静寂が部屋を包み込む。
そんな中、悟浄が煙草に火を点けて、溜め息交じりに煙を吐き出した。
空気が緩和されて、穏やかなものになる。
蓬希はその様子に目を開かせた。



「………なんか面倒臭ェなァ…死神とか魂とか」


「…あー、もうワッカンネェ。頭こんがらがってきたし」


「そうですね、もういいですかね」


「ああ、そうだな」



何の結論が出たのだろうか。
三蔵までも煙草を取り出して火を点け始める。
悟空は逆にまた食事を始めてしまった。
各々、自分らしく動き出す。



「…何とも思わないのかい?」



今迄の話は何だったのか、と思うぐらいに。
蓬希が驚く中、四人全員が顔を見合わせた。



「色々、あるけどさ」



確かに『死神』だとか。
『魂』だとか。
何か凄い正体だということは分かった。

それに、辛い過去があろうことも。
どうして『壁』や『領域』など気にするのかも。


生きろだとか。
殺すだとか。

警戒して警戒して、受け入れないようにしてることも。



が、彼らにとっては。





「結局さァ、『』じゃん!!『死神』とか関係ないし!まぁ、辛いこととか隠してたってのが悔しいけど!」





どっちも、どっちなのだ。

お互いの過去も。


正体も。



「その『正体』を知った今、僕らがどうこうするつもりはありません。逆に、ね」



他の人は『正体』を分かったからこそ恐怖し、刃を取ったのだろう。
そこが彼らとは異なる点。



「分かんなかったから、監視してたぐれェだしな」



彼らは分からなかったからこそ、不安だった。
だから距離を縮めて、暴こうとしていた。
しかし中々零れない真実のカケラ。

そうこうしているうちに。
『正体』なんてどうでもよくなってしまった。



「どっちにしろ、俺は俺の好きにする。殺すも生かすも、だ」



死神、魂、解放。
どこまでが嘘でどこまでが本当かなど、分かりはしない。
どれが本当のの顔なのかすらも分からない。

だが、どちらにせよ、どうでもいい。
ただそのときそのときの感情に、身を任せればいい。


が起きたらどうするか。
それすら、今考えるのは酷く面倒に思えた。







そう言い切って、何事もなかったかのように、三蔵一行は動き出した。
まるで知ったこっちゃない、とばかりに。

『死神』という正体こそ、誰もが恐れるはずだというのに。
彼らは何も変わらない。
亀はその様子を見てから、また目を細めてを見守る。
それは、綺麗に細められて。

微笑むかのように。










牛魔王蘇生実験。
それが噂として流れてきたとき、必ずは動くと思った。

蘇生は、『死神』と反する倫理観。
況してや、そこに親友だというの姿があるというのなら。
一人で、必ずこの町にやってくると。


(…一人じゃあ、なかったがの)


一人だったら、義弟である流音がどうにかを連れてくる予定だった。
この場所まで。


一体彼らとを結んだそれが何なのか。
流音が彼らにをここへと運ばせた理由は何なのか。
どこか嬉しそうな彼の表情の意味は何だったのか。

それがどこか、分かる気がした。




「…流音はの、母を病で亡くし、父も事故で失っての」



誰に聞かれたわけでもない。
だが、蓬希はゆっくりと口を開いて語りだした。
のものではなく、義弟である流音の話を。

紅の瞳が愛しむように眠っている少年を見やる。
どこか嬉しそうにの傍で、寝息をたてて。



「この子は泣かなかったんじゃ…自分は一人じゃない。ワシもおるし、『死神』だけれど、姉がおるとな」



三蔵達は静かになって、またの眠っているベッドへと目をやった。
の汗を拭う祖母の姿と、傍らに眠る義弟を。



「…流音君は、知っていたんですね。姉がいて、それが『死神』だってこと」


「ああ、父親…ワシの息子が…のことを語っていたからの」



『死神』であること。
姉であること。
容姿まで、しっかりと。

普通の親のように、愛おしく笑んで。



「色々あって離れ離れになった後も、息子はのことを片時も忘れないで、捜しておった。喜々として話す親の姿が、そこにはあったの」



喜々として話すから。
義弟の流音も嬉しそうにそれに耳を澄ませていた。
物語を聞くように。



を捜して、一緒に暮らしたい。それが息子の夢じゃった。だからそれが、流音の夢にもなったんじゃろうて」



父が亡くなった日。
葬式で泣かずに、流音は代わりに涙を流す空を見上げていた。
その向こうの青空を信じて。

『お姉ちゃんを、捜しに行きたい』と。


あの瞳は、とても力強く。
どこか儚いもので。


『死神』だと嫌がっていた自分達が酷く小さく見えた。




「しかし、はどこにいるか分からん。そのときじゃよ『牛魔王蘇生実験』の噂が流れたのは」



行方が分からないまま、二人で放浪した。
ただを捜すために。
そんなときに流れた、噂。



「…そこに『牛魔王蘇生実験』が関係あるのか」


「あるとも。『蘇生』は『死神』の倫理観に反するものじゃ。黙ってはいられなかろうて…止めなくてはという使命感が湧くはずじゃよ」



知っている単語に、三蔵がしっかりと反応する。
確か、を捜すために旅をしていたはずだ。
それは嘘なのか。
驚くその紫暗の瞳に蓬希は、苦笑しての頭を撫でた。



「必ず西に向かって旅をするじゃろうと思ってたときじゃったよ。あの町の人々に会ったのはな」



『死神』を知るのは彼らも同じ。
それがいた、滅びた町を知っていて。
恨みを持って集まり、そして一つの町を築こうとしていた。

道を考えると、必ず『死神』はここを通ると。



「あやつらは『死神』を殺すためにあの町を築いた。ワシらは、に会うためにここに家を作って待っていたんじゃ」



そもそも目的が違うからこそ、相容れない。
魔女と呼ばれた者だからこそ疎遠になる。
買い物ぐらいしか、そこで行わない。

それだけの、関係だ。
町の人々とは。



「…今更だけどさ、ヤバくねェ?」


「え、何が?」



悟浄が顔を顰める中、訳が分からないとばかり首を傾げるのは悟空。
他の皆は分かっているかのように、首を縦に振った。



「あいつらは『死神』を殺そうとしてンだろ。逆にばーさんはそいつを庇ってンだろ?」


「…ばーさん達も狙われる可能性があるってことか」


「え、ヤバくねっ!?」


「まだバレてないだけ、マシでしょう。その間に、が起きればいいんですが…」



これはきっと、の問題。
自分達が動いて彼らを殺したとて、は喜ぶどころか精神的にまいってしまうだろう。

しかしこのままで、バレてしまったとき。
蓬希や流音の命に危険が及ぶ。



「…覚悟の上じゃよ。それが祖母の務めというのならの」



蓬希は、の汗を一通り拭って微笑んだ。
どこか儚いその笑みは、務めというよりも懺悔に近い。
過去を償うように紅の瞳は揺れる。

それを追求する資格はない。
ただ「そうですか」と言うぐらいしか。



「…さて、夜も遅くなってしもうたの。お前さんら、どうするかい?泊まっていくかい?」



ここに泊まるのだとしたら、命をも賭けなければならない。
『死神』がそこにいて。
町の人々がそれを狩りに来るのなら。

それを促すように、語る瞳。
勿論、無理に泊まらせる気はない。
彼らの命の責任など負えないのだから。

三蔵達も分かっていた。



「…じゃあお言葉に甘えまして」



自分達の命の責任は、自分達で取ることを。


それに白竜はの傍から動く気がないらしい。
亀の龍と一緒に見やっている。

悟空も骨折していて本調子ではない。
また、全員どこか疲労気味だ。
難しい話をずっと聞いていたからかもしれないし、もしかしたらあの酷い薬のせいかもしれない。

どちらにせよ、今は動けない。
それが判断というもの。


蓬希はそれに納得して、と流音が眠る部屋から食卓へと歩いてくる。
そして、その向こう側にある押入れを指差した。



「あそこに布団があるからね。勝手に好きなとこに敷いて眠っとくれ。ついでに流音とワシの分をどこかに敷いてくれると嬉しいねぇ」


「…嬉しいねぇ、じゃなくて強制じゃん、ソレ」



悟浄が嫌そうに言う中、蓬希はニッコリと笑った。
ついでに布団を敷くところと言えば、この食卓の場所しかない。
テーブルと椅子を動かして敷け、ということになる。

そしての傍に布団を流音と蓬希の分まで敷かなくてはいけない。
面倒臭いがやらなくてはいけない。


四人は顔を顰めたり、溜め息を吐いて。
文句をブツブツ言いながら、敷き始めた。

蓬希はその様子を微笑みながら見つめていた。