を継ぐのは、鏡夜だ」 必死になる人間に、胡坐をかく人間が勝てるわけがない。 確信にも近い声の強さに、ハルヒはのんびりと紅の瞳を見上げていた。 「…鏡夜先輩のこと、信じてるんだね」 「あ?違ぇよ。俺の婚約者がアイツだと思いたくねーだけだ」 ハルヒの言葉に、は嫌そうに顔を歪めた。 ふいと顔を逸らし、面倒そうに遠くを見る。 しかし、ハルヒの顔は柔らかく笑んだまま、その横顔を見つめている。 青空から夕陽に変わる色に照らされた、その顔を。 (確かにそうかもしれないけど) 鏡夜が婚約者だなんて思っただけでゾッとするものがある(ハルヒにとっては、だが)。 だけど。 (婚約破棄しないのは、鏡夜先輩のためなんだろうなぁ) 勿論家のためもあるだろう。 だが、そこに居座るのは、彼のためだと漠然と思えた。 鳳家を継がなければ、三男である彼が一番と結婚する確率が高くなる。 歳も近いし、友人関係(?)にあるのだ。 きっと、それを脅すためにいる。 『鳳を継がなきゃ、俺と結婚するハメになるぞ』 と。 そうやって彼の背中を後押ししてるんではないだろうか。 それに、なんだかんだ言いながら、鏡夜の話をするの目は幾分か優しくなる気がする。 つまりは、ハルヒの勘が当たっていればそういうことで。 婚約の我慢も、まぁある意味そういうことで。 (…うーん、複雑だ) これは鏡夜を応援するべきか。 それともの『そっち』の感情を応援するべきか。 いや、応援したところで何にもならないのだが。 「藤岡、うんうん唸ってるとこ悪いけど、もう着いたぞ」 「ハッ!?ほ、本当だいつの間に!」 気がつけば第三音楽室前。 がのんびりと扉を開けて、入っていく。 中からは「キャーッハルヒ君が帰ってきたー!」と黄色い声が上がる。 同時に「ハールヒー!お父さん待ってたぞー!」とうざったい部長の声も上がる。 二人はインスタントの入った袋をテーブルの上にどかっと置いた。 「じゃ、俺はキッチンの方でのんびりしてっから。お茶のオーダー入ったら教えて」 「え、あ、うん。手伝ってくれてありがと」 「おー」 まるで何事もなかったかのように、は持ち場のキッチンへと入っていく。 彼女はホスト部員ではなく、お茶係なのだ。 接客することはほとんどない。 銀の髪が見えなくなったところで、ハルヒはすすっと鏡夜の隣に立った。 「どうした?」 「いえ、あの集団に入りたくなかったもので」 あの集団、というのはインスタントで盛り上がっている集団だ。 部長の環を始めとする、部員やお客はテンションが上がっている。 あの味が忘れられないだとか、健康に悪そうなこの感覚が…とか語り出したら止まらない。 インスタントでこんなに盛り上がるそこに入りたくなかったために、静かな彼の隣に来たのだ。 そして、もう一つ。 「あの、鏡夜先輩。ハニー先輩とから聞いたんですけど、の婚約相手って『鳳家を継がない者』なんですね?」 何となく、彼がこのことにどう思っているか聞きたかったから。 今は何せインスタントで盛り上がって五月蠅いのだ。 此方の声は聞こえまい。 ハルヒの言葉に、鏡夜はおやと腕を組んだ。 「ハニー先輩はともかく、アイツからも聞いたのか」 「はぁ。最初の婚約相手は鏡夜先輩だと聞いたので、その確認のため本人に聞いたんですけど」 「ああ、なるほどな」 だから『鳳家を継がない者』と言ったのか。 と、鏡夜は一人納得した。 二人は視線を合わせずに、ただ盛り上がる人の集まりを見やる。 それぞれ冷たい視線で。 しかしそっちの心とは裏腹に、今は会話の中に心がある。 「お金持ちって面倒なんですね」 「そういうモノだからな。『婚約』というのは」 「それも言ってました。でも深く考えてないみたいで…いざとなったら婚約破棄するって」 「だろうな。アイツはそういう奴だ」 「はぁ…」 の性格は彼も承知の上なのだろう。 特に何の反応も示さない。 鏡夜はいつもと同じ表情で、ゆっくりと口を開いた。 「その話は俺には関係ないだろう。鳳を継ぐのは、俺だからな」 しっかりとした言葉は『婚約』など関係ない、というもの。 つまりはのことなどどうでも良いのだろう。 当主を目指す人間として、これは当たり前のことかもしれない。 「はぁ…そうかもしれませんけど」 だが。 の表情を知っているハルヒは、複雑だ。 「ああ、それと」 「はい?」 まだ何かあるのだろうか。 ようやくハルヒは目の前の『三分間どうやって待つか検討する会』から目を背けた。 隣に立つ、眼鏡をかけた青年は彼女を見下ろして。 「アイツの婚約者は俺で合っている」 「…は?」 「鳳家を継ぐことが決まれば、その『当主』の思うがまま、ということだ。覚えておけ」 と、ニヤリと笑った。 素直になれない二人の繋ぎ方 「は?え?だって継がない人がって…」 「だから『その話』は関係ないと言っただろう」 「は、ハァ!?(どんだけ魔王なのこの人!)」 つまりは鳳当主になった暁に主人公を無理にでも嫁にするという魂胆。 |