小さな幸せを



積み重ねていくことが大きな幸せ













月のウサギってのはモチ喰いすぎてっから重くなってそっから出れないんだって教えられた












今日もバイトは無事終了。

特に近藤が飲みに来て、お妙についての惚気を聞いたり(勿論妄想の惚気だ)。
偶然店の外を通りかかった彼女の気配に釣られて飛んでいき、どこかへ消えたり。
(財布が席にあったため、勿論しっかり食事代は頂いたオヤジさんがいた)

帰り道ではふんどし姿で顔だけ地面に埋まっている近藤がいた。
そして、どうやら彼をけちょんけちょんにしたお妙が血だらけの拳とか笑顔が見えた。
ので、軽く挨拶して通り過ぎた。
(ちなみにちゃんと、屯所に『すみません、名無しの者なんですけど。お宅の局長の近藤さんなんですけども、かぶき町三丁目の公衆トイレの隣で埋まってるんで助けてやってください』と電話をしておいた)



「今日はオヤジさんからお酒貰っちゃったな〜」



そして今日はオヤジさんの機嫌が良かったのか、お酒を貰ってしまった。
お陰で四百円の借金で凹んでいた心はウキウキだ。


(早速家に帰ったら、月見酒やろっかな!満月じゃないけど、月は綺麗だし)



夜空に浮かぶのはネオンにかき消されている星達。
それに負けじと輝く三日月。
心地よい風。
これなら良い酒が飲めそうだ。



「おや、お帰り


「あ、ただいま、お登勢さん」



見慣れた一件の店が見えた途端、玄関から家主が顔を出した。
どうやらこちらも営業が終わったらしい。
挨拶を笑顔で交わしながら、お登勢は片付けを始めていた。



「今日もお疲れ様です」


「アンタもね。あのオヤジから色々聞いてるよ。助かってるってねェ」


「いやいや。俺はバイトしてるだけですから」


「ハァ、その根性があの天パー頭パーにでもありゃいいのにねェ」


「アハハハハ」



いつもと同じように悪口を言う。
はそれをいつもと同じように笑い飛ばした。

勿論、彼女は本気の本気でそう思っているわけではないと知っているからだ。
この江戸には良い人が多い。
そして、素直にその気持ちを言わず、捻くれて、敢えて悪口を言う人が多い。
それが当たり前らしく、真剣に取ったところで馬鹿を見る。
勿論、売り言葉に買い言葉らしく、軽い喧嘩に発展したりするのだが。


これがここの関係。
これが「絆」。



「じゃ、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ。しっかり眠んな」


「はい!お登勢さんも。キャサリンにもよろしく!」


「あいよ」



軽く世間話をして別れる。
お互い笑顔で、自分の戻るべき場所へ足を進める。
はカンカンと階段をあがり、静かに玄関を開けた。



「ただいま」



勿論、深夜であるため中はいつもと同じく真っ暗。
今日は新八も泊まっているため、草履が一足置いてあった。
流しも綺麗に片付いているのが見える。

事務所と化しているソファにはいつもと同じく布団が敷かれている。
カーテンの向こうから零れるネオン。
この間のような、静かな夜。
しかし、隣の部屋から聞こえる安らかな寝息。


(………)


そっと襖を開けて、隣の部屋を確認する。
敷かれた布団には、新八がぐっすりと眠っていた。
その隣には定春。



「……ふ」



あまりの気持ち良さそうな表情に、自然と笑みが零れる。
クスッと小さく笑ってから静かに部屋の襖を閉める。
小さく「おやすみ」と唱えるように呟きながら。

そして違う場所にあの押入れの中も確認する。
神楽もいつものお団子ヘアーをといて、「酢昆布よこせヨ、私はかぶき町の女王アルヨ」と寝言まではっきりと吐いていた。
彼女にもまた「おやすみ」と呟いて襖を閉めてから、はまたふわりと笑みを落とした。


どこかホッとしてしまう。
いつもと同じ光景であるからこそ。



「銀時はまた女遊びかな?」



大体夜、銀時はいてもいなくても同じ光景。
次の日の朝か昼に戻っていなければ、それは不安になるのだが。

とにもかくにも安心したところで、貰ったお酒を堪能するためにお猪口を用意する。
それと貰った酒びんだけ持って、カラカラとベランダへと繋がる窓を開いた。
入ってくるのは涼しい夜風。
裸足のまま外へと出て、屋根へとあがる。



「お、良い眺め!」



屋根の上からは江戸中が綺麗に見えた。
夜をしらないかぶき町はネオンに溢れているが、ちょこちょこ店じまいしているところがある。
そして江戸のシンボルであるターミナルは深夜にも関わらず大層な光を放って、自分を主張しているかのよう。
ここは眠らない、光に包まれている世界だと。

確かに人工的なネオンも綺麗だとは思う。
が、はそれをちらりと見てから、遥か上空にある、昔ながらの優しい光を見上げた。
星よりも強く、しかしながら淡い光で過去から暗闇を照らす月。



「…うん。俺はこっちの方が好きだな」



脳裏には、昔皆で見上げた夜空がある。
幼い頃、戦の時代、その後も大切な人達で見上げた星空。
それよりも明るい夜ではあるが、綺麗な月は変わらない。
人工的なそれよりも、は笑顔でその光を好んだ。

静かな夜。
働いた後の達成感。
涼しい夜風。
綺麗な月、とくれば。



「ん、おいし」



お猪口から口を離すと零れる、甘い吐息。
舌から脳へと伝わる苦味、喉から発せられる熱、熱せられる身体。
苦手だったこれすらも美味しく感じられるのだから不思議なものだ。

一人で手酌をして、夜を堪能する。
お猪口の中の酒が緩やかに風に揺れ、波紋を作る。
それすら嬉しく感じられて、はフと口角を上げた。


しばらくそう一人で堪能していると、下からカラカラとベランダの窓の音がした。
外から入ってくる人はいないのだから、ベランダに触れたのは中の人間。
もしかしてベランダに鍵をかけられるのだろうか。
一応玄関の鍵は持ってきているため、大丈夫。
閉められたらしょうがない、程度の考え。
再び手酌をしようとしたときだった。



「あ?」


「え?」



覗かせた顔と低い声に、も反応した。
どうやらベランダは閉められたのではなく、開けられていたらしい。
屋根の上に出た銀髪がそれを意味している。
紅の目は面倒そうに、しかし驚きを意味してパッチリと開かれていた。



「…なんでお前がここにいんの?」


「なんで言われても…月見酒を堪能してたとこだよ。ってかお帰り銀時」


「…おー」



勿論覗いたのは銀時。
どこから帰ってきたのかは分からないが、とにかくお帰りだけを伝える。
すると返事をして、銀時はよいしょ、と声をあげながら屋根の上へと登ってきた。



「…お前一人で何酒飲んでんだ」


「バイト先から貰ったんだ〜。今日は三日月だけど夜空は綺麗だから、月見酒と洒落こもうと思って。…あれ?しゃれこうべ?」


「なんでしゃれこうべなんだよ。月見酒と髑髏がなんでペアになってんだよ。不吉にも程があるだろーが」


「アハハハ、そんな不吉な日もある」


「ねーよ!!」



夜だというのに、結構大きい声のツッコミが入る。
はそれをケラケラと笑い飛ばしながら、己の口に人差し指を立てた。
静かに、と。
銀時もそれを理解したのか「誰のせいだっつーの」とぶちぶち文句を零しながらの隣に座った。
どうやら居座るつもりらしい。



「?銀時も月見?」


「そうだよ。疲れてっから夜風にあたりたかったんだっつの。仕事があったし」


「お疲れさん〜。今日のお仕事はアレですか?やっぱり女をアンアン言わせてきたんですか」


「ンなわけあるかァァァ!そんな仕事があったら万事屋なんて開かねーよ!そっちの世界でバンバン稼ぐっての!!男の夢のハーレム作ってるっての!」


「銀時、シーッ」


「誰のせいだ誰の!!あーもう、お前酒寄こせ!!」



お仕事を頑張った銀時に労いの言葉をかけたつもりが、逆効果。
というのも、が彼の夜行っている仕事を誤解しているだけなのだが。
(実際はただ猫探しに手間取ったとかそういうことだったりする)
銀時はそれが不服だったのか、傍にあった酒びんとお猪口を奪い取った。



「あ、ちょ、それ俺のなんだけど」


「減るもんじゃねーからイイだろ」


「いや減ってるよ、酒の量」


「イーんだよ、俺の気合を入れといたから」


「マジで!?…あ、でも酒は減ってるんだけど」


「…おま、こーゆーときはいつもどおりボケで流せよ」



文句を言うを他所に、くいっと銀時はお酒を飲んでしまった。
まだ酒びんには残っているのだろうが、確実に量は減った。
そんなにお酒が好きではなくても、自分のが減るのは頂けない。
が、それを追求するほど尖っているわけでもない。
は溜息を吐いて、その場に寝転がった。

静かな時間は変わらない。
だが、隣に誰かいるということ、家の中で二人と一匹が心地よさそうに寝ていることに安堵を覚える。


(ああ、幸せだな)


ここは自分のいる場所ではないのに。
銀時の場所だというのに。
いつも通りの日々に小さな幸せがいっぱい詰まっている。

小さな事件も、日々を楽しく生きるスパイス。
それすら愛に溢れているような気がしてならない。



「銀時」


「あ?」


「…いい、夜だね」



いい、一日だった。
沢山の人が溢れて、沢山の出来ごとがあって。
それでも、大切な人達は無事に帰ってきて安らかに眠っている。



「……そうかよ」


「相変わらず素直じゃないなー」



それを幸せと呼ばずに、何と言おう。
銀時はそれを心から知っているはずだが、そうとは口にしない。
これもまた、性格ゆえ。
はクツクツと笑って、ただただ夜空を見上げた。

明日もまた、平和でありますように。


そう願いながら過ごす夜。
二人は静かに、それぞれの想いに耽りながら、涼しい風にあてられ、淡い月の光に照らされていた。