テニスをしたい



ただそれだけ












「……ふわ、大きい学校だ…」



学生達が至極当然のようにぞろぞろと吸い込まれるように校門を潜り抜けていく。
そんな中で一人の学生は目の前の学校を見上げていた。

校門には、青春学園高等学部の文字。
名前からして笑いそうになるが、何よりその学校を受験した自分にも笑える。
しかも自分は初日からではなく、数日たってからの入学。
まぁ、それは一身上の都合によりしょうがないことなのだが。
校舎の大きさもデザインもさすが私立、といったところだろうか。

そして自分は、というと。

真新しい男物の、この学校の学ラン。
授業用の鞄とテニス用具一式。
そして校門の前に立ちっぱなしで呆けていたため、少々視線が痛い。
しかも先ほどぼそりと独り言も吐いてしまったから尚更。



(う、うう…やっぱおかしいかな俺…)



長かった黒をバッサリと切って、銀色に染めた髪。
少しパサつくそれを感じつつ、後ろ首をかきながら、おずおずと校門を潜り抜けた。

それにしても。


(…皆、背高っ!同じ高校生なのに…)


あちこちいる学生は皆ほとんど自分より身長が高い。
男子ならともかく、女子もだ。
…というのも、自分の身長が小さいからいけないのだろうが。
小学六年時から一番前だったが、あの頃からは伸びたはずだというのに。

しかも今の自分は男子学生。
小さすぎる。
だから尚更視線が痛く感じる。


変に気まずくなりながら広い校内を歩く。
四月の風は暖かく、桜の花びらが道を敷き詰めている。


(うあー…北海道はまだ雪溶けなのに。さすが東京だなー…都会だなー…)


実家のある季節とは全く違う。
今までの常識と違うことを見つけながら歩いていくと、遠くからの音にふと顔をあげた。

パコーン、という透き通った綺麗な音。
連なっていく音に、心が昂っていく。
キョロキョロと辺りを見回し、音の根源を探す。
そして人が少し集まっている場所と緑色の金網を見つけて走り寄った。

日本人とは少し違う、紫苑の瞳。
そこに映った世界。







緑のコートを人が走っていく


ラケットとボールの出会った音が響く


青い空に溶ける黄色のボール


綺麗にコートの上をバウンドして、歓声が沸く


点数が加算される声


向いあっている相手同士






自分が望んでいた、世界がある








(テニスだ…!!)


望んでいたテニスのコートと、沢山の部員。
響き渡る歓声と音。
輝かしい、世界。

金網にしがみついて、テニスをガン見する。
ハタからみたら情けないだろうが、そんなこと気にも留めない。
とにかく目の前のテニスに喰らいついていた。


(はわわわ、テニス!テニス!朝練やってる!)


今コートを使用しているのは、どうやら有名な男子テニス部らしい。
レギュラー陣だろう、他の部員とは違うジャージを着ている人達が打ち合っている。
勿論、他のコートもテニス部の人達が使用しているが。


(凄い!コート広い!人数も多い!しかもレベル高い!凄い!)


テニスの世界が今目の前にある。
見るだけで心が昂っていく。

興奮しながらひたすらテニスを目で追う。
キラキラと目を輝かせ、編入に近い入学のため職員室へと向かわなくてはいけないことをすっかり忘れて見入る。
だからこそ、後ろから来る人物に気づくわけがなかった。



「アンタがかい?」


「ふわっ!!?」



後ろからいきなり声をかけられて、大きく身体が跳ねてしまった。
心臓が口から飛び出そうになる。
汗がどっと出て、勢いよく振り返る。
未だ静かにならない心臓を押さえつつ、顔をあげる。

そこには、ピンク色のジャージを着た中年の女性が立っていた。
茶色の長い髪を後ろに括っている。
彼女は変な声をあげて驚き、オロオロしている少年に対して目を瞬かせてから。

ケラケラと笑い始めた。



「…え、え、えっと?」


「アッハッハッハ!が言ったとおりだね。銀髪でテニスを見入って、オロオロしてたら俺の子だって言ってたからね」


「ふえ、え、ええっと?」



尚もケラケラと笑い飛ばしている女性を前に、一体どうしたら良いものだろうか。
笑いが止まるまで待つしかない。
オロオロしつつ、言葉の意味をどうにか考え始めていた。


、という名前を知っていること。
、という苗字。
あたかも、自分のことを知っているだろう言葉。
しかも、から聞いた…となると。



「ハッ!?ま、まさか、あの、竜崎先生でございますでしょうか!!」


「アッハッハ!丁寧語が間違ってるあたり、慌てふためいているのも聞いたとおりだね。ああ、私が竜崎スミレ。アンタの父親から話は聞いとるよ」


「ああああの!父さんが、じゃない、父がおおお、お世話に!っていうかその!俺もお世話に!」



この学校は父の紹介で決めたもの。
過去、彼が入っていた学校がここで、そのときのコーチが健在で頼んでおいてやる、と言っていた。

その名前こそ、竜崎すみれ。
まさに、目の前にいる女性の先生だ。


辻褄があった。
と、途端に回りだす頭。
しかし速く回りだして何が何やら色々グルグルと回っている。
だからこそ何言ってるか分かってない。
あたふたしていると、また竜崎先生が笑い始めた。



「アッハハ!落ち着きな」


「は、はははい!ふー…はー…」



とりあえず、このままでは会話も成り立たない。
促されるままに息を整える。
深呼吸して、頭の中を整理する。
ようやく心臓の動悸も止まったところで、改めて顔をあげてから頭を下げた。



「あ、あの、取り乱してすみませんでした…改めまして、と申します」


「ああ、知っとるよ。アンタの父親から全部聞いとるからね」


「ぜ、全部!?そ、そうなんですか?」


「ああ」



全部、とは一体どこまで話したのだろうか。
ヘラヘラと笑う父親のことを考えつつ、は焦りを苦笑にして零す。
竜崎先生はその感情を予想してか、ニッと笑ってから背負っているテニスバッグを見やる。



「フム。父親から聞いてたけど、この男子テニス部でテニスする覚悟は出来てるみたいだね」


「は、ハイ!勿論です!!」



は心からイエスを答えた。


テニスをする、そのためだけにここに来た。

性別を変えてまで。
北海道から出てきて。
両親に、助けをもらって。


テニスを、するために。



しっかりとした声に、竜崎先生は笑みを濃くした。
紫苑の瞳は動揺などなく、力強く光る。


(…フッ、父親と同じ顔しとるわ)


二十年前の、父親と同じ瞳。
同じ学校のテニス部員だったの父親。
それを思い出しながら、竜崎先生は学校の方へと促した。



「ま、詳しい話と入部は後にしようじゃないか。まずは職員室に行かないといけないんじゃないかい?」


「…はわああっ!そ、そうでした!!」



促されて、ようやく忘れていたことに気づく。
大きく声をあげて、腕時計を見やる。
ベルの鳴る五分前。
十分前に来いと言われていたというのに、完璧に遅刻だ。



「朝練ももう終わるし、放課後にまた来な」


「は、はい!必ず来ます!すいません!失礼します!!」



行っていい、と許可が出た。
とにかく急がなければいけない。
は大きく頭を下げて、急いで走りだした。


(はわわわ、テニスに見入ってて職員室忘れてたァァ!!いつも一つに集中したら他を忘れるの、どうにかしなきゃああ!!)


入学当初から既に涙目。
初の東京、初の高校、初の男装。



「ああああ、職員室どこだか分からない〜!!」



初日から波乱の予感。

小さな後ろ姿を、竜崎スミレはクツクツと笑いながら見やっていた。












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