あれから数日。
は次の町へと来ていた。

大きくはなく、それでも前と同じように小さくも活発な茄陣<コーチン>の町。
しかし、少し景気が悪いらしく、あちこちにチンピラがいる。
少し前にこの町の妖怪が人間を十人ほど喰いちらかし、どこかへ行ってしまった時から。



「へぇ、やっぱりここでも妖怪が…」



は食器を洗いながら隣に立つ中年の男性に相槌を打った。
ここは町の宿屋。
は今度はここでアルバイトとして雇ってもらうことになっていた。
隣の男性こそこの宿の主人。
優しい眼差しが印象的な彼は、悲しそうに微笑んだ。



「ああ。そこで朋茗の友達が亡くなってね」


「なるほど、それであんなに妖怪を毛嫌いしてるんすか」



朋茗、とは主人の娘だ。
彼女はこの宿屋の手伝いをしている。
まだ10代半ばの少女ではあるが、中々のしっかり者だ。
昨日、がバイト先を探しているときに急いでいたのか二人で正面衝突したのが出会い。
まぁ、その縁でここで働かせてもらっている。

彼女と話していると、どうも妖怪の話になると機嫌を損ねることに気がついた。
そこで彼女が買い物をしている間、は皿洗いをしながら主人に色々と聞いていたのだ。

町の現状も合わせて。



「ただいま〜」


「お、帰ってきたな」



可愛らしい声が宿内に響く。
途端に破顔する主人の顔を見れば、やっぱり親だなぁと思う。
は微笑みながら泡だらけの皿を水へとつけた。



「お父さん、お客さん来たよ!」



ニコニコと笑いながら入ってくる少女、朋茗。
主人である彼は「ああ」と頷いてから接待へと出た。
ここは調理場だから、客は入ってこれないのだ。
そんな彼を見やってから、彼女はよいしょ、と買ったものをテーブルの上に置いた。



「お疲れさん、朋茗」


さんこそ、お疲れさま!」



何やらいいことがあったようで、彼女は笑顔を絶やさない。
はそのことについては何も訊かずに、瞳を細めて食器全てを洗い終えた。。



「ほい、食器洗い終了」


「ありがとう!じゃあ私、調理に入るね」


「ん」



宿屋での彼女の仕事は調理だ。
お客様の前に出す料理なだけあって、彼女は料理が上手い。
も食べたときは思わず「美味い」とポロッと零してしまったぐらいだ。
ちなみには料理は苦手な部類である。



「朋茗、他に俺に出来ることねぇかな?働かせてもらってるのに何もしないってのは…どうも落ち着かなくて」



そんなわけで料理は手伝えない。
だとしたら調理場でやることはなくなってしまう。
はクルクルと紫苑の瞳でその場を見渡し、落ち着かない様子で朋茗に訊いたのだった。

朋茗は「ん〜」と考え込むと、あ、と大きな声をあげた。



「じゃあお酒とか、もう少し買い足しに行ってくれる?さっき、大きな団体さんが宿を探してたみたいで…こっちに流れて来るかもしれないから」


「おっけー。どんぐらい?」


「持てるぐらいで大丈夫よ。あ、でも酒屋のおじさん、お話好きでちょっと遅くなるかもしれないけど…」


「あはは、了解。じゃあ遅くなるかもしんないけど、行ってくるな」



申し訳なさそうに言う朋茗に、は軽く笑って頭をぽんぽんと撫でた。
と同じような身長だから結構違和感があるものだが、そんなことを気にするではない。
朋茗は朋茗で少し気恥ずかしいらしく、顔を少し赤く染まらせて「子供扱いはやめて、さん!」と声を出す。
それにまた笑いながら、はお金を受け取って調理場を出た。



「ご主人〜!ちょっと酒を買い足しに行ってきや〜す!ちょっと遅くなるかもしれやせ〜ん」



フロントの主人に少し顔を出しながら、声をかける。
そこには彼以外の誰もいなかったが、どうやら先程まで泊まる客と話していたらしい。
彼はニコリと微笑んで「ああ」と頷いた。



「行ってらっしゃい君。気をつけてな」


「酒屋のご主人の長話に、ですか?」



早速『気をつけて』の意味を穿き違える
その言葉に主人はキョトン、とした後、優しい声で笑った。



「ハハッ違うよ。事故とかに遭わないように、な」



優しいツッコミに、は「あぁ!なるほど」と納得する。
同時に悪戯っ子のような笑みを向けて、口を開いた。



「ご主人こそ、俺が帰るまでにしっかり宿屋を守っててくださいよ〜」



ヒラヒラヒラと片手を振って去っていく
これにまたキョトンとした後、主人は誰もいなくなったフロントでクスクスと小さく笑った。



「こりゃ一本取られたな」



全く不思議な少年だ。
珍しい銀の髪に紫苑の瞳。
まるで風のように、掴み所がない。

人当たりが好いが、決して中身を曝け出さない。
見えないように、周りに壁を作っている。
まぁ、普通の人にありがちなものだが、彼の場合は本当に見えない。


(彼としばらく過ごしても、気付かない者は気付かないだろう)


それほどまでに、気付けない。
しかも、居心地が良い。

掴みたくとも掴めない。
心地良い風。
そんな言葉が似合う。


そう思いを馳せていると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。
娘の朋茗だろう。



「さて、私も頑張るかな」



君に頼まれたことだし。
と、主人はフロントを後にした。

夕方から夜に、なりつつあった。
















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