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お兄ちゃん、貴方は泣いているのですか あの青い空になって 何が嬉しくて の視線の先。 虹の麓にいるのは、物ではなかった。 太陽の光を背負うあの四人組。 雨は優しく光って、彼らを包んでいる。 (どうし、て) ジープで向かったなら、あんなところにいないはずだ。 車のスピードならば、自分が追いつけるはずなんてないのだから。 それに、あの祖母がご飯を食べさせた後に追い出したとしても、こんなところを歩いているわけがない。 どんなにゆっくり歩いていたとしても、だ。 白竜が空中を自由に飛び回っている。 四人はのんびり、ゆっくりと、虹の中を笑いながら歩いていた。 雨の中、煙草を吸って面倒そうに歩く三蔵。 気持ち良さそうに雨を浴びてはしゃぐ悟空。 それをからかいながら、煙草を吸う悟浄。 白竜をあやしながら、穏やかに笑う八戒。 (なん、で) 悟空は清一色のとき骨折した足がまだ治っていないはずなのに。 悟浄も、胸の傷が完治していない。 八戒と三蔵は、雨が苦手だというのに。 何故四人はこの綺麗な世界を 歩いているのだろうか どんなに探しても 答えは見つからない 『お前の宝物、見つかったか?』 お兄ちゃんの笑いながらの声が、青い空から響いた気がした。 涙を流し続ける、そこから。 (違う…) 頭は真っ先に否定する。 感情は、全く違う方向へと走っているのに。 (……たか、らもの…なんかじゃ……) 彼らではない。 宝物が、彼らであるはずがない。 ありえるわけがない。 戸惑いが恐怖となって、の足を無意識に後ずらせる。 いや、意識的になのかもしれない。 ただそれ以上、彼らに歩み寄ってはいけない気がした。 あまりにも眩しすぎる彼らに。 自分とは違いすぎる彼らに。 (宝物、なんかじゃ) 受け入れてはいけない。 もし宝物だと思ってしまっているとするのなら、そんな自分が酷く恐く感じる。 一歩、また一歩と足は下がっていく。 雨に濡れた土が、小さくジャリジャリと音を鳴らす。 背中に、トンと木の幹が当たった。 (宝物なんかじゃない…っ!!!!だってあいつらは!!!!) 闇を受け入れない 太陽なんだ 身体が小刻みに震えだす。 あまりの衝撃と恐怖に震えだした身体を両手で抱きしめる。 だが、視線は動かせないまま。 いやこれは本当に 恐怖、なのだろうか? 遠くで白竜が大きく声をあげる。 それを合図のように、四人は一斉に振り返った。 紫暗の瞳。 金晴の瞳。 深紅の瞳。 深緑の瞳。 四つのそれぞれの視線が、へ注がれる。 示し合わせてもいない上に、がそこにいることなど分かっていなかったであろうに。 一斉に。 それが届いた瞬間、息をするのを忘れた。 逆に心臓は大きく高鳴る。 鷲掴みされたような感覚に、身体の震えと感情さえ止まる。 (…んで) 彼らはを振り向いたまま動かない。 も立ち尽くしたまま動けない。 時間は、止まる。 (……なんで……っ) こんなにも恐怖なのに。 戸惑いが心を占めるのに。 なんで 雨ではない温かい滴が、頬を伝って流れ落ちるのだろう なんで 温かい何かが心から溢れ出してくるのだろう 「っ…なん…で……っ…」 瞳から溢れるそれは何を意味するのか分からない。 どんなに辛くとも、お兄ちゃんが死んだときから流れなかったそれが。 今になって滝のように溢れ出て。 「なんでだよ……っ…」 この温かい感情が何なのか分からない。 胸を締め付けるこれが、どんなものなのか分からない。 お兄ちゃんやと分かり合ったときとは違うこの感情の名前などわからない。 この体の震えは、本当に恐怖から? それとも、この温かいそれから出ているのか? 恐いのは この感情が何だか分からないから? 流れる雨を止める方法など分からない。 ただ視線が絡まっただけなのに溢れたそれを止めろなどと無理な話だ。 滲む世界もまた、酷く美しいもので。 「こんな……うそ、だろ………ど…しろって……いうんだよ……っ」 どうしたらいいのか分からない。 感情も、表情も、何かが外れたように自分の制御出来る範囲を超えてしまった。 次の行動も、何も考えられない。 戸惑いながら零れる言葉すら、理性で支配されてなどいなかった。 紫苑の瞳から零れた雨は、青空の涙が優しく包んで隠してくれる。 それだけが有り難い、だけは感じることが出来た。 三蔵達は一歩も動かない。 青空の下、虹の麓のそこに立ったまま、を振り向いているだけ。 四人の瞳にはしっかりと映っていた。 雨に隠れていながらも、クシャクシャになった泣き顔を。 「…ガキか」 「一応、ガキではありますよね」 「ってか泣き顔ブッサイクだなオイ」 「ところでなんで泣いてんの?って」 視線をに定めたまま、普段通りの会話が行われている。 その言葉はには届かない。 勿論、三蔵達の表情も見えないだろう。 呆れ顔も、苦笑も、からかい気味の笑い方も、不思議がる顔も。 そして共通している、どこか嬉しそうな顔も。 「さァな」 白竜がまた大きく声をあげて、ジープへと変身する。 車となったそれに、四人はそれぞれ定位置へと乗り込んだ。 そのまま西へ走るかと思いきや、ジープの向きは逆方向。 つまり、へとその進路が向けられていた。 「…さて、三蔵、指示をどうぞ」 「フン、決まってんだろうが」 「縄、準備オッケー!!!」 「ボコる準備もオッケーイ」 各々、何の意味か分かっていた。 示し合わせてはいないが、想いは一つだった。 遠くでは車の向きに驚くの姿がある。 涙を流したまま、本能に従って後ずさり始めていた。 それでも視線を外さないでいる様子に、四人はそれぞれ、イイ笑みを見せる。 「死刑開始だ」 「はい、では逃げられないようにトばしますからね。しっかり掴まってて下さいよッ」 「おうッ」 「あいよ」 ギアを入れて、アクセルを思い切り踏む。 タイヤが地面に擦れる音が響いた途端、ジープは勢いよく発進した。 大きく揺れる車内だが、全員が平然と掴まり、前だけを見る。 エモノを逃さないように、視線で絡め取るため。 「え、う、うそだろ?!」 ジープが此方に向かって走り出した途端、の頭は大パニックへと陥った。 まだ状況や思考を把握していない上に、感情や表情をコントロール出来ないでいる。 その証拠にいつもならどうするべきかを考えられる余裕すらない。 雨と涙と視線は動かないまま、は一歩一歩下がるしか出来ないでいた。 唯でさえグチャグチャな頭の中、どう動けというのか。 戸惑っている間にも、虹の光の中から彼らが飛び出して此方へ向かってきている。 このままでは 彼らが死んでしまうのではないか パニックの傍ら、どこか冷静な部分がそう思考回路に告げる。 途端パニックは逆に勢いを増して、顔を青ざめさせた。 普段なら逃げれるだろう足が、動かない。 視線に囚われた身体はまるで鎖に繋がれるように鈍い反応しか示さない。 太陽はすぐそこまで迫ってきているのに。 「いやだ……」 理性は未だに戻ってこない。 パニックを起こしてる今の自分に近づけば、無意識にあの四つの鎌が踊ってしまう。 「来るな……っ」 身体が震えだす。 それは地面へと垂直に降りた。 草に降り立った空の涙がジーンズを通りこして肌に冷たさが奔る。 脳裏があの紅で染まっていく。 紫苑の瞳がユラユラグラグラと揺れて。 ジープが傍で停まる音と、ドアが開かれた音が響く。 四つの足音がゆっくりと近づいてくる。 「だめ…だ……っ!!」 太陽の光を失くしては 駄目だ 恐くて、恐くて。 思わず紫苑の瞳をギュッと瞑る。 途端刃が飛び交い、空気を裂く音が耳を裂いた。 それがまた恐怖を増す。 自制出来ない四つの鎌は、紅の花を求める。 人から流れるその液体で作られる花を。 近づいていた四つの足音がピタリと止まる。 震える身体は、恐怖を増すばかりで。 「……死ぬなぁぁぁぁぁっっ!!!!」 四つの鎌が舞う寸前に、は悲鳴をあげた。 今は恐怖だけが心を占めて、何も考えられない。 の視界の暗闇に響くのは音だけ。 |