「…ここから北西へぬければ夕刻までには平地へ出ると思います。ジープなら町まですぐでしょう」


「ご迷惑をおかけしました」


「いえいえ、とんでもない!!今回のことで我々がいかに危機管理がなっていないか思い知らされました」



朝日が昇りきって出発の時刻。
寺院内では僧正率いるこの寺院の責任者側と、五人が向かい合って話し合っていた。

その中、悟空は後頭部を両手で押さえている。
はというと、顔面を片手で同じように押さえていた。



「ったぁ……まだ痛ェんだけど、頭!」


「お前頭でいいじゃん。…こっちは思いっきり顔をハリセンで殴られたんだぞ…」


「二人して寝てっからだろーが」



痛がる二人をよそに、ザマミロとばかり笑んだのは悟浄だ。
白竜と部屋に戻った二人を呼びにきた三人の目には、ぐっすりと眠っている二人の姿。
一睡もしていない上に、満足に酒も煙草も吸えない飲めなかった三蔵と悟浄には羨ましいことこの上なく。

とにかく不機嫌だった三蔵は思いっきり眠っている二人にハリセンと怒号を与えたのだった。



「特にお前は二度目だろうがよ。顔面で正解だ、正解」


「しょうがないって。眠気に逆らうほど面倒なことはな…ってイタタタッイタタタイ!」



正論を吐こうとしたにやってきたのは頭の痛み。
悟浄の拳骨が脳天でグリグリと動いているのだ。
顔面だけではなく、頭も痛い。



「こっちは一睡もしてねェっつの〜」


「イタタタ…知らねぇよそんなん。寝なかった自分が悪…イタイイタイタイタイ!」



拳骨に力が増す。
もはや悲鳴モノだ。
悟空が小さくザマァ、と言う声が聞こえた。

遠くでは八戒がたまには浄化された生活も必要な方々ですから、と毒舌を吐いている。
そこらでようやく、頭の上の拳骨が消えた。



「ああ、それと貴方」



痛む頭を両手で押さえていると、前から声がかかった。
僧正の声。
顔をあげるとその視線はへと注がれている。



「…え、俺?」


「ええ、貴方です」



どうやら本当にを呼んでいたようだ。
キョトンとしていると、僧正は柔らかく笑んだ。



「貴方が手当てをしてくれたお陰で、あの僧はすぐに回復できそうです。本当に有り難うございます」



お偉い様方がスッと頭を下げる。
は目を見開いてから、今更ながら「いえいえ」と自分も頭を下げた。



「助かって、良かったです」



人の命を一つでも救えたのなら。
死んでいく者を、少しでも減らせたのなら。

それはとても、嬉しいこと。



「もう意識もハッキリしてまして、貴方にお礼と謝罪を申したいと言っておりました。黒い羽織りを駄目にしてしまいましたし」


「ああ、大丈夫です。代えがありますから」



ヒラヒラと黒い羽織を見せる。
それでも、と言ってくる僧正に、は苦笑を零した。



「じゃあ、言っておいてくれますか」


「何でしょう」



このままでは拉致があかない。
助かった僧に会って礼儀だ謝罪だは面倒な話。
ならば、伝言を頼めばいいだけの話。

問い返してくる僧正に、はニィっと笑ってみせた。



「…しっかり、生きとけって。それが羽織りの代金だって」



助かった命。
ならば、しっかり生きてほしい。
死はいつやってくるとも分からないものなのだから。

満足に生きることが出来るのなら、羽織りの代金なんて安いもの。



皆が目を瞬かせる中、だけは挑戦的に笑む。
両手で頭を押さえていたそれを、ポケットに突っ込んで。



「…分かりました。そう伝えましょう」



それ以上の言葉はいらない。
僧正は優しく笑んで、そうとだけ言葉を出した。

そのとき。
僧正の後ろから葉が現れた。



「ー葉?」


「三蔵様、全て片付きましたら又、この寺に立ち寄って頂けますか?」



いきなりの申し出。
あれほど三蔵様と慕っていたために、また何かあるのだろうか。
三蔵が静かに見下ろす。



「その時は、私に麻雀を教えて下さい」



言葉がしっかりと響く。
意味は、先ほどの三蔵の言葉をしっかり理解したということ。

『生』という、大きな意味を。



「…覚えておく」



ニッと笑う三蔵をよそに。
も小さく笑んだ。

彼はまだ幼い。
だが、『生』という大きなものの意味を知ったなら。
小さな世界から、大きな世界へと飛び出せる。


(出世、するかもしれないな)


三蔵のようにならなくても。
しっかりとした僧になるかもしれない。



「あ、やめた方がイイよ、三蔵と悟浄は。スッゲ性格ヒネたうちかたするから」


「おいエテ公」



悟空が嬉しそうに話すと、後ろから悟浄が彼の後頭部を軽く殴った。
これからまた四人独特の会話が始まるんだろう。
は一つ溜め息を吐いてから、さっさと歩き出した。



「一晩、有り難うございました」



ちゃんと、礼をしてから。

スタスタと先を歩けば後ろから聞こえる四人の会話。
白竜は今、律儀に笑顔で挨拶する八戒の肩の上だ。

蹴破った扉を潜れば、綺麗な青空。
辺りを包む岩場。

血はとっくに乾き、匂いはもうない。
後、これを大掃除するのだろう。
そのときにまた、香るだろう鉄の香り。



「…ちゃんと、送るから」



満月の夜に。
ここで魂となった彼等を。

両手を合わせて一礼。
一陣の風が吹き、銀の髪を揺らして肌を撫でる。
促されるように、は紫苑の瞳を開いた。


風が吹いてくるそれは西。
吠登城がある、方角。

まるで、早く来いと言っているかのよう。



振り返れば、まだ揉めている四人組。
いや、正確には三人が揉めているというか、じゃれているのだが。
良く聞けば、今度は荷物は寝た悟空が持つだか持たないだかの話になっている。



「…寝なくても元気なんじゃん」


「全くですね」



隣から声がする。
先ほどまであの三人と一緒にいたはずの八戒。

瞬間的な移動でもしたのだろうか。
いや、が気付かなかっただけだろう。
柔らかな苦笑を見上げてから、は前を向いた。



「元気な人たちは放っておいて、先に歩いてましょうか」



ね、と優しく微笑んではいるが、彼はきっとあの会話から逃げてきたのだろう。
止めれば荷物持ちは自分に来ることを、知っているから。
逆に離れれば、そんな危険はなくなる。



「…逃げてきたんだろ」


「アハハ、バレました?」



にこやかに笑うのが八戒の特徴だ。
しかも悪気など全く感じさせずに。

同様に白竜が小さく鳴くと、は溜め息を吐きながら歩きだした。
八戒も並んで歩き出す。

僧正が言っていたのは北西。
そちらへと。