あんな綺麗な世界に立つ彼らが


自分のせいで紅に染まる姿は


見たくない









涙を流しながら、瞳をギュと力を入れて決して見ない。
身体には冷たい空の涙が優しく包み込んでいるのに、震えることしか出来ないでいる。
空気を裂く音に、身体を小さくするしか。




お願い


身体を裂く音は聞こえないで



太陽が消える音が無くなる音だけは
















死なないで




















「……甘ェんだよ」



誰かの声が耳から脳へと入っていく。
冷静な、低い声はまるで命令するかのようにの瞳をゆっくりと開かせた。


滲む世界に滴が落ちていく。
透明な雨が。

紅の温かいあの液体ではない、冷たい雨が。



太陽の光が青い空を映し出す。
それを反射する滴の世界に、光は降り立った。




「死なねェよ、こんなんじゃな」




飛び交っていただろう四つの鎌を、それぞれしっかりと怪我もなく掴んでいた四人がいる。
力強い光を宿すその瞳は、の紫苑の瞳を通り越して、心を貫いた。
同時に瞳からまた滴が溢れ出す。



「甘く見られちゃ困りますね。これでも僕ら、サバイバル生活長いんですよ?」


「そーそー。こんな鎌なんてへっちゃらだっつの」


「怪我すらしねェよな!!!」



動じない、普段の彼らの姿にまた涙が出る。
止まることのないそれをどうしたらいいのか分からない。
言葉も出ないまま、ただ見上げて泣くしか出来ない。



「……てか、なんでマジで泣いてんの?」



全員がのんびりとの傍へと寄ってくる。
疑問を投げかけたのは一番最初にの傍に来て、覗き込んだ悟空だった。

答えなど、言いたくない。
答えようにも、言葉が出ない。
ただ涙が溢れるだけ。


視線を外さずに、ただは涙を流し続ける。
悟空はそれに首を傾げたが、まぁいいや、と気持ちを切り替えた。



「んじゃあ、まあいいとして。ハイ、確保〜」



の両手を目の前でしっかりと掴む。
そしての顔を覗き込んで、してやったりとばかりに笑んだ。
がポカンと悟空の金晴の瞳を泣きながら見るしかできない。



「ホイ縄〜」



次に上から落ちてきたのはロープ。
見上げるとそこに悟浄が、面白そうに笑っている。
細められる深紅の瞳は何を宿しているのか分からない。
気がつけば、悟空に握られていた両手首が縄で括られていた。

一体何なのか。
それでも涙は止まってくれない。



「じゃあ、連行しましょうか」


「…………え?」



その縄は八戒へと渡され、聞き返すをよそに立ち上がらされる。
地面に落ちていた黒い羽織りと荷物は悟浄が持つ。
何事か分からないうちに物事が次々に進んでいくために、泣きながら放心するしかない。
深緑の瞳は何も語らずに、変わらぬイイ笑顔での足を進ませた。

三蔵の、ところへと。



「はい三蔵。処刑をどうぞ」



放心状態のまま紫暗の瞳の前に立たされる。
涙で滲んだ世界で、金色の髪が光る。
何か分からないうちに処刑、と言われれば、どことなく恐怖を感じざるを得ない。
泣きながらも、恐怖には体を無意識に縮める。
雨に濡れているために不機嫌な三蔵は、煙草を銜えた口から、大きく煙を吐き出した。



「有罪に決まってンだろ。罪状、俺に面倒させたと激ムカつかせた罪」



有罪は分かるが、何故罪状がそんなものなのだろうか。
あるとするなら、もっと大きい罪ではないのか。
わけが分からずに目を大きく見開かせたを見下げている変わらぬ瞳。



「あ、あとちゃんと僕達の分も加算してくださいね」


「そうだぜェ?俺だってあんな趣味ねェってのに」


「俺だって初めてだったんだぞ!!」



死神がどうの言われると思ったのに分からないことばかり言われている。
初めてっていうのは何が初めてなのだろうか。
荷物がごく自然とジープへと詰まれているのを見つつ、まだ思考は回らない。
言葉も出ない。
低い冷静な声は、全てを包み込むかのように次の言葉を解き放った。



「判決、テメェは牛魔王蘇生実験の阻止のため、玄奘三蔵一行と共に旅に出ること。以上だ」


「………………は?」



言い切ると、三蔵はそのままジープへと乗り込んだ。
いつも座る助手席へと。

反射的に問いただすような声を放つ。
そこでようやく、立ち尽くすの思考はゆっくりとグルグルと回りだす。
今迄起こったこと全て。
三蔵の言葉の意味。

つまりは。
彼らを何故か怒らせたから共に旅をしろと云うのだろうか。
牛魔王蘇生実験の阻止のために。



「……え……だ、だって俺は…」



ようやく出た声。
それは戸惑いと、否定を言葉にした。

判決の内容。
それは彼らにとってデメリットが多い選択。
確かにの目的は牛魔王蘇生の阻止で、三蔵達とは一緒だ。
戦力的には有り難いかもしれない。

だが、それ以上にと一緒にいることは。


死神と一緒にいることは

不幸せと


死を、覚悟しなければならない





「じゃあはい、失礼しますよ」


「え?…ってうわっ!?」



戸惑うを、八戒は有無を言わさずに持ち上げた。
いきなり高くなる視界に、振り落とされまいと八戒の服に無意識にしがみつく。
それに、八戒は小さく笑った。
そのままはいつも座っていた後部座席へと下ろされた。
硬い座席が酷く懐かしく感じる。



「おーし、八戒、さっさと行くか」


「はいはい」


「あー、腹減ったァァァ」



が下ろされた途端、両端からすぐに悟空と悟浄が入り込んでくる。
いつものサンドイッチ状になったところで、もうに逃げ道はない。
特に両手は前で縛られて、その端は悟浄へと渡された。
八戒はいつもどおりに運転席へと乗り込んだ。



「ちょ、ちょっと待てって!俺、一緒に旅するワケには……!」



『死神』なのに。
自分のせいで死んでいく人々を知っているのに。
もう死なせたくないのに。


理性を取り戻したに雨は未だに優しく降り注ぐ。
涙はまだ止まらずに雨と一緒に肌を濡らしていく。

四人は一斉にまたを見た。
睨みつけるように。



「俺の判決に逆らうとはイイ度胸じゃねェか」


「いや、判決とか度胸とかの話でなくて!『死神』の話聞いたんだろ!?」


「アー、聞いたな、そんな話」


「だったら!!」



だったら突き放して欲しい。
命を刈り取る前に。

紫苑の瞳が四人全員をしっかり見回す。
だが、真剣なそれとは逆に全員が呆れた。
何故そういう表情をされるのか、にはさっぱりわからない。
その中から、悟空が代表して声をあげた。



「ンだよ!!だろ!!それでイイんじゃん!!『死神』がどうしたとか、関係ねーもん俺!」


「なっ……」



純粋な瞳がを貫く。
目を見開き、言葉に詰まるをよそに、八戒も笑顔で続けた。



「ですね。いつも三蔵といい勝負に面倒臭がりで、メリット重視でマイペースで酒好きで」


「変に礼儀正しくってか?ガキでペチャパイで女の端にも置けねェしィ」



悟浄も続ける。
しかも彼はいつものようにの頭の上に腕を乗っけた。
固まったまま動けなくなっているを、三蔵は鼻で嗤った。



「こっちはテメェがナニだろうが、どっちにしろ面倒なのは変わんねェんだよ」








『死神』?

『魂の解放』?

『無意識による殺戮』?




そして、自分たちが見たのは

泣きそうになりながら、町の人々を殺め続け


雨の中、あの町を燃やした姿



それが、何だって?




そんなのはどうでもいい。
自分達だって妖怪や三蔵であり、人殺しなんて数多やってきた。
面倒なのは変わらない。
命を狙われるなど、日常茶飯事。


何一つ、変わりはしないのだ


彼らの、中では









『もう手放しやしない』


『もう二度と』












「従って、強制連行決定だ。決まった今、どうこう言ったって遅ェんだよ、…



三蔵の言葉に、はもう口を開けなかった。
瞳はもう決定事項と語っていて、もうに決定権はない。

それに三蔵がのことを苗字無しで呼ぶことに思考は止まった。

心を許さないために、名前だけで呼ばなかった三蔵が呼ぶ。
一体何がそうしたのか分からない。
だが、もう戻れるところにいないのは分かった。


関係が、成り立ってしまったのだ。
どんな関係かは分からない。




だが、あの虹の麓が示すのは


何、だった?















何も言わなくなったことは承諾の証。
八戒は笑顔でギアを入れた。



「はい、じゃあ上手くまとまったところで出発しますよ」


「なんかすっげェ時間くったなァ。…お、雨止んだんじゃね?」



進み始めるジープ。
悟浄が手をかざすと、もう空は涙を流してなどいなかった。
あの心の橋も消えている。
雨を吸い取った地面がキラキラと輝く。

走り出した優しい風にの髪が靡く。
紫苑の瞳には笑顔の青空の瞳が映っていた。



「…まだ続くのか、こんな旅が」


「おうッ!イヤだっつってもダメだかンな!」



の独り言に、悟空が顔を出す。
語尾に三蔵の命令だしと付け足されて。
変わらない笑顔のまま、どこか嬉しそうに笑う。

太陽の光が、五人とジープを照らす。

青空が導く。



「………っ……知らねぇよ、俺がいることで、どうなってもっ」



最後の警告。
しかし、その言葉には力がない。

何故ならまた。

顔をくしゃくしゃにして泣いているの顔が見えているのだから。




「…そんなん、ばっちり跳ね返してやるよ」


「不幸せになっても!」


「そしたら、もっと楽しいこと考えりゃいいじゃんな!」


「死んでも!」


「残念ながら、のせいじゃ死んでも死にきれませんからね。無理ですよ無理」


「本当にどうなっても…っ!!」












ココニイテモ



イイデスカ…?













「イイっつってんだろーが」




「………っ」











最後の一言が聞こえた途端。
の涙腺は完全に破壊してしまった。
一つ一つの粒が大きく、滝のように流れていく。
手は縛られているために動かないが、どうにか顔を下に向けて顔を逸らす。
それでも泣き声は、どんなに押し殺しても溢れていた。

隣でからかっている人物や、少し心配になってきた人物。
前からは笑う人物と、呆れて何も言わない人物。

その四人のことを無視して。


はひたすら泣き続けた。








虹の麓にある宝物の中で


恐怖ではない




何かの感情をそのまま溢れ出させて



















三蔵一行が五人となった

そのニュースがの耳に届くのはその少し後



彼女はそのニュースを聞いたとき

本当に嬉しそうに微笑んだという











そして観世音菩薩も



池の中に浮かぶ地上の光景を


のんびりと



いつもどおりに口の端をあげて


見ていたのだった







「これでようやっと、ポンコツが完成したじゃねェか。なァ?」




隣に座る少年は何も見ていない。
口も開かずに、ただの人形としてそこにある。

それでも、彼女は語りかけた。


少年の瞳に、一瞬光が宿ったように思えてならなかったからこそ。


















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