四月一日たちが手を振る姿が消える。
代わりに目の前に広がるのは、やはりあのワープ空間。

今回は前回とは違い、しっかりと真っ直ぐに飛んでいる。
全く、一体自分の兄は何の恨みがあったのかと思ってしまうほどの違いだ。
穏やかな空間移動に、の目はゆっくりと閉じていく。


(…あぁ、なんか疲れたな)


治癒の『気』を使い果たし、身体と心は疲労感に包まれる。
そして対価の大きさが辛さとして、意外と心に負担をかけていたらしい。


(……あ〜……今はもう)


何も考えたくないや。



身体は宙に浮き、流れに身を任せて。
はそこで気を失った。





















優しい、ハスキーボイス。
大好きな声。
昔から、自分を守ってくれた人。


(兄ぃ)


嗚呼、これは夢なんだとすぐに分かる。
いつもと変わらず微笑む、兄。


(ははっ、俺って現金だな)


もう自分の名を呼んでくれることはないというのに。
この微笑をくれることは、もうないというのに。
それでも、これを願っているから夢にまで現れる。


(でも、やっぱ嬉しい)


手を伸ばせば触れる、兄の身体。
黒い袖をキュッと掴めば、優しく頭を撫でてくれる。
この優しい、大きな手が好き。


(兄ぃ、言わなかったけど、大好きだよ)


夢だから溢れる涙。
兄は優しく抱きしめてくれる。

嗚呼。
この温もりも。
この香りも。
自分より大きな身体も。


(…大好きだよぉ……っお兄ちゃん……っ)


現実では恥ずかしくて言えなかった。
おちゃらけてでしか、言えない本当の心の言葉。


(忘れちゃ嫌だっ!!俺のこと、待っててよぉっ!!)


叶えられない願い。
願いを叶えるために払った対価を戻してほしいなんて、なんて我侭なんだろう。


それでも

夢の中で言うことぐらいは許してほしい



『頑張れよ…。前に進むと決めたんだろ?どんなに辛い運命でも、お前なら…乗り越えられる。お前は、俺が忘れても…本当の俺の妹なんだからなっ』



彼の耳から、鈴のような音が鳴る。
のものであった、透明なピアス。
しっかりとつけられているそれを見て、嬉しさが増す。


例え忘れられても


真実の兄妹であることは変わらない





(……うん……兄ぃの妹だから……頑張るよっ)



兄が忘れても

貴方の妹であることは変わらないから

前に 進める



の言葉に、兄は嬉しそうに微笑む。
それを見て、も同じように笑ってみせた。


(…いい夢……有り難う)


浮上する意識。
消えゆく兄の姿。
それを感じながら、この、小さな幻の逢瀬に感謝を。


















目蓋の上から届く光。
その眩しさに、はうっすらと目を開いた。

ぼんやりと映る白い電灯。
淡い色の天井。
これらがどこかの部屋の中だと証明してくれる。


(異世界…か)


もう戻れない。
対価は払われた。
そう考えると自然と冷めていく感情。
白い光を眩しそうに目を細めてから、はぼそりと呟いた。



「…疲れたなぁ」


「…そりゃこっちの台詞だ」



ハァと溜息をつきながらの発言に、返事が返ってくる。
いや、返事かもしれないし独り言かもしれない。
およ、とは上を向いていた顔を横へと向けた。

先程の低い声の主だろう。
紅の瞳と、黒い衣装が印象的だ。
何故か頬に血のようなものがついているが、はそれを別段気にするわけでもなく、彼を見つめた。



「………まだ若いのになぁ。青年よ、しっかり生きろ


「あぁ?」



同情の目をあげれば返ってくるドスの聞いた低い声と睨み。
どうやら虫の居所が悪いようだ。
眉間の皺が尋常ではない。



「あ!起きた!」



横を向いていたの胸に軽い衝撃。
可愛い声と共にやってきたのはふわふわの生き物。
はゆっくりと身体を起こして胸に飛びついたそれを見やった。



「お、白モコナ」


「モコナでいいよっ!!」



ほえほえと笑うそれはまさに癒し。
黒いモコナと同様なそれは、を微笑ませた。



「あ〜、起きたみたいだね」



少し遠くからは柔らかい声が聞こえた。
男の人としては高く、しかし心地よい声。
はモコナを撫でながら顔をあげた。



「あ、どうも」



目に映ったのは金色の髪と蒼い瞳。
そして白い衣装。
ふんわりと優しく微笑む彼の近くには、少年少女の二人の姿があった。
彼らは同様、気を失っているらしい。
(少女の方は元から気を失っていたが)



「いやぁ、すんません。気ぃ失ってたみたいで」


「大丈夫だよ〜」



素直に謝れば、緊張感のない声が返ってくる。
先程の人とは偉い違いだ。
そう感じつつも、は四つん這いになって横になっている二人に近づき、腰を下ろした。



「この子たちの様子はどうです?」


「うん、君と同じ気絶だけみたいだねー。ただ、女の子の方はちょっと危ないかもしれないけれど」



二人を覗きこめば、少年は少女を抱きかかえて眠っていた。
どうやら強く抱えているようで、少女の服には皺ができている。
それは、彼にとってどれだけ彼女が大事なのかを表しているかのようだ。

夢に魘されている少年の腕の中を見やる。
先程肌に赤みがさした少女の顔は、もはやまた白くなっている。
の顔はすぐに歪んだ。


(羽根一つと俺の『気』じゃ…どうにもならなかったか)


本当ならばもう少し『気』を送ってあげたいところだが、残念ながらもう限界。
一刻もはやく、他の羽根を探すべきだろう。

魘される少年の上に、モコナが降り立つ。
はその様子を見ながら、せめて少女の手が温かくなるようにと両手を握った。







    >>第弐話