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子供は五歳ほどの男の子のようで その周りには黒い服を纏った男性が幾人か立っていた 迷子を助けるときに不審者と間違われるな! ぎゃああああああんと騒音のように響く泣き声。 目の前のそれに、一人は苛々とした様子で煙草をふかしていた。 特殊警察、真選組。 江戸を護るため幕府から雇われた警察。 そしていつものように巡回をしていた結果、迷子を発見。 …だったのだが。 「ほーらほら、おにぃちゃん達怖くないからねー。名前とか教えてほしいなー」 「ぎゃあああああああんっ!!!」 「坊主、男の子だろー」 「うわあああああん!お母さぁぁぁん!!!!」 とまぁ、名前を聞きだせず、ずっと泣いたまま。 数人でどうにか宥めようとしているのだが、その努力は皆無に等しい効果。 しかもサイレンのように泣き喚く男の子に、やはり苛々が溜まるもので。 「だァァァァ!!!ウルセェェェェ!!!てめぇいい加減に泣き止まねぇかァァァァっ!!!!」 「うぎゃああぁぁぁぁあああああああああんっ!!!!!!」 煙草をふかしていた男はプッツンと理性をとばし、怒鳴りつけた。 子供をあやすことなど知らない彼は、苛々が溜まりに溜まっていたのだ。 ただでさえ見た目は瞳孔が開き、鋭い気配を持って恐いと言われているのに、怒鳴ればその効果は倍増するだけであって。 泣き止むどころがもっと大きな声で泣き出してしまった。 「ふ、副長ォォ!!何もっと泣かしちゃってるんすかァァっ!!」 「ウルセェェェ!!こっちは苛々してんだよ!!!!」 「だからって!ただでさえ恐いってのに怒鳴っちゃ逆効果でしょォォォ!!ああ、坊主〜!ごめんな〜」 「大体男のくせしていつまでもピーピーギャーギャー泣いてんのが悪ぃだろうがァァァァ!!」 「副長、もっと大人になりましょうよ〜」 怒鳴った男は泣く子も黙る真選組鬼の副長、土方十四郎。 が、今は泣く子は黙る気配なし。 さすがにそれはない、と土方の言葉に他の隊士が咎めているが全く効果はない。 五月蝿い泣き声と真選組の言い合いに、民衆もなんだなんだと寄ってくる。 まるで見世物だ。 実際誰かが助けてあげればよいのだが、真選組に関わりたくないようだ。 警察、といっても柄が悪いだとか恐いだとかで評判は悪い。 一番は、そこらがやたら破壊されることにあるらしいが。 それよりも、幕府に仕えている身として『幕府の犬』呼ばわりされる始末だ。 「なんだてめぇら俺に文句でもあるのかァァ!!」 「あるっていうか怒鳴るのやめましょうよ副長!ホラ、笑顔笑顔〜笑って笑って〜イナイナイバァ〜ってギャッ」 「面白くもねぇのに笑えるかァァァァァ!!!!!」 言い合いが続く中、やはり泣き声は止まない。 暴力にまで発展してしまってるためにどうしようもない。 このままこの状態が続くかに思われたときだった。 「もしもーし、もしもーし。あれ?モスモースモスモースだっけ?」 その中に、全く関係なさそうな声が混じる。 しかし、言い合いの最中にそれは届かないでいる。 声の本人は人を掻き分けつつ、前へと歩み出た。 「大体てめェらどうにかしねェから悪ィんだろうがァァ!!」 「副長ォォ!!それ擦り付けてるでしょ!俺達に罪を擦り付けてるでしょォォ!!」 「ンだとコラァァ!!全員切腹だァァァ!!」 「モスモス?あれ?モザイク?まぁどっちでもいいか。おおい、すいまっせーん」 「ああんっ!?」 言い争いの中、第三者の声が割って入る。 ようやく彼らにも届いたのだろう。 意外な声に、言い争っていた彼等がそちらを一斉に睨んだ。 まるで喧嘩を買うような返事をしたのは勿論、土方だが。 ギャラリーの中から一歩前に出ていた人物。 それこそが声を発した人物であると全員が認めた。 「こんにちは」 身長は150より少し上。 灰色の髪と雲が描かれた同じ色の長着と、そこからはみ出した紅のTシャツの袖が印象的だ。 少年のように見えるその人物は紫苑の瞳をキョトキョトと瞬かせている。 その視線は泣いている子供と、目の前にいる黒い隊服の団体を交互に見た。 この光景を名前にするなら何だったか。 声をかけた本人であるは何度か交互に見て、納得したようにポンと手を叩いた。 「子供に対する、ドメスティック・ヴァイオレンス?」 「違ェェェ!!!」 開口一番に間違ったらしい。 瞳孔を開かせた青年に思い切り突っ込まれて、は意外だとばかりに目を見開いた。 「あれ?じゃあ言葉間違えたかなァ…DVはダメダメ・バレンタインの略だっけ?」 「何言ってんのお前ェェ!!言葉としてはドメスティック・ヴァイオレンスであってるっつぅの!でもここは外だし暴力してねェって言ってるんだァァァ!!!」 「あ、じゃあイジメでしょイジメ!駄目だよ〜大人が子供をイジメだなんて〜」 「だから違ェェェ!!!コイツが勝手に泣いてんだァァァァっ!!!」 彼らを咎めるつもりが逆効果。 の、全く見当違いの言葉を大きな声で否定し、子供をびしりと指差したのは副長。 辺りの隊士達もそのツッコミに頷きながらも苦笑を零した。 まだ「なんでそんなことになるんだァァ」と叫んでいるあたり、本当にそうではないらしい。 はそんなことをのんびり思いながらまた目を瞬かせて状況を見やった。 まだ怪獣のごとくギャンギャン泣いている幼い子はまるで、泣くことしか知らないよう。 ドメスティック・ヴァイオレンス(ダメダメ・バレンタインではなかったらしい)やイジメではないのなら、何か。 全く分からないまま、は歩みを進めた。 「じゃあ、何で泣いてるのその子は」 「迷子だ迷子!!!」 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」 「ウルセェェェェェ!!!!」 副長の声に反応するように、泣き声は威勢を増す。 それを怒るものだから治まるはずもない。 傍にいた他の四人程の隊士も耳を塞ぎ始めた。 「ふ〜んそっか」 ようやく子供が泣いてる理由が分かった。 迷子で不安になっているのと、そして恐いお兄さん達に囲まれているからなのだろう。 いずれにせよ、このまま泣き続けていたら近所迷惑であろうし、何より脱水症状になりかねない。 …と、思う。 副長の隣を越して、は泣き叫ぶ子供の前にしゃがみこんだ。 「オイ!」 突然のことに、土方はすぐさま振り向いて叫ぶ。 勿論、それは子供を案じてだ。 するとはキョトンとしながら振り向く。 何故、彼は声をかけたのか、その理由を瞳で探る。 じぃっと見つめに見つめて探って、理解する。 そして、ニッコリと笑った。 「大丈夫、変なことはしないから」 まるで鼻唄でも歌いそうな笑みに、不安が募る。 土方がもう一度何かを大声で言おうとした途端、は自分の人差し指を己の口にあてた。 静かに、と。 「駄目だよ〜?大声でお兄さんが叫ぶから、恐怖が増すんだから」 「……」 「ツッコミだろうと何だろうと、不安なときは全部自分が怒られてるように感じたりするし。だから、さっきより泣き声が大きいでしょ」 がピッと目の前の子供を指差す。 人に指を指しちゃいけません、という言葉が過ぎったが、ツッコミする前に子供の泣き声の大きさを何となく比べてしまっていた。 当時発見された時と、今を。 そう言われればそうだ。 最初会ったときはまだ、グズついていただけなのだから。 今更ながら土方は気づいて、バツの悪そうな顔で顔を背けた。 小さく舌打ちをして。 もう大きな声を出さないだろう。 はうんうんと頷いてから、辺りにいる黒服軍団に声をかけた。 「あ、あとお兄さん達もうちょっと下がっててくれる?ツラが恐いから」 「…そんなに俺たちツラ恐い…?」 「あはは、かなり」 が笑いながらそう言うと、ゆっくりだが離れてくれる。 恐いツラという言葉に傷ついたのか、胸を押さえる隊士達。 強面の彼等が少しばかり泣きそうになる傍ら、土方だけはを睨んだ。 油断をしてはいけない。 治安の悪いここでは、誘拐も多発しているのだから。 警察だからこそ、土方は睨みを利かす。 そんな睨みを受けながら大声で未だ泣き続けている子供に、は目線を合わせて微笑んで。 優しく頭を撫で始めた。 「ぷぷいぷいぷ〜い。正義のヒーロー参・上!どうしたのかな君は」 ゆっくりと、そして聞き取れるぐらいの声で優しく明るく話しかける。 緊張しないように、変な掛け声と一緒に。 正義のヒーローって何だ。 こんな情けないBGMで現れるヒーローって何だ。 そんな土方の心のツッコミは届くはずもなく。 頭を撫でられているせいか、それとも声のせいなのか。 子供は泣きながらもゆっくりと顔をあげた。 「お、かっこいい顔が台無しだ〜」 頬を伝う大粒の涙を優しく拭う。 まるでからかうように笑いながら、涙を拭う手を止めない。 すると子供はまた顔をくしゃくしゃにして涙が溢れさせ始めた。 はそれにフと笑うと、ゆっくりと口を開いた。 「だいじょうぶだよ」 「……っ」 まるで唱えるようにゆっくりと 囁く 子供にそれが届いたのだろうか。 また涙が溢れ出して、勢いよくへと飛びついた。 「うわぁぁぁぁぁんっ!!!おにぃちゃぁぁぁっ!!」 「はいはい、おにーちゃんですよ〜君のおにーちゃんじゃないけど、おにーちゃんですよ〜。あ、ヒーローでもいいぞ、ヒーローでも」 腕の中で安堵の泣き声をあげる子供の背中を優しく撫でる。 嫌がるわけでもなく、は笑顔で小さな少年を受け入れていた。 「恐かったよォォォ」 「やっぱりね〜恐いよね〜一人なのも恐いのにお兄さん達に囲まれたらもっと恐いよね〜」 子供の言葉に、はのんびりと納得してケラケラと笑う。 傍では傷心の隊士達がいるにも関わらずに、だ。 時が経つにつれ、どんどん泣き声は小さくなり、しゃくり声をあげるだけになる。 騒動はあっと云う間に終了してしまった。 というのも、子供は泣いていただけで真選組が事を大きくしてしまっただけなのだが。 ギャラリーはさっさと関係なかったかのように自分の持ち場へと帰っていく。 「…すげーや。すぐに泣き止んだ…」 そんな中真選組の一人が呟く。 その隣で土方も事が丸く治まっている様に驚きを隠せない。 今迄泣き叫んでいた子供が、ぐずり声だけになっただけではなく、辺りが静かになっていくことにすら。 瞳孔が開いたままの瞳には、幼い子を微笑んで優しく撫でる少年がいる。 本当の兄のようなそれに、土方は何も言わずにそこを見ていることしか出来ないでいた。 |