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和装と洋装を織り交ぜた屋敷。 檜の香りが鼻をくすぐる廊下を素足でタシタシと歩く。 向かうは屋敷の奥にある、黒を基調とした『黒の間(こくのはざま)』。 は灰色のワンショルダーバッグを肩にかけなおしてから、漆黒の襖をするりと開いた。 「兄(あに)ぃ?」 薄暗いその部屋に、アルトの声が静かに響いた。 『黒の間』と呼ばれるだけあって、あちらこちらにある小さな灯火がなければ闇に包まれていたであろう漆黒の空間が目の前に広がっている。 「兄ぃ〜?」 ここにいるであろう自分の兄を呼ぶ。 しかし返ってくるのは沈黙。 返事がないことには顔をしかめながら、その漆黒の空間に歩みを進めた。 前え進む度に、片耳に3つずつつけた透明なピアスが鈴のような音をたてる。 「兄ぃ〜?兄上〜?兄上様〜?」 やはり返答はない。 それでも確かにここにいるはずだ。 フム、とは顎に手をやって何かを思考する。 そして、数秒のうちに手をパチンと鳴らして口を開いた。 「バカ兄ぃ」 一言目。 そして次はタタンと足を鳴らしてリズムにのり始めた。 「バカ兄ぃ〜爽やか〜にぃ〜みせかけて〜根暗で腹黒ぉ〜う」 歌いだしは好調。 少しばかり演歌調なのはご愛嬌。 頭の中から次々と悪口とメロディが浮かび、は笑みを濃くした。 「バカで!アホで!マヌケ〜なんだけど!ドジでオカマでスケベ〜ぇな変態な兄ぃなの」 「…おい」 歌の途中に低い声が遮った。 しかし、は悪魔で知らない振りをしてメロディはサビへと突入した。 「こーれーでーもー兄ぃ!こーれーでーもー男!こーいーつーのー母ちゃんデベソぉおおおおおお」 「やかましいっ!!俺の母ちゃんはお前の母ちゃんだろうが!というか思いつく限りの悪口を歌にするな!!」 「おうちっ!?」 今度は声だけではなく、裏手が腹部へととんできた。 唐突な攻撃には避けることができずに、あたった腹部を抑えながら声をあげた。 その声は、なんとも間の抜けたようなもの。 しかし、確実に笑みを含んでいた声だった。 「なんだぁ〜いたのかぁ兄ぃ〜。さっさと返事してくれないから無駄に悪口言っちゃったぜ」 「仕事してたんだっつの。というか、無駄に悪口どころか、悪口言うことをやめろ!俺だって傷つくんだぞ!!」 「安心しろよ、兄ぃ。傷口は深い」 「できないじゃねぇか!!」 ビシリとまた裏手がとび、またもや声があがる。 はわざと痛いよ〜と言いながら、自分の目の前にいる人物を見やった。 自分と同じ銀色の、腰まで伸びた長い髪。 自分の紫苑の瞳とは違う、金色の瞳。 そして闇に溶けるような漆黒の羽織りが印象的な和装。 心地良いテノールのハスキーボイス。 首元には、銀の細かい装飾が施された大きなペンダントがきらりと光る。 これぞ、自分の兄。 薄暗い中だが、その姿はよく映えた。 そしてその兄は、自分を見て顔を今更ながら歪めた。 「何だ、どっか行くのか」 の格好を見て言った言葉はこれだった。 兄よりも短い、ショートヘア。 後ろの肩にかかるほどの銀髪は小さく結われている。 中性的な顔がいつも以上に男らしく見えるな、と兄はぼそりと呟いた。 いつも男のような服を好む妹である。 今日は黒の男物のタンクトップの上にポケットが多くついた白の網目のあるベスト。 暗めの赤いジャケットを腰に巻き、下はこれまたポケットが沢山ついた茶色のカーゴパンツ。 そして青を基調としたスニーカーを片手に持っている。 さらに。 「胸ねぇし」 「いやん!どこみてるの兄ぃ!エッチ!!」 「元々ねぇけど、これまたさらにねぇし」 「オイコラ!元々ねぇって言うな!!これでもAはある!!Aはっ!!」 そう、女であるの胸が更にない。 兄はふぅと溜息をつきながら目の前に妹を見やった。 「で、胸はどうした。豊胸手術を間違えて貧胸手術でもしたのか」 「お、兄ぃうまい!座布団1枚!ってそうじゃないっつの!頑張ってさらしで引っ込めたんだぞ!苦労して!!」 「実は全然苦労しなかったろ」 「そうなんだよ〜実は結構あっけなく……って違うっつーとるだろがっ!!」 はガーッと声をあげて兄にノリツッコミ。 兄は慣れた手つきでハイハイと沈めた。 このじゃれ合いがこの兄妹の常であった。 兄はコホン、と一つ咳をして話題を元に修正した。 「で、結局何なんだ。胸までしまって男らしすぎる格好で行く場所は」 「あ?あぁ、行こうかなぁーとか思って」 「どこにだよ」 「兄ぃのお得意先に」 「はぁ?」 語尾にハートマーク付でがお茶目に言えば、兄の顔はすぐに歪んだ。 店を営む兄には沢山のお得意先がある。 それでも、何故か妹の声で思いついたのは一つ。 用件もすぐに頭をよぎる。 だからこそ、顔が歪んだ。 「…お得意先ってお前……」 「美人で妖艶なお姉さんのもとに決まってんだろ〜?分かってるくせに訊くなんて野暮だぜ兄ぃ」 兄が真剣な顔になっているというのには未だにふざけたままニヤリと笑った。 用件も分かってんだろ〜?と言うに、兄の金色の瞳を鋭くする。 「…俺が許すと思うか?」 「なんだよ〜。そんなに俺にお姉さんを取られるのが嫌なのか〜?」 「お前の用件、それじゃねぇだろ」 「お、さっすが兄ぃ!分かってるぅ!!」 「俺は行かせないぞ。許さん」 「何その娘を嫁にやらんって感じの親父発言!!兄ぃが許さなくても俺が許すっての!!だから大丈夫!!」 「俺を勝手に親父にするんじゃねぇよ!!お前一人でオッケーしても俺の力無しじゃその店に行けねぇだろーが」 「だから、宜しく兄ぃ」 「いやいやだから許さねぇっつってんだろが。だからお前は行けねぇっつの」 これだけの会話にどれだけボケとツッコミがあったろうか。 そんなことは彼らには関係ない。 もっともなことを言ってツッコミをする兄に、はすぐに口を尖らせた。 行くことをもうとっくのとうに決めていたのに、こんなところで躓くとは。 は心の中でそう激しく舌打ちをしていた。 「融通がきかないなぁ…そういうの理屈人間っていうんだぞ!いい大人になれないぞ!」 「残念ながらもう世間一般的には二十歳を超えて大人だ」 「こんな大人にはなりたくないねっ良い子の皆!!」 「むしろお前だろ問題は!!」 「いーやーだっ!!行くっつったら行くのーっ!!」 「おもちゃ欲しがる子供かお前はーっ!!!」 手足をジタバタさせて駄々を捏ねる子供が一人。 兄である人物は目の前の妹を見て思いっきりつっこんだ。 小学生でもない歳なのにこの子供っぽさはどうだ。 溜め息が出る。 「とにかく行かせないからな!!」 「行くっつってんだろバカ兄ぃ!」 「諦めろバカ」 「諦められっかバカ兄ぃ」 「バカ」 「バカ兄ぃ」 バーカバーカと兄妹のバカの言い合い合戦は続く。 殴り合いがないだけマシなんだろうが、空気は最悪だ。 小さな怒りが大きな怒りへと進化していく。 五分程言い合いが続いただろうか。 がふと言葉を止めた。 諦めたか、とそう兄が溜め息をついたときだった。 の紫苑の瞳の瞳孔が開き 色は漆黒に変わった。 |