闇の中に浮かぶのは、多くの命の姿。

自分を産んだモノ。

自分を育てたモノ。


自分を取り巻く、多くのモノ。



幼き紫苑の瞳に映るのは、闇。
モノ達が、己を取り巻き、何を行おうとも。




痛みも

苦しみも

悲しみも

怒りも

嘆きも

憎しみも




感情などないままに、闇を見つめていた。
それが『当たり前』だからこそ。

何も知らなかった、あの闇。


そして、光を知って



(イヤ…だ)



また堕ちていく



(おにぃ…ちゃ…っ!!!)




罪深き存在として











っ!!」


「ッ!!!」



誰かがの名前を呼ぶ。
ドクン、と心臓が大きく鳴り、紫苑の瞳が、大きく見開かれた。
反射的に身体を勢い良く起こす。
ヒュッと入り込む空気。



「あ…」



虚ろな瞳は、自分の膝を映す。
頬を伝い、汗が滴となりそこを濡らす。
鼓動は未だ激しく、息も荒い。
無意識にも、手は震えて自分の胸を押さえていた。


(ゆ、め…)


夢だ。
あれは、過去の。

闇の、記憶。
光の、記憶。

未だに過去に捕らわれたままの。



「…大丈夫ですか?



その声に促されるように、はゆっくりと顔をあげた。
見えたのは青空と、ジープの席。
いつもの定位置にいる自分と、運転席には。



「八、戒…」


「…魘されてましたよ」



普段どおりに戻った深緑の瞳。
心配そうに覗き込む彼の姿に、どこか安堵する。
は自分が情けなくなりながらも、背もたれに、背を預けた。



「…ゴメン、ありがと」


「いいえ」



大きく息を吐いて、呼吸と心臓を整える。
真っ青な空が、まだ昼であることを意味している。
遠くからは、悟浄と悟空、三蔵の声が聞こえた。
平和が、象徴されるかのよう。



「…寝言とか、言ってなかった?」


「いえ、何も」


「……そ、よかった」



寝言を言ってなかったことに、安堵する。
また一つ息を吐いてから、ゆっくりと瞳を閉じた。

どれだけ久しぶりだろう、この悪夢を見るのは。

己が産まれてからの過去。
自分の手で消えていく、命。
大切なモノが亡くなっていく。


この『存在』は血を浴びるだけのものではなく。
全てを巻き込んでいく。



「大丈夫ですか?」


「ん、大丈夫」



あれは過去だ。
終わった、話だ。

それを、繰り返さないこと。
自分の信念を通すこと。
生き抜くことこそ、これからやり遂げるべきこと。


紫苑の瞳は、もう揺るがずに開かれた。
映される青い空は、遠い。
遠い空を、望んではいけない。

はそのまま、八戒へと視線を戻した。
真剣に、口を開く。



「八戒、次の町で、俺を降ろしてってな」


「え?」



八戒が、の言葉に目を見開く。
しかし紫苑の瞳は必要以上に、真っ直ぐに。
彼を見つめている。



「清一色の件は終わったから、俺の目的は終了だ。だから、旅も終わり。だけどこんな森の中で降ろされても困るから」



旅の終わりはこの間告げた。
だからこそ、彼らが知っていたことだ。
近々、が抜けることを。

それに、この森で抜けるといっても、にとっては面倒な話。
ここで置き去りにされても困る。



「だから、宜しく」



ペコリと頭を下げる。
あと数日で、この旅は終了。
三蔵一行との、それは。

それが、一番良い選択。
にとっても、三蔵一行にとっても。



「…本当に、降りるんですね」


「うん」



決まっていたこと。
深緑の瞳を見ながらはしっかりと言い切った。
優しく、座席を撫でて。

八戒は顔を少し顰めながら、口を開いた。



「寂しくなりますね」



ポン、との頭に優しい手が置かれる。
どこか子供扱いのようなそれに、は若干顔を顰めた。

心地よいと思ってはいけない。
思ったら、いけない。

思ったら最後。


あの夢のように



「最初に、戻るだけだろ」



そう、最初に。
がいない頃に。
四人に。

一人の頃に。



「そう、ですね」



そう、最初の頃に。
当初決められていた旅のように。



「ま、生きてればいつかまた会えるかもな」


「あはは、そうですね」



ふと離れていく手。
どうでもよさそうにそう言ってのければ、八戒は小さく笑った。

お互いに深入りしないように。



「お、起きたかおチビ」


〜!!聞いてくれよ、悟浄が!」


「お前ら、そこらへん片付けんか!」



遠くから三人の声が聞こえる。
木の下で、仲良く屯っているのだろうか。
何とも平和な声だ。

そこに目を向けてから、八戒は何かに気付いたように戻した。



「ああ、そうだ。羽織り、ありがとうございました」



視線はの服の上。
まるで布団のようにかかっている黒い羽織。
そういえば彼にかけていたんだっけと、のんびりと思い返す。



「ああ、別にいいよ」



そういえばまた羽織りを買わなくては。
自分にかけられていたそれに手を通していく。
朱色から黒に変わっていく斑模様を、綺麗に隠した。
太陽にあてられたのか、それはいい匂いがする。



「じゃ、また寝ようかな」


「え、また寝るんですか」


「眠いし、次の町まで時間あるしょ」



きっと数日中に別れのときが来る。
それよりも、今は眠い。
先程まで眠ったというのに、というのも、まだ身体が本調子じゃないからだ。
欠伸が大きく、出た。

まだピリピリと痛む傷。
ぼんやりと浮かぶのはあの悪夢。


(…まだ、過去を引き摺っているのは、俺だ)


だからこそ、清一色は自分を好きだと言った。
同じように過去を引き摺り、狂気を纏っているからこそ。
同じ、闇の、住人であるからこそ。

それでも進まなくてはいけない。
目的のために。



「じゃ、おやすみ八戒」



例え悪夢に苛まれようとも。
血に塗れ、穢れていこうとも。
孤独であろうとも。


生きて




「…はい、おやすみなさい」



優しいその声は、心を包んで。
は安心して瞳を閉じて、意識を手放した。




五人旅は終わろうとしていた。











第15話<<    >>最遊記夢TOP