一人っていうのは



慣れても慣れないものだから












夢は過去をときどき映すけど、結局何も変わらないんだよ












バイトの時間は終了。
今日もしっかり稼いで、しっかり土方にマヨネーズを一本渡し。
後片付けを手伝って、挨拶をしてから家路に着く。

いつもの帰り道。
万事屋の下のお登勢達にも声をかけてから登る階段。
鍵を開けて中に入ると、いつもどおりの暗い家の中が見える。



「ただいま〜」



違うのは、靴がないこと。
あがれば、いつも敷いてくれている布団がソファの上にないこと。
いつも以上の静けさに、は小さく自嘲的な笑みを浮かべた。



「…そっかぁ、いないんだっけ」



銀時はときどき朝帰りなどする。
だが、神楽はしっかりと押入れの中でいつも眠っているのだ。

本当の持ち主がいないココは、まるで異世界。
窓から零れるネオンが、妙に明るく感じられた。
とりあえず布団を敷くために神楽の眠る押入れの部屋を開ける。
近くでは定春が小さく寝息をたてていた。



「…おやすみ、定春」



声だけをかけて、布団を運ぶ。
誰もいないのだから、そこらで眠っても構わないだろう。
だが、そこはちゃんと分かっているために、いつも寝ているソファに敷いた。

風呂に入って歯を磨いて、寝巻きを着て。
ふかふかの布団の中に潜る。



「さー、明日は寝坊するぞ〜」



どうでもいいことを言いきって、目を閉じる。
定春はいるけれど、久し振りの一人の夜。
目を閉じれば訪れる深い闇。

そこに、意識を全て委ねた。















あちこちで人が倒れていく。
目の前には敵が溢れている。

憶したら負け。
だからこそ、前に進まなくてはいけない。


大切なモノを守るために

血を浴びなければならない



「ボーッとすんな、!!」



白い刀を持ち、白い羽織を靡かせる人物が隣にいる。
真っ白な短髪は癖っ毛で、前の方へと流れているために少し、髪型がスネ●っぽい。
ハスキーボイスが空気を響かせる。


いつも自分の隣に立って

共に戦ってくれる人



「お兄ちゃん」



紅人。
の兄である人物。
灰色の嵐の、白い雲。

呼べば、いつもと同じ笑顔をくれる。
自分とは違う、灰色の二つの瞳が細められて。
大きな手で、黒髪の頭を撫でてくれる。

ここは戦場なのに。
いつも、こうしてくれる。



「コラそこォォ!!空気読め空気ィィ!戦場でイチャつくなそこの兄妹!」


「アッハッハッハ!紅人〜後でそこのポジション変わらさせてもらうき〜」


「辰馬ァァ貴様ァァァ!!真面目にやれ真面目に!そこは俺が予約済みだァァ!!」


「ヅラァ、お前も言ってねーで真面目にやれや」


「ヅラじゃない桂だ!」



前方では仲間達が戦いながら、いつものように会話を行っている。
坂田銀時から始まり、坂本辰馬、桂小太郎、高杉晋介と続く。
全員、息切れもせず会話出来るあたり、今回の天人はそんなに強くなさそうだ。

そんな言葉に、紅人がクツクツと笑う。
も小さく「アハハ」と笑って腰にある黒い刀を手に取った。



「ホラ、行くぞ」


「おう!」



一緒に踏み出す。
二人合わせれば一陣の、灰色の嵐。
敵陣の真ん中へと、突っ込んでいく。

刀はかかってくる天人の肉を切り裂き、骨を断つ。
生暖かい紅の液体が体に振りかかる。
自分達のそれではないが、気持ち悪いことに変わりはない。
生臭さが、体中を包んでいく。


それでも止まりはしない

灰色の嵐


守り、守られながら二つは一つへ。
共に闘うことで、共に歩み、大切なモノを共に守る。



!帰ったらお前の好きなお茶が待ってるぞ」


「お兄ちゃんの好きなコーヒーもな!」



いつまでも

ずっと


いつかこの命が尽きると知っていても

二人は一緒だと思ってた

散るときも、一緒だと


思ってたんだ










一瞬にして場面が変わる。
赤黒い戦場から、拠点としていた古びた学び舎に。
その朽ちた庭のような場所で横たわる人物に、走り寄る。
傍には、彼を連れ帰ってきた人物三人が立っていた。
それぞれ、様々な表情で。


ああ、何故俺は風邪などひいて、寝ていたのだろう。
一緒にいれば。
共に戦っていれば。

こんなことにはならなかったかもしれないのに。



「……何があっても笑って生きろ」



いつも敵の血で染められていた白は、己の血で染まっていた。
口から零れる血と、浅く乱れる息が命の終わりを意味していた。

まだ繋いだ手は暖かいのに。
灰色の瞳はいつものように細められているのに。
自分を置いて、先に仲間達の所へ行こうとしている。


どんなに叫んでも、微笑むだけ。
いつもと同じ、優しく。



「泣くなよ…俺、お前の笑顔が好きなんだから」



ちゃかすような言葉もそのままなのに。
置いていくの?
いつも、一緒にいると言ってくれたのに。

十年前、助けてくれたときに。
この手を取ってくれたのに。



「俺は…いつでもここにいるよ」



温かい手はくれないの。
お兄ちゃんの魂が宿る刀だけを、残していくの。
ここにいるだなんて、言わないで。

俺はいつも、温かい手を差し伸べてほしいだけなのに。








どうして大切なモノを守れない?









また場面が変わる。
兄が亡くなってから、戦場から離れ、一人でブラブラと宛もなく彷徨った。
そこで出会った子供達と家族となり。

そして自分達を受け入れてくれた人に会えた。
小さな村で、血は繋がらずとも。
幸せな、家族でいられた。



数年後。
目の前で炎がごうごうと音をたててあがっていく。


一緒に過ごしていた家が。
家族がまだそこにいる場所が。


燃えていく。



水をかぶって中へと入る。
そこには血と炎が溢れていた。

つい先程まで笑い合ってた子供たちが倒れていた。
それだけじゃなく、切りつけられた後。
息はもう、なかった。


全員が死んだわけではない。
もう一人、子供がいたはずだ。



戸棚の中から、小さな咳が零れる。
そこを開ければ、小さな女の子が無事な姿でそこに横たわっていた。



「…おねえちゃぁ……」



ここで起きた惨事を全て目撃したのだろう。
泣き晴らした目が、ゆらゆらと揺れる。



「おにいちゃたちがぁ…ぜったいここからでたらダメって…そしたらぁ…」



震える小さな体。
熱く燃える家の中、灰を吸いこまないように口を肩へと押さえつける。
同時に、己から溢れ出る感情を出さないように思い切り抱きしめる。
そして何度も、「ごめん」と謝り続けた。



死んでいった子供たちに。

一人で震えていた、この子に。



「う……」



小さな、子供とも自分とも違う声に反応する。
遠くには倒れている一人の青年がいた。

行く場所のなかった自分達を丸ごと受け入れてくれた人。
いつも後ろに流していた黒髪が、前へと流れている。
小さく呻く彼に、走り寄ればまだ息があった。
刀傷が深く、その息は、死んだ兄をも思わせた。



「……ガキ共を…守れへんかった…」



低い声が、掠れていく。
悔みに近いそれに、反射的に首を横に振る。
自嘲的な笑みは、心を締め付ける。



「ガキ共の方が……お互い守ろうとしとったわ……ハ…情けな……」


「おにいちゃぁ……」


「…すまん……お前の兄ちゃんたち…守れへんかった……」


「おにいちゃぁ…っ」



懺悔の声に、抱きしめられた子供が泣きじゃくり始める。
知っているのだろう。
必死に、戦ってくれたことを。

の腕をすり抜け、横たわる人物に抱きつく。
彼は、愛おしそうにその頭を撫でた。



「あーあ…今日はの誕生日やからって……楽しみやったのにな?」


「…うんっ」


「母ちゃんになってほしいって…お前らが無い金で作った首飾りも…すっかり燻りよって…」



の手の中に、青年が落とす首飾り。
十の珠から作られるそれは、それぞれの色で輝いていたのだろう。
煙で燻ってしまって、濁っているそれ。
彼は、悲しそうな笑みを浮かべた。



「こいつらの魂や…ついでに俺の魂も入っとる…一人一つ、珠を出して作ったんや。……持って逃げぇ。…出来るだけ、遠くに」



ああ、またこんな。
冷たいそれに温かみを見ろと言うの。

嫌だと嘆けば、顔を顰めて、彼は叱った。



「コイツはまだ生きとるんやぞ!お前がおらんくて、どうやってコイツが生き残る言うんや!!」



そこでハッとする。
自分にはまだやるべきことがある。
泣きついているこの女の子を、こんなところで野放しには出来ない。


首飾りを持つ手が、強く握られる。
想いを、全てそこに流していくように。







どこにそんな力が残っているのか。
急に引っ張られて、前へと倒れこむ。
少女の上に覆いかぶさるような形で、彼は顔だけを引きつけた。

ふいに柔らかなものが唇に触れる。
離れたときに、彼は、誰よりも優しく微笑んだ。



…しっかり生きぃや」



涙は溢れない。
過去、兄と交わした約束がそこを止めていた。
変わりに全身が震えた。









何故、守られてばかりなんだ?







守りたいのに


守れない




大切なモノが









「お兄ちゃん…」



何で



「真人(さなと)さん…」



何で



「皆…」






魂だけを残して


置いていかないで














「ただいまヨ〜」


「今帰ったぞ〜…ってギャアアアアア!!定春ゥゥ!ご主人様に噛み付くなァァ!頭!頭がもげるゥゥゥ!!


「!!」



聞き慣れた声に、はバッと反射的に起き上がった。
キョロキョロと見渡せば、いつもの万事屋のソファの上。
玄関先からは、今帰ってきたであろう神楽と銀時の声が聞こえる。


(夢…)


未だに状況はしっかりと飲みこめずに、ボーっとしてしまう。
目は開いているのに、頭はまだ、あの夢の中を彷徨っていて、現実を飲み込めないでいる。
先程までいた場所、状況とは全く違うココ。
喉につっかかったような何かが、ゆっくりと飲みこまれていく。

反射的に、首元を触る。
寝るときは外している首飾りがあるそこを。



「あー、定春まだ御飯食べてないんですね」


「オイィィ!!家事するんじゃなかったのかアイツはァァ!!」


「一日ぐらいサボってもいいじゃないですか」


「じゃあ代わりにお前が噛みつかれろ新八ィィ!こちとら地雷で爆発して疲れてんだよォォ!」


「いや、僕も爆発し…え、ちょ、ギャアアアアア!!



玄関が非常に騒がしい。
その人物たちを知りながら、は動けなかった。

あの夢から、時は経っているというのに。
まだ身体は震えている。
喪ったときの感情が、まだ心を支配している。



〜ただいまヨ〜!」



先に飛び込んできたのは神楽。
遠慮もなく、ボーッとしていたへと飛び込んできた。
ゴブフゥ、という呻き声も気にせずに顔を覗き込んで、ニヤリと笑ってくる。



「もう十時ヨ。は私がいないとネボスケさんネ」


「…神楽」


「…どうしたアルか?恐い夢でも見たアルか?」



寝起きだからか、表情に力がないことに神楽は首を傾げる。
まだボンヤリしている紫苑の瞳は、揺れている。
その後ろからは、頭から血を流している二人が歩いてきた。



「オイ、寝坊するたァいい度胸じゃねェか。せめて定春の餌ぐらいやれよお前は!お陰でバックリ頭喰われたじゃねェかァァ!


「あ、さんおはようございます。定春には餌与えておきましたから大丈夫ですよ」


「新八ィ、あんま甘やかすんじゃねェよ。バツとして今日一日お茶禁止な


「…この間それやって、部屋中大変なことになってませんでしたっけ。大暴れで


「……じゃあ三十杯飲むまでお茶葉変えねーってことで」



どうやら定春に餌を与えなかったがために、勘違いして銀時と新八に噛み付いたらしい。
文句をグダグダ言う銀時とは対照的に、新八がフォローする。
お互い血を流しているが、ピンピンしていた。

そこでようやく、心が落ち着いてくる。
は小さく安堵の息を零して、乗りかかっている神楽の肩に額をそっと置いた。



?」



不思議がる神楽の声が、心地よい。
何も知らないからこそのそれに、何も彼らに零れていないことに安心した。




あの夢は過去。
過ぎ去ったはずの、別れ。

それは幾度も夢へとなり、何度も襲ってくる。
夢の中で救えたとしても、ココに戻ってくれば、ただの夢。
そして結局は。


大切なモノは何一つ守れずに

喪っていく





「あー…定春に餌あげなかったせいか、恐い夢見た」



出た声が、震えていないことに安堵する。
おちゃらけたように言えたことに、自分を褒めてやりたい衝動に駆られる。
顔をあげて、神楽にニッと笑ってみせた。



「お茶を没収されて、あげくの果てに無理やりケチャップ飲まされる夢だったんだ〜」


「どんな夢!?」



「あははは」



新八にツッコまれて、はケラケラと笑ってみせる。
そしてポンポンと片手で神楽の頭を撫でる。

この夢を話すわけにはいかない。
過去は、会ったばかりの彼らには関係ない。
話したところで、きっと反応に困るだろう。
だからこそ、嘘をつく。



「あ、とりあえずおかえり。下着泥棒どうだった?」



気持ちを紛らわすために下着泥棒の話へと転換させる。
すると、その事件の結果を思い出したのか、神楽は唇を尖らせた。



「結局逃げられたアル。いいとこまでいったのに」


「あらら」


「でも一撃入れといたヨ!これでもう姉御のとこには来ないアル」


「地雷でね。んで僕らも巻き添えだったけどね


「あらら」



どうやら地雷を埋めて対策していたらしい。
一応一発攻撃を喰らわせ、お妙の攻撃をも喰らってノックアウトした。
が、その後自分達も地雷を踏んで自爆。
倒れてる間に、ふんどし仮面は逃げてしまったらしい。



「あはは、まぁ、とにかくお疲れさん。さ、着替えて家事に手をつけるかな。爆発したってなら洗濯物あるだろ。出しといてな」


「ハーイ」



乗っていた神楽が降りて、もようやくソファから降りる。
布団と畳んで片づけて、顔を洗って。
一部屋を借りて着替える。

そしてまた居間に戻って、簡易型の棚を開けて。
黒と白の刀の隣に置いてある首飾りを、そっと撫でた。


(…魂、か)


もう戻れない。
どんなに望んだって、あの温かみは戻ってこない。
悔やんでも悔やんでも、この魂しか残っていないのだ。

だから

己に出来ることは


(背負って、精一杯生きることだ)



首飾りをつけて、そんなことを思う。
許してもらおうなんて思ってない。
許されるなんて、思っちゃいない。

己の手で命を奪った人々。
守れずに、喪った大切なモノ。


彼らに、呪われるのは、恨まれるのは当たり前なのだから。
いつ死ぬかも分からないのだから。
精一杯。



(まだ、何かを守ることなんてできないけれど)


(今はただ生きている)


(貴方達の、代わりに)


(魂を、抱いて)




〜洗濯物出したアルヨ!」


「はいよ〜」



神楽の声に、はのんびりと返事を返した。

未だに傷は癒えないけれど。
ただ、今はただ。
生きて。


洗濯機を回しにいく後姿を。
いつもと同じはずのを。

銀時だけが、訝しげに見つめていた。



そんな日があったことも、忘れるぐらい。
のそんな表情は消えていくのだった。













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