|
時間というのは あっという間に過ぎていくもの 豪勢な部屋に携帯電話の音が響く。 普段なら無視するところなのだが、サブディスプレイに映った名前に、思わず笑みを零す。 今日だから。 そして今の時間帯だから。 相手が相手だから、電話の内容は分かっている。 だからこそ、いつもなら無視する電話を取りにいった。 「俺だ」 『…手塚だ』 ディスプレイの表示に出てた名前は、青春学園高等部男子テニス部の部長。 クールな優等生であり、何事にも左右されない人物。 手塚国光。 普段通りの冷静な低い声。 それを聞いて、自然と笑みが零れた。 「ああ、来ると思ってたぜ」 『今大丈夫か』 「だから出てるんだろうが。アーン?」 対する、電話を取った人物は氷帝学園高等部の生徒会長。 そして、男子テニス部の部長。 右目の下の泣きボクロが印象的だ。 その人物こそ、跡部景吾。 二百以上の部員をまとめるリーダーだ。 『そうか』 「わざわざお前から電話かけてくるとは……ま、用事は分かってるが、なぁ手塚?」 お互いライバル学校、そして個人でもライバル。 性格もプレイも熟知している仲。 ある意味、親友よりも強い縁で繋がれているよう。 そして、跡部には情報もある。 だからこそ、彼の用件は分かっているつもりだ。 「新しく入部してきたチビの話、だろう?」 『やはり知っていたか…』 「俺を誰だと思ってやがる。跡部景吾だぜ?」 それぐらいしか、電話してくる用件の覚えがない。 当たったことに優越感を覚えながら、跡部はニヤリと笑った。 今日という日に、彼となったヤツが入学してくる。 身長がかなり低く、精神的にどこか弱い。 テニスが出来た途端、嬉し泣きした二つ年下の子供。 ヤツは厳しい練習にも、女だということを忘れて我武者羅に取り組んでいた。 「どうやら無事、入部出来たようだな。アーン?」 『ああ』 そして、こんな賭けのような入部をしてでもテニスを求めるテニスの虫。 どうやらしっかり入れたようだ。 電話はその確認にも取れる。 しかし、それだけが用事じゃない。 電話は質問や要望があるからこそかかってくる。 必要最低限のことでしか動かない、手塚が相手だからこそ尚更。 『跡部。のことだが…』 「どういう選手だったか、だろ?」 聞きたいことは分かっている。 入部初日からかかってくる、ということはのプレイを見たということ。 その実力を見せつけられて、戸惑っているのだろう。 女子が、男子に勝つ。 圧倒的な強さで。 『二年のブランクを氷帝の練習で補っていたとはいえ…高校男子テニス部でも通用する力だ。中学時代に名を聞いていてもおかしくないはずだが』 あれだけの力があれば、噂ぐらいは溢れるはず。 例え場所が北の大地とはいえ、だ。 しかし、という名前は全く聞いたことがない。 それがまた、不気味なぐらいに。 「ああ、あいつの技術ならな。体力や筋力はねぇが……素早さと観察眼、技術がある。俺達の練習でもレギュラーからゲームを取る腕前だ」 『…やはりそうか。此方もレギュラーの座に一番近い荒井が6−3で負けた』 「ホゥ…大したことないんじゃねーか青学」 厭味を言うことも忘れない。 例え、自分達の部活でもそういう状況になっていたとしても。 電話の向こうでは溜息が吐きだされている。 自分の性格を知っているからだろう。 また、聞きたいことはそこではない、という意味も込めている。 手塚が聞きたいのは、そこじゃない。 あれだけの実力を持つ人物が、何故、隠れていたのか。 「手塚」 『…何だ』 理由はある。 しかし、それをヤツ自身が言わなければ意味がない。 だが。 「チビは確かに強ぇ。…ただ、堂々とテニスがやれる環境じゃなかったってだけだ」 真実の一片、それ位なら与えられる。 押し黙る電話の向こう。 きっと、言葉の意味を測っているのだろう。 どう推測するにしても、この真実が変わるわけでもない。 それと一緒に言えるのは。 「これを俺から言うのはちぃと癪だがな。アイツの実力はお前が見た通りだ。ま、俺から言わせりゃまだまだだが」 確かなもの。 過去とか、理由だけではなく。 今現在、自分ではなく手塚が見たものも真実。 自分が見たものも、確信したものも事実だからこそ。 自分に出来ないからこそ。 「……手塚」 頼むことは悔しい。 だが、これは彼にも分かっていること。 だからこそ。 「の才能、眠らせたままにすんじゃねーぞ」 命令をする。 まだまだ成長する人物を、そのままにする気はない。 部をまとめる人物だからこそ、人それぞれを見抜くことが出来る。 育つべく人物がいるのならば、育つ環境を与える。 それも、部の役割だ。 『ああ、分かっている』 冷静な返事を聞いて、少し安堵する。 彼も越前をそうやって戦わせていたのだ。 分かっていたとはいえ、ちゃんとした言葉を聞けば安堵が増す。 フッと景吾は笑みを零した。 「アイツに言っとけ。こっちに来たんなら、さっさと俺様に挨拶に来やがれとな」 『分かった、伝えておこう。…悪かったな、貴重な時間を』 「借りなら今度、俺との試合で返せ」 『考えておく。ではな』 「ああ」 電話を切る。 しんとなった生徒会室で、皮張の椅子をくるりと回す。 大きな窓から見えるのは自分がまとめているテニス部の様子。 脳裏に過ぎるのは、長期休暇のときに共に練習をしていた小さい人物。 満面の笑顔でボールを追いかけていた、まるで子犬のような瞳。 「フッ……アイツに頼みごとをするたぁ……俺もヤキが回ったな。なぁ、樺地」 「ウス」 いつの間にやら部屋に一人増えていた。 大きな図体に、のんびりとした瞳。 手には沢山の書類を持ってきている。 跡部といつも共にいる存在、下の学年の樺地だ。 先程の電話は相手に塩を送ったかのようだ。 しかし、笑みは濃くなる。 「ま、いいか。……書類整理も終わった。そろそろテニス部の方へ行くぞ樺地」 「ウス」 二人はその場所から出ていく。 自分達が次にいるべき場所へ。 テニスをするべき、場所へと赴くために。 「跡部君は何だって?」 「…を頼まれました」 「ハハッそうかい」 電話をし終えた手塚の傍で、竜崎は軽く笑った。 跡部の性格を理解している手塚だからこそ、命令を軽く変換出来る。 二人の視線は未だ打ち合う音が響くコート。 今頃、の姿に刺激された青学の部員達が必死に打ち合っているのだろう。 「しっかし、本当に荒井まで片付けられたら、トーナメント戦に入れるしかないねェ」 「ええ。レギュラーには入れないようにはしますが…」 「フッ…そうかい」 レギュラーに入ってしまえば、正体がバレたときに支障が出る。 だからこそ、入れれない。 だが、トーナメント戦に入れなければ、部員の疑問が増えるだけ。 それに。 あの素質を押し殺すことなど、出来はしない。 「…結果が出たら、もしかしたらと思って考えていたモノをあの子に使うことになるかもしれないねぇ」 「はい」 今日の実力からみて、レギュラーにはなれない。 だが、他の部員達とレギュラーの間にある実力の大きな差。 その中心に、が入るのだとしたら。 いや、まずはトーナメント戦の結果が最優先。 が入る以前に考えていた計画がある。 今年から実行に移そうと思っていたそれの、いい機会になるかもしれない。 とりあえずは、今は今のまま。 部活を終えるのみ。 |