ー侍の国ー



この国がそう呼ばれたのは、今は昔の話











都会は道ってのはややこしすぎだバカヤロー!












この国の都心といえる江戸。
中心には交流の玄関口のシンボル、ターミナルが大きく聳え立っている。
やたらでかい建物で、派手にピカピカと光ってるのが特徴だ。
そこには沢山の、空に浮く船が集まっている。

そして辺りには建物がこれでもかと鬩ぎ合うように建ち、声が溢れる。
通りには人と、そして天人と呼ばれる異人ばかり。
チーターに似た二本脚で歩くものやら、もう何だか何に例えればいいのか分からないのやら、人とは違うその容姿こそが天人。
若干、著作権侵害じゃね?とか思える天人もいるが、この際は無視だ。
(実際このサイトもこんなもんだ)
(あれ、だめじゃん。こんなとこでリアル語っちゃだめじゃん)


何はともあれ、数十年前まではいなかった彼らが、堂々と道路の真ん中を歩いている。
これも時間の流れ、で括れば何も言い訳はいらない。
表向き賑やかなこの街へ踏み出したのは、一人の流浪人であった。



「…やっぱり凄い都会だな、江戸は」



零れた声は高くもなく低くもない、もの。
あちらこちらを見る紫苑の瞳は細められている。
歩く度に銀色が燻ったような、灰色の肩にかかるほどの髪が揺れる。

雲の模様が印象的な灰色の長着、それが小袖のため紅のTシャツの袖が見える。
その上から派手なベルトが三か四つ巻きついている。
黒の長いパンツと紐で縛られたブーツが印象的な脚は軽やかに進んでいた。
背に背負った風呂敷は一定のリズムで音を奏でる。


流浪人の名前は
見かけは十代後半の少年。

生物上は、女。



それにしても都会ということもあるが、は天人の多さにも驚きを隠せないでいた。
まるでこの地に住まう人と天人との戦争などなかったかのように、笑いあっている姿があちこちで目に入る。
いや、一部では天人が威張りくさっている。

青い空は異形の船で溢れている。
天人がそこから来るのだと、今更ながら思える光景。


(…平和だなぁ)


例え天人が溢れていても、平和ならばそれでよし。
いや、きっと一部は平和じゃないのだろうけれども。
しかし、今はその一言で済まそう。
表情は今までと同じ、微笑みを零しながら進んだ。



「…さて、まずは不動産屋を探すかな」



がここに来た目的は一つ。
観光ではなく、探し人。
しかもその人物はあちこち転々としているらしく、定まった住所がない。

まぁ、そのほかにも色々計画中だ。
観光とか。



とにかく見つけるのに何日かかるか分かったものではないために、この江戸に少なくとも数日居座ることになる。
ならば宿よりも下宿を探した方が効率いい。
宿なんかに何日も居座ったらそれこそ、財布の意味がなくなってしまう。

しかしキョロキョロ辺りを見回してみても観光のための建物ばかり。
ターミナル饅頭やら、江戸へおいでませ煎餅やら、ジャスタウェイキーホルダーやら。
…ジャスタウェイって何だろう。



ちらりと表通りから向こうを覗いてみれば裏の世界へようこそとばかりに暗い路地が見える。
さすがにこんなところに不動産屋はない。
(きっとあっても悪徳業者とか何かに違いない)



(…しゃーない、探すかぁ)



はそのままのんびりと歩きだした。
あてもなく、ただフラフラと。















・・・・・・・・。


じゃあと歩き探し回ってみて二時間。
不動産の「ふ」の文字も全くもって見当たらない。
(あっても麩菓子の「ふ」だ)
(ちなみに安かったのでちゃっかり買って食べた)



(な、なんでぇっ!!?)


しかもコンビニには地図ぐらい置いてくれてもいいものの、不動産の載ってるものはゼロ。
掲示板に地図があるかとも思ったがそれもなし。
ただでさえ広い都会は、もはや迷路状態。


(ダメじゃん!どうしろっての!?いつものことながら俺にどうしろっての!?)


表情は変えないまでも本気で焦りが生じてくる。
まだ陽は高く、夕方には時間がある。
が、不動産屋に到達できる確率は…どうなのだろう。

しかもよく辺りを見回してみれば見慣れた光景。


(ってかまた戻ってきちゃったよ俺!方向音痴が発揮されちゃったよ!?これも地図がないせいだっつの!!


…というのも、もともと方向音痴である。
そして何故か不動産運が悪い。
お陰でここに来るまでの日本一周の旅はほぼホームレス生活だ。
(ちなみに地図があったところで迷わなくなった、という経験もゼロだ)


江戸が都会だということはよく分かったから、せめて詳しい地図を置いておいて欲しいものだ。
(いや、あっても変わりないが、精神的に安定はする)

人に訊いてみれば無関心なのか「わからない」やら「知らない」やら「どーでもいい」と言う。
ちなみに「どーでもいい」と言った人物には笑顔で鳩尾を殴っておいた。
それほどまでに手詰まっていた…というのが理由だ。
せめて地元ぐらい把握してほしい。


(うぅ…またホームレスかなぁ………ん?あれ?ホームレズだっけ?


混乱のせいでの言葉すらおかしくなってくる。
…いや、これは元からだが。



「…これはアレかな。江戸の中心で不動産を叫んだ方がいいのかな。どう思う?


「…いやァ、勝手にすればいいんじゃないか」



はすぐに隣にいた人物に話しかけた。
見知らぬおじさんはいきなりの振りに驚きつつもも、適当に返してくれる。
サングラスが渋みを増しているその人はのんびりと煙草を咥えた。
ありがたい反応で、普通のヒトならツッコミやら何やらするところだが。
は素直にそれを受け入れた。



「やっぱり?じゃあ叫ぼうかな


「え、マジで叫んじゃうの?叫んじゃうの?」


「不動産はどこですかァァァァ!!!元気ですかァァァ!!!いくぞォォォ!!!1、2、3、フドォォォサァァァァァン!!!!!!」


「えええええええええ本当に叫んじゃったァァァァ」




はお腹の底から大声で、江戸の中心で不動産を叫んだ。
…いや、江戸の中心かどうかは分からないが。

思い切り叫んだ隣で、無責任に返事していたおじさんは青ざめている。
素直に受け入れて叫ぶとは思わなかったのだろう。
しかも何でイ●キ!!?とツッコミまで入れている。

叫んではツッコミを聞かずに一人スッキリしていた。
悶々としていたものを叫べば、それはサッパリするに決まってる。
勿論、辺りは冷めた視線で溢れている。


そして、叫んだところで不動産が駆けつけてくれるわけもなく。
状況は好転などしないわけで。
夢は現実に見事に粉々に打ち砕かれたのだった。



「………おじさん、叫んでも不動産がやってこねぇよ…」


「…まァ、そんなときもあるよ、ウン。おじさんのせいじゃないよ。決しておじさんのせいじゃないからね


「うぇぇぇぇ……」



結局は空振り。
そして周囲からの冷たい視線を貰うだけ。
はしゅんと肩を落とさざるを得なかった。
おじさんは責任を感じたのか、優しくポンポンと背中を叩いてくれる。

いつもながらの不動産運の悪さ。
そして方向音痴。
きっとそのままホームレス生活へと戻っていくのだろうか。



「…うう、ありがと、グラサンのおじさん」


「いやいや、どういたしまして」



涙は出ないが、溜息は出る。
慰めてくれるおじさんに片手をあげて、とりあえず礼の言葉を呟いた。
しばらくそうしてくれた後、おじさんは「あ」と思いついたようにポケットを探った。



「アレだよアレ。困ったら銀さんとこ行けばいいんでない?」


「…………銀さん?」



彼が取り出したのは一枚の紙。
くしゃくしゃになった、カードのような紙。

銀さん、という言葉にどこか懐かしい引っかかりを覚える。
しかしピン、と来ないために首を傾げるだけに終わった。
差し出された紙には手書きの汚い文字の羅列があった。



「おじさんもときどきお世話になってる万事屋さんなんだ」


「万事屋…銀ちゃん……」


「ここなら不動産とかも見つけてくれるんじゃない?」



万事屋<よろずや>というのは、いわゆる何でも屋。
依頼のとおりに動くことで報奨金を得て、それを商売にしているということだ。
確かにそれなら、不動産も見つけてくれるに違いない。

のんびりとおじさんは「いやァでもその人ってのがどうもねェ」と褒めているような貶しているような言葉を吐く。
しかし、は全く聞いていなかった。
不動産のことも、頭になかった。

名刺らしいそれを、じっと凝視する。
万事屋銀ちゃんの店の名前の横に。


見知った名前が、ある。



「…アレ、聞いてる?聞いてないよねボク」


「………」



一通り喋ったおじさんは今更ながらが全く聞いてないことに気付いた。
しかしそれすら気付かないのは
隣にいるというのにまるで遠くから言うように、小さく「やっぱね、おじさんの話聞いてないね。マダオだから?マダオだからか?」と呟いている。

その理由は一つだけ。
小さな紙に書かれた、名前。



もし、その名前が彼ならばいいと


期待してやまない






「…おじさん、この人さぁ、銀髪の天然パーマで死んだ魚の赤い目してて、すごいだらしない人でない?」


そうだよねマダオだから涙が出てきちゃ………ん?アレ、銀さん知ってんの君」



顔を上げておじさんに問えば、こちら側に戻ってきた彼が素直に驚いている。
の言った言葉が少し酷いだとか、そんなことすら否定しない。
まるでそのとおりだと。





(ああ、やっぱりそうなんだ)


それだけで、心から安堵する。
脳裏に彼の面影をしっかりと過ぎらせながら。
は紙を胸へとあてて、心からの笑みを向けた。



「…うん、すごい知ってる」




知っている


その言葉だけじゃ括れない





あの、美しい銀色の刃は




いつも心にいる












「そっか。どんな仲か知らないけど行ってみるといいよ。それあげるから」



ぽん、と手渡されたくしゃくしゃの紙。
少し体温が残るそれは、僅かに煙草の香りを残している。
まさかくれると思っていなかったは反射的に喜びに飛び上った。



「本当!?これくれると迷わずに済むよ(当社比)!ありがとうおじさん!!カッコイイ!!」


「え、ほんと?それほんと?カッコイイなんて言われたのすンごい久し振りなんだけど」


「すっごいカッコイイ!!本当にありがと!!」


「いやいやこっちこそありがとうよ、イイコだなァ君は。…アレ、嬉しすぎて涙出てきたおかしいな…グスッ



名刺をもらったお礼を言っただけなのに、おじさんは泣き出してしまった。
涙もろいのだろうか。
泣く意味が分からないながらも、は笑んだままブンブンと握手する。



「じゃあ、俺行くな!ありがとおじさーん!」


「気をつけるんだよー!!おじさん応援してるからねェェ!」



手を離して、振って別れを告げる。
おじさんは感動してるのか分からないが、ハンカチを出して振ってくれた。


(いい人に会えてよかったー)


手の中には温かい紙一枚。
生存を確認出来た、たった一枚のそれ。
それだけで心が軽い。
心なしかスキップを踏んで、鼻歌が零れる。



「ふんふふんふーん」



もしまた会えるなら、お礼に何かをあげようと軽く考えて歩を進める。
しかし、は忘れている。

自分が方向音痴だということに。



「うわあぁぁぁぁぁん!!」


「ん?」



大きな泣き声が辺りに響いた。
あまりのその声が大きかったのか、はピタリとその場に足を止めた。
くるりとその方向へ振り向けば、どうやら商店街の方から聞こえているようだ。
激しい泣き声はまさに子供のもの。

よく見れば黒い服を来た人たちに囲まれているらしい。


(黒い服…あの特徴的なのは…)


本当に見たことはなかったが有名な連中ではなかったか。
そう、いろんな意味で。

泣き声は止まることを知らない。
はまるでその泣き声に導かれるように、脚を動かしていった。

懐かしいようなその声に。











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