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時を刻む音が定期的に流れる。 心地よいそれを聞きながら、は少年の顔を覗き込んだ。 先程から随分と魘されている。 嫌な夢でも見ているのだろうか。 脂汗が尋常ではない。 (起こした方がいいんだろうか…) 悪夢を見て魘されていたら起こしてほしい、というのは自分の気持ちだが、彼がそうだとは限らない。 そんなことを考えながら、は少年の前髪をそっと分けた。 額の汗についていたそれは、湿っていながらも意外とサラサラでを驚かせた。 (…こういうときも『気』を使えるんだけどな…。あぁあぁ、もうちょっと俺に『気力』があれば) 今日は自分の失態に気付くばかりだ、とは苦笑する。 『気』は使えないまでも、せめて悪夢から少し遠ざけることができれば…とは少年の頭を優しく撫で始めた。 もう片方の手はしっかりと少女の手を握っている。 しばらく撫でていると、少年の表情が少し柔らかくなった。 それを見て少し、も安堵する。 「なんだかお母さんみたい!」 少年の上に乗っていたモコナがを見上げて発言。 はいきなりのその発言に目を瞬かせた後、ケラケラと笑い出した。 「アハハハッ俺がお母さん?」 「そう!お母さん!」 「似合わねぇ〜っ」 男らしく育ったにとってまさかの「お母さん発言」。 ただでさえ女性として見られたことがなかったには爆笑ものだ。 しかも、これらの動作は自分が凹んでいるときに兄がやってくれたものだから尚更笑いを誘う。 笑い終わり、静かになったときだった。 「サクラ!!」 「うぉっ!!!?」 少年がいきなり声をあげる。 大きな声に、撫でていた手はすぐさま引かれ、何も悪いことをしていないのに胸が跳ねる。 驚きに息切れと動悸がする。 「びびびびび、びびった……」 胸に手をあてるとドキドキドキと鳴る胸。 遠くではまではいかないまでも、黒い来訪人も大声で驚き、目を大きくさせているのが見えた。 すぐ横では「『ぷう』みたいなー」とモコナがボケているのが聞こえたが、今はそれどころじゃない。 「ど、どど、ドキがムネムネしてる…!!」 「逆だろ」 定番のボケを素で行うと、遠くからツッコミが聞こえた。 声の低さからいって黒い来訪人だろう。 彼は中々のツッコミ性質なのかもしれない。 「さ……くら…」 少年は目の前にいる白い物体にどうしたものかと戸惑っている。 それもそうだ。 サクラと叫んだ先にこの物体が返事をしたのだから。 起きたばかりのためか、もしかしたら少女がこれになってしまったのかもしれないという一抹の不安を覚えたのかもしれないが。 「…ツっこんでくれない」 ボケ役としてはツッコミがないと切ない。 モコナはシクシクと泣き出してしまった。 勿論本当に泣いているわけではない、ということは雰囲気から分かる。 ようやく胸の動悸が治まったは、よしよしとモコナの頭を撫でた。 「ボケ役が必ず通らなければいけない茨の道…それを今君は超えたんだ…これからはボケ役としての天国が待っている…っ!」 何の話だ。 誰もがそう思ったが、誰も口には出さなかった。 しかし、モコナは何かに気付いたように、パッと顔をあげた。 糸目に映る、神々しいの微笑み。 「…っ!そうだよね…モコナ…モコナ立派なボケ役者になるよお母さん!!!」 「そうよ、それでこそうちの子よモコナ…っ!でも俺男だからお母さんだとちょっとキツイ!!」 「え、男の子だったのお母さん!」 「そう、あなたには黙っていたけれど、れっきとした男の子よっ!!」 「でも…でもモコナのお母さんであることには変わりないよっ!!お母さん!!」 「モコナ…っ!!!」 いつまで続くんだこの劇は。 とボソリと呟いたのは黒い来訪人。 心なしか眉間の皺が増えている。 それとは逆に白い来訪人の方は微笑ましく見守っている。 少年は未だに思考が追いついてないようで、焦っているだけだ。 とモコナが抱きしめ合ったところで劇は終了。 ありがとうございました〜と礼を述べてから何故かゲッツ&ターンで脇へと引っ込む。 そこまで言ったところで、ようやく少年は自我を取り戻すことができた。 「さくら!」 忘れかけていた少女の存在。 自分の腕の中にいる彼女をしっかりと抱きしめる。 もモコナを頭の上に乗せて、そちらへと移動した。 「一応拭いたんだけど」 「モコナもふいたー!」 ニコニコと微笑む白い来訪人と、威張るモコナ。 は目を白黒させて、今の言葉の意味を考えていた。 拭いたとは、何を拭いたのか。 そういえば侑子の家で雨が降っていたのを思い出した。 結構な雨の量で、濡れてしまっていたっけ。 ところが、の肌に水滴は残っていない。 「お母さんはモコナがふいた!」 の疑問を感じとったかのようにモコナが威張る。 ならば、まだ女の子だとバレたわけではなさそうだ。 はホッと安堵の息を零してありがとう、と静かに口に出した。 「寝ながらでもその子のこと絶対離さなかったんだよ。君ー…えっと…」 侑子の家であんなに聞いた名前なのに思い出せない。 白い来訪人が首を傾げると、何を聞きたいのか分かったように少年は口を開いた。 「小狼です」 少年の名前は小狼。 琥珀の、意志の強い瞳が印象的だ。 彼の瞳に、白い来訪人…金髪と蒼い目の青年はニコリと微笑んで口を開いた。 「こっちは名前長いんだー。ファイでいいよー」 のんびりとした声は緊張感をなくさせる。 どこか心を安心させる声に、少年は少し息を吐いて一礼した。 |