|
外に出れば、多くの近所の人々が集まっていた。 奇異なモノを見る目。 それでもそれがいつもより緩和されているのは、偽善の笑顔を振りまく父親のお陰。 自分とは似つかない、れっきとした日本人の父。 しかし、しっかりと血は繋がっている。 「」 の名を呼ぶ。 優しい声を出す父親に、寒気を感じながら歩を進める。 隣に立つように促される。 促されるままに、彼の隣に立つ。 「今まで有り難うございました。新天地で二人力を合わせて頑張っていこうと思います」 頭を下げる父親と同じような動作をする。 すると、あちこちから「気をつけて」とか「頑張って」とかいう言葉がかけられる。 それは主に父親に向けられた言葉だろうことを、は知っている。 何せ外面だけは良い父親なのだ。 逆に、の近所の評価は低い。 日本人離れした外見、その上、喧嘩ばかりしては帰ってくるのだ。 不良、としか呼べない彼女を受け入れる人たちではない。 「ちゃん」 ただ一つの家族を除いては。 優しい声色に、はゆっくりと顔をあげる。 黒い、ウェーブした長い髪を靡かせた、優しい顔の女性。 昔から変わらぬ、美しさ。 優しさ。 清麿の、母親。 「……おばさん」 おばさん、と呼べば嬉しそうに微笑む彼女。 そういえば、近頃全く顔を合わせていなかったように思う。 理由は単純明快だ。 彼女の息子を…深い闇に陥れたから。 「ちゃん、また遊びにいらっしゃいね。おばさん、お菓子作って待ってるから」 ゆっくりと近づいて、怪我に触らないように優しく抱きしめてくれる。 温かい、優しい、甘い香り。 昔と変わらない扱い。 自分の息子を傷つけた本人だというのに。 彼女はまるで、を自分の娘のように扱う。 その優しさが、温もりが胸を締め付ける。 「…ありがとう、おばさん。……ごめんなさい」 きっと彼女も苦しんだろう。 自分の息子が、近所の幼馴染によって不登校になってしまって。 それでも彼女は最後まで優しくを見送ろうとしてくれる。 今までありがとう。 ごめんなさい。 他に言う言葉が思いつかない。 そんな自分が不甲斐ない。 不意に、頭に重みがかかる。 固く大きなその手に、の顔が自然と青ざめ、身体がビクリと反応する。 清麿の母親は、抱きしめていたせいかの様子に気がついたようだ。 そっと、身体を離す。 「高嶺さん、本当にお世話になりました」 手の主が、優しい声を出す。 猫撫で声にも似たそれ。 のこめかみから、冷や汗が一筋流れる。 「さん…」 何か言いたげな清麿の母親。 しかし、彼は取り合うつもりはないようで。 「では、そろそろ行きますので」 と、を自分の手中に収めた。 収めたといっても、肩を抱いただけだ。 が、顔はどんどんと青ざめ、汗は次から次へと流れる。 大きなその手は、思考をなくさせる。 「さ、。車に乗って」 彼はの肩を力を入れて掴み、優しく囁く。 肩の傷のあるは一瞬顔を歪めたが、何事もないように、父親の所有物である乗用車へと乗り込んだ。 荷物を後ろの席へと置き、自分は助手席へと座る。 ふと自分の腕を見ると、ひそかに震えているのが見える。 抱かれていた肩の、腕。 「……チッ」 誰にも聞こえないように舌打ちする。 はもう片方の手でそれを掴み、震えを見せまいと押さえる。 ツゥ…と伝った汗が腕へと降り立つ。 どれだけあの男が恐いのか。 身体が心よりも反応を示している。 バタン、という音と共に運転席に父親が乗り込む。 未だ笑顔を絶やさないのは、まだ近所の人たちが見守っているからだ。 そんな彼の姿を、は見て見ない振りをする。 「それでは、失礼します」 窓を開けて、全員に笑顔と礼を振りまく。 そこらの人たちは同じように笑顔で送り出す。 も微笑まないまでも、礼だけはする。 清麿の母が瞳に映る。 彼女は他の人たちとは逆に、心配そうにを見ている。 (…おばさんは、知ってるんだろうか) この家の秘密を。 これからのこの家の運命を。 それすら感じられる視線。 は、その視線から逃れるように。 俯いて、視界を塞ぐ。 車は走り出す。 スピードは速くなり、もう彼女達から見えない。 見慣れた町は消えていく。 隣にいる父親。 そして。 二人は何も言わずにそこにいる。 最後のドライブ。 最後の、家族である時間。 夕方は消える。 |