いつもと変わらない家への路。
いつもと変わらない近所の視線。



いつもと変わっているのは。



自分の家の前には引越し用のトラックが一台あることと。

『彼』が優しい『父親』を演じていること。







「おかえり……どうしたんだい、その怪我は」



優しい眼は、いきなり心配そうな視線での身体を見つめた。
見るからに怪我をしました、というようなの格好は、いつも以上に近所の視線を浴びていた。
まるで壊れ物を触るかのように、そっと肩をつかむ中年の男。



「ちょっと、喧嘩しただけ」



理由を単純、且つ明確に。
肩に感じる重みに、内心怯えながらは視線を逸らした。

見たくもない。
恐い。
偽善の微笑みの裏を、知っているから。



「そうか。家に戻って手当てしなさい。そうしたら、近所に挨拶に行くからね」



ポンポンっと軽く頭を叩いて、引越しの職員の元へと去っていく。
それを見届けた後、は何事もないかのように家へと戻った。

玄関を通りぬける。
緊張が解けて、ドッと大量の冷や汗が流れ出た。
足が振るえ、膝が笑う。
壁に手をつき、どうにか自分の身体を支える。
呼吸は荒くなり、この自分の身体の反応に、は苦笑を漏らした。



「…ハッ…ちょっと触られただけだってのに…情けねぇ…」



触れた肩と頭。
そこだけが冷たく、凍ってしまいそうな感覚。
自分の身体を抱きしめて、家の中へと入る。

家具で溢れていた家は、綺麗に片付いていた。
良い思い出は一つもないが、それでもここまで何もないと少し寂しい。
自分の部屋に行くと、昨日まとめていた荷物以外は綺麗になくなっていた。
荷物の中をあさり、救急箱とタオル、着替えを引っ張り出す。



「せめて見える傷を隠さなきゃな…」



タオルを十分に濡らしてから、身に纏っている服を全て脱ぐ。
白い肌。
そこに今までの喧嘩の傷と、…過去からの傷跡が顔を出す。
は見ない振りをしながら傷口にタオルを当て、泥や血を確実に落していく。
沁みる、沁みないはもはや別の話。
とにかく落さないことには、何も始まらないのだから。



「…頑張ったな、俺」



もう、頑張らなくていい。
もう、解放される。

そう考えれば、傷跡すら愛しい。
嘲笑うかのように口元を歪め、は救急箱へと手を伸ばした。
消毒液を傷に吹きかける。
そしてあちこちに包帯、湿布、絆創膏を貼り、手当てを完成させる。



「…頑張った、俺」



手に入れるは自由。
何の束縛もない世界。

この世界には、もう。





は頭を左右に振り、さっさと私服へと着替えた。
ジーンズに、シンプルな黒の長袖のワイシャツ。
汚くなった制服とタオルはビニール袋に入れて、救急箱と一緒に荷物へと突っ込む。

痛む傷に顔を顰めながらも、はその荷物を背負って自分の部屋を後にした。
遠くから『彼』の声がする。





今日で最後の。

父の声が。













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