「で?」


「え?」



歩き出して数秒。
進む足は止めずには隣で歩く八戒を見上げた。

彼は意外と背が高い。
一番高いのは悟浄だが、それとあまり身長は変わらないのだ。
だからこそ思い切り見上げる形になる。

何せ、は悟空よりも小さい。



「あっちから逃げるだけじゃ、ないんだろ」



後ろでは未だに何かやっている声が聞こえる。
遠慮がないだけに大音量の言い合いだ。

そこから逃げるだけで、並んで歩くなんてありえない。



「俺に、用があるんじゃないの」



紫苑の瞳が真っ直ぐ、深緑の瞳を捉える。
それだけではなく、瞳の奥までも。



「…敵いませんねェ、には」



苦笑の表情を見てから、は前へと視線を戻した。
急な岩場。
簡単に降りられるも、油断は大敵だ。
一歩一歩、確実に進ませながら、はまた口を開いた。



「悟空も、三蔵もいない。それが条件だったんだろうと思ってさ」



話がある。
悟空の前でも、三蔵の前でもできないものが。

その二人は今、遥か後ろで悟浄と一緒に言い合い中だ。
もしかしたら悟浄がそれを仕組んだのかもしれない。
なんだかんだで、彼はしっかりと考えて行動しているのだから。



「ええ、まァ。ちょっとと話をしてみたいと思いまして」



いつもなら誰かが傍にいるから、中々二人になれませんでしたしね、と笑う。
を監視、しているために誰かと二人きりになることはほとんどない。
悟空にはそんな気がなくても、必ず悟浄や八戒がついている。

三蔵がそういう指示をしていたために。



「話って?」



八戒のことだから、しっかりとした意図を持ってのことだろう。
そんなことを思いながら、はひょいと地面から足を離した。
数段下の岩場に、軽い音と共に着地する。

決して振り向きは、しない。



「…は今回の件で、『刺客』の意味が、分かりましたか?」



『刺客』。
三蔵一行という名目に襲ってくる妖怪たちの意味。
『目的』と『目的地』。

に遅れて、八戒は同じ岩場へと足をつける。
深緑の瞳はしっかりと、銀の髪へと向けられていた。



「…そら分かるだろ。分からなかったらバカじゃん」



そこまで国語能力が乏しいわけではない。
溜め息を吐きながら、は次の岩へと足をつけた。



「狙われる意味も、目的も、目的地もしっかりと分かったけど、それが?」



どっこいせ、と意味もなく声をあげながらそこに両足をつける。
風が優しく肌を撫でるのを感じながら、もう一歩、進む。



「…じゃあ、の目的も教えてください」


「…は?」



唐突な言葉に、の足はピタリと止まった。
嫌そうに振り向けば、そこには真剣な深緑の瞳がある。
口だけは笑っているが、瞳は笑ってなどいない。



「だって不公平じゃないですか。こっちだけ手札を見せて、そっちだけ見せないだなんて」


「…うわ屁理屈」



そうきたか。
顔を顰めながらも、心は酷く冷静だった。

心理戦は、とっくのとうに始まっている。
ここで黙れば、確かに不公平。
その分、『壁』は確立されるのは確か。


だが


(…俺も面倒な性格になったもんだよ…)


遊戯において公平さを求めるのは、も同じ。
たとえどんなに不利でも、そう思ってしまうのは育ててくれた人故。

不器用な、育ての親のせい。


は深い溜め息を吐いて、八戒から視線を逸らした。
風上を、その遠くを見つめて。



「…女だよ」



そう、小さく呟いた。
声色は風に乗って、八戒の耳へと届く。



「…女性、ですか?」


「そ。そいつを探してる。行方不明のな。遥か西で目撃したって情報があったから」



これは本当のこと。
ただ、オブラートに包んだ真実。

という、女性を探すこと。
それも一つの目的。


あとは。
がやろうとしていることを止めること。
あの人のために。


あとは。

『死神』である自分が止めること一つ。
これが三蔵達と同じこと。



『牛魔王蘇生』の阻止。



しかし、そこまで言わなくても良いだろう。
目的は一つだけでいい。
他は、付け足しただけのようなものだ。



「…その女性とはどういう?」


「そこまで訊くの?」



野暮だな、とが苦笑を零す。
トンと一つの岩場へと辿りつくと、そこからは下の景色が良く見えた。
風の通りが良く、心地よい。

隣に八戒が並ぶ。
視線は合うことなく、ただただ、その景色に目を奪われるだけ。



「……大切な、女<ヒト>だよ。とても」



ザァっと、大きく風が吹く。
銀の髪がしなやかに揺れて、は目を細めた。


大切な

大切な


親友



無意識に柔らかくも、悲しそうな笑みを浮かべているを。
八戒は横目でしっかりと見つめていた。



「八戒〜!〜!酷ェよ!勝手に先行くなよ!!」



どうやら言い合いが終わったらしい。
悟空が走りながら達を呼ぶ。

その後ろからはまた一層疲れた様な二人の姿がある。
当たり前だ、徹夜だというのに元気に言い合いをしていたのだから。



「八戒。言っておくけど」



まだ遠い彼等との距離。
は聞こえないように、小さく言葉を紡いだ。



「『壁』が壊れると感じたら、俺はお前らから逃げるよ。荷物も何もかも放っぽりだしてな」



文句を言いながら駆けてくる悟空を見て。
遠くでコメカミに青筋を作る三蔵を見て。
その横で面倒そうに歩く悟浄を見て。
の隣で彼等を眺めている八戒と白竜を感じながら。

太陽のような、彼等を感じながら。



「それでも俺をそこに留めて、『領域』を侵すのなら。俺はお前らを殺す」



『もしも』のときは。
戸惑いもなく、きっと。

グッとポケットに入れた両手に力が篭る。
紫苑の瞳を真っ直ぐに、彼等に向けたまま。



「…じゃあ、僕からも忠告を一つ」



優しい声に、は隣を見上げた。
笑顔はいつもどおり。
瞳の真剣さもほとんど見受けられない。

だが、声はしっかりとしたもので。



「それは『お互い様』ということを」



『もしも』のときは。
戸惑いながらも、きっと。



「…上等。これでいいんだよ。俺達の『関係』は」



はニヤリと笑ってから、次の足場へと視線を落とした。
影になり、陽もあたらないそこ。
駆けてくる悟空を待たずに、はそこへと飛び降りた。

太陽の光が届かぬ、影へ。










「『もしも』だ?んな確率の話じゃないだろうに」



クツクツと喉の奥で笑う。
目の前には蓮の花が、水の上で満開に咲き誇っている。
水面に映るのは地上の様子。

と、三蔵一行の姿。



「分かってるはずだぜ?『もしも』じゃなくて『確実』だってことがな」



影へと入るを見て、観世音菩薩は小さく笑った。
人を自分の『領域』に入れるのを最も恐がっているのは自身。
だが、その時は必ず来る。

彼等と一緒に、いる限り。



「ポンコツは未だ不完全なまま。それはいつ、完全なポンコツになれるんだかな」



殺し合いをしても構わない。
それも一つの余興。

笑うのは、観世音菩薩一人か。
それとも他に、嗤うものがいるのか。


それはまだ、先の話。