ゴウンゴウンと、機械の音が響く暗闇。
浮かぶのは再生されつつある牛魔王の姿。
書類が辺りに散らばり、パソコンが専門用語を多くちらつかせる。

一般人ならば逃げ出したくなるであろうラボ。
科学者が多々集まる中、一人の妖怪の女性がヒールの音を響かせて歩いていた。
紅の長い髪は夕日よりも美しく、紺色の瞳は夜よりも深い。
妖怪独特の尖った耳と、首筋には白菊のような紋様。
靡かせる白衣は、皺一つない。



「ちょっと」



声はどんな鳥よりも美しい。
しっとりとした中に、しっかりとしたものを映し出す。
呼ばれた科学者の一人は、すぐに立ち上がった。



「な、な、なんでしょうさん!!」


「ここの値、おかしいと思うんだけど。計算し直してくれない?」



彼に突きつけられたのは、沢山の書類。
その中の一部の値なのだが、それを計算するには数日かかると思われる資料。
緊張しながらも青ざめる彼を見ながらも、は関係ないとばかりに、さっさとそれらを渡した。



「この蘇生実験に失敗は許されないの。しっかり計算してくれないと困るわ」


「あ、そ、その、すいません!計算し直します!」



すぐに計算にとりかかる。
今度は失敗はないだろう。
は一つ息を吐いてから、また足を進めた。

この施設の科学者として、代表的なのは四人。
一人は、本人。
他に、妖怪の女性と老いた男性。

そして。



「そんなツッケンドンにしてると、嫌われるよ〜?」



この男。

癖のある声の上に、どこか人を蔑むように紡がれる言葉。
すぐに誰だか分かる。
嫌いな、苦手な人物であるからこそ、尚更。



「嫌われようが何されようが。私には関係ありませんから」


「可愛くないなァ。もうちょっとニコーっとすれば男も次々やってくるよ〜?それはもう、夜は退屈しないぐらいに」


「勝手に言っててください」



やる気のなさそうな瞳に眼鏡をかけ、無精髭。
よれた白衣と便所スリッパ。
片手には、うさぎのぬいぐるみ。
口には煙草、開けば親父発言。

ニイ健一<ニイジェンイー>。
彼こそ、科学の最高峰と呼ばれた人間だ。



「僕が相手してあげようか〜?」


「お断りします失礼します」



変人、とは彼のためにある言葉だろうか。
そんなことすら考える。
クツクツと笑う声さえ、嫌なもの。
はさっさとその場に背中を向け、歩きだした。


例え自分の上司だろうが何だろうが。
あの男はいけ好かない。
彼の信用できる部分は、科学の結果だけ。


それだけではない。
漆黒の髪と瞳は闇よりも深く、全てを蝕むよう。
歪む口元は、全てに絶望しているかのよう。

だからこそ、知らず知らずのうちに恐怖を感じているのかもしれない。



研究室から出ると、電灯で照らされた廊下に出た。
ここに出る度に現実へと戻った気すら起きる。
一度深呼吸して、精神を落ち着かせる。
そして、手に持っていた書類の一部に目を通した。


牛魔王の蘇生。
これは科学における前進の一つ。
しかし、それだけに終わらず、多くの欲望がこの実験を取り囲んでいるのは誰にでも分かること。

恋愛だとか、想いだとか。
そんな綺麗な言葉で括れたら。
どれだけマシなのだろうか。


(…なんてね、…)


脳裏に浮かぶのは親友の顔。
今頃銀の髪を靡かせ、紫苑の瞳を面倒そうに開けて歩いているだろう。

自分がやろうとしていることに反感を覚えて、こちらに向かってくるだろう彼女。
それはしょうがないことだ。

彼女は『死神』で、自分は『妖怪』。
同じ人のもとで育てられていても、考え方や価値観は異なる。
特に、生死の問題は。


(貴女がどんなに彼の死を願ったとて、私がそうはさせない)


牛魔王蘇生実験。
これを成功させれば、多くの者を生き返らせることが可能となる。
それこそが、彼女の目的。


(あの人を、生き返らせる)


綺麗な言葉では括れない。
この感情と目的。
彼女自身も分かっている。

この実験を取り巻く欲望の一つが、自分であることを。




書類を見終わり、は廊下をそのまま歩きだした。
ヒールの音が、まるで時を刻むように響く。
脳裏にはまだ、の姿があった。


(そういえば、三蔵一行と一緒にいると聞いたけれど…)


いつだったか。
三蔵一行討伐に行った妖怪たちの報告で、五人目が現れたと言われたのは。
容姿と名前を聞けば、やはり自分の知るのようだった。


(……一度、確かめないといけないわね)


彼女が誰かと打ち解けるなど、ほぼありえない。
それは、昔から彼女を知るだから分かること。

自分の正体に何度嘆いたか。
自分の正体に何度裏切られたか。
絶望と恐怖、悲しみに苦しみ。
多くのものが、を取り巻いたのを知っている。


だからこそ、は距離を取る。
一歩踏み出そう者がいたならば、全速力で逃げる。
受け入れられなかった悲しみを、重々理解しているから。

その分、受け入れられた時の嬉しさをも、理解しているだろうが。
だが、それは彼女がこの世に生を受けてから、二度しかない。


(貴女は、また、傷つくのかしら)


ああ、やっぱりなと苦笑を零しながらも。
心は酷いほど泣き叫び。
狂うかのごとく、のたうちまわる感情を、また味わうのだろうか。

それとも。


(だからこそ、確かめなきゃ…)


はどこまで、許してしまっているのか。
三蔵一行は、どんな人たちなのか。

出来ることなら傷ついてほしくない。
彼女には、自分がいる。
どんなに彼女が嫌われようとも、自分が、いる。

そして、生き返ったならば。
彼もいる。


確かめて。
とりあえず忠告を勧告する。

もう傷つかないようにと。



「そうと決まれば、早速行かなくちゃ…」



ヒールの音は、心なしか強くなる。
紺色の瞳は決意を宿し、書類はそこらの部屋のテーブルへと置いておいた。
白衣を脱ぎ、ハンガーへとかける。
準備が整ったところで、向かうのは飛竜のもと。

ここからでは遠いため、遠出用のものになるだろう。
手続きが面倒だが、これもまたしょうがないこと。

必然的に羅刹女の間を通り過ぎることになる。
すると、聞いたことのある声が聞こえた。


(…また、彼らかしら)


羅刹女。
石化して封印させられている彼女を見に来るのは大体四人。
顔ぶれも同じだ。

覗き込めば、やはり見知った顔。
彼女の息子である紅孩児。
そして彼の直属の部下である八百鼡と独角児<どくがくじ>。


話からして、どうやら紅孩児の腹違いの妹、李厘<りりん>が三蔵一行のもとへ行ってしまったらしい。
破天荒な彼女らしい。


(これは、チャンスね)


はそんなことを思いながら。
一歩前へと踏み出した。











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