今日も潮風が心地よい。
青い空と白い雲は初夏を告げようとしている。


新しい家と家族にも慣れて、家事も出来るようになった。
土地にも、人にも慣れてきた。
最初は見た目から、恐がられていたのだが。



〜!ただいま!買い物行くぞ!!も!」


「おかえり、お兄ちゃん」


「僕はおまけ扱いですか」


「おい新!大声出すな、ここは診療所だぞ」


「あ、悪ィ」



診療所の手伝いの最中に、大きな声が響く。
大声は駄目じゃないかと思いながらも、は声の方向へと顔を出した。
父はさすがに注意したが、直るわけもない。
これが、日常茶飯事のようなものなのだから。



「おやおや、仲良しでいいねぇ。ちゃん、君も新ちゃんと一緒に行ってらっしゃいな」



だからこそ、患者さんである人たちものんびりと微笑む。
彼ら曰く、元気な声を聞くとこっちも元気になれるんだそう。
と、いうのも患者である彼らは健康診断の傍ら話をしに来たとか、のんびりした人たちが多いからだ。
さすがに具合悪い人がいたならば彼も自粛する。



「おばちゃーん!いい加減、俺の名前にちゃん付けすんのやめてくれよ〜」


「昔からちゃん付けなんだから、いいじゃないか。ねぇちゃん」


「あははは!そうですよね〜」


「うぉい、まで!!ちょ、なんとか言ってやれ!」


「何言ってるんですか新ちゃん、あ、間違いました。新さん」


「うぉぉい!!」



診療所内に明るい笑い声が響く。
は笑いながらも、今の幸せを振り返っていた。


ここが田舎で、皆人柄が良かったというのもある。
父の寿が信頼できる医者であることもある。
兄である新が気さくで人懐っこい人柄のため、そしてが優しい人柄だ、ということもあって。
さすがに最初は恐る恐るだった人たちも、だんだんを認めてくれるようになっていた。
声をかけ、微笑んでくれるようになった。

これを幸せと呼ばずして、何と呼ぼう。



「あーもういいよ!とにかく買い物行くぞ買い物!」



すっかりヘソを曲げた新がそのまま外へと出て行ってしまった。
買い物、といってもこの町のスーパーに違いない。
後を追えば間に合うだろう。
は顔を見合わせて小さく笑い、患者さんであるおばさんにペコリと頭を下げた。



「あ、じゃあ前園さん行ってきます」


「はいはい行ってらっしゃ〜い」


「気をつけて行ってこいよ」


「うん、行ってきますお父さん」


「行ってきます寿さん」



父である寿が顔を出して見送ってくれる。
はしっかりと銀色の本を、いつも持ち歩く鞄に詰め込む。
そして二人で外へと、新を追いかけた。



ちゃん、ようやく慣れてきたみたいだねぇ先生」



前園、と呼ばれたおばさんが微笑ましげに後姿を見送る。
寿も同様に、その言葉に微笑んだ。












「お兄ちゃん、待って〜」


「新さん、大人気ないですよ」


「うるせぇよ!ったく、皆して俺のことからかって!」



三人揃って歩き出す小さな道。
日課となった夕方の三人での買い物。
並んでいる影が平穏を映し出す。



「愛情の裏返しだよ、裏返し」


「せめて表返しに戻してくれよ、愛情」


「そういうのは彼女が出来たら頼んでください」


「えええええ」


「あははは」



くだらない話で盛り上がる。
それが、こんなにも幸せに感じられる。
この距離と、声と、存在。
自分がその中にいることさえ。


(幸せ…だなぁ…)


笑みは自然と零れる。
潮風が銀色の髪を優しく撫でる。

過去のことを忘れたわけではない。
まだ罪悪感はこの胸の中にある。
けれど、それを今どう償えばいいのか分からない。


だからこそ、動けずにいる。


(いつか、償えることが出来れば…)


ゆっくりでもいい。
探していこうと、一歩一歩を踏み出していく。

家庭にも慣れてきたところだし、そろそろ学校にも行かなければ。
そんなことを考えながら。
大好きな人たちの隣を歩いていく。



「「」」


「ん?」



その名前を呼んでくれることさえ、嬉しい。
笑顔で応えれば、笑顔が応えてくれる。



「今日の晩御飯は何にすっか?」


「今日は新さんが担当ですからね〜何でもいいと思いますよ」


「マジで?んじゃあ、ドリアがいいな!俺、お兄ちゃんのドリア好きだし!」


「ドリアか〜。任せとけ!でもアレ面倒くさいから、お前らも手伝えよ」


「「はーい」」









幸せな時間

それが崩れるなどと、覚悟していても



まさか、こんなにすぐに







こんなことで崩れるなんて

思いもしなかった














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