高嶺清麿。

不登校児である彼こそが、水野すずめの想い人。
黒い髪と黒い瞳、典型的な日本人だ。


(そっか……来たんだ、今日……)


の心の声は勿論届かず、彼はただ机の上にある厚い本を開いている。
不機嫌、と言えるほどのしかめっ面で。

…それもそうだろう。
ただでさえクラスメイトの悪口が飛び交う教室。
のもあるが、彼のものも劣らず多い。
それはほとんどが、彼の頭の良さを妬んだもの。

それに加えて………この教室内に、彼の一番嫌いな人物がいるのだから。


(……そっか……)


は誰にも分からないように小さく微笑んだ。
理由はただの自己中な考え。
それを紛らわすかのようにすぐに窓から視線を外して、何事もなかったかのようにすずめに視線を戻した。



「なるほど、それで顔が緩んでいるんだな」


「ええ!?そ、そんなんじゃないよ!そんなんじゃない…けど……うぅ……」



ビンゴ。
そう思わざるおえない彼女の顔の緩み。
ククッと意地悪くが笑うと、すずめがちゃんっ!と照れながら怒る。
ハッキリ言って全く恐くない。
の笑みは増すだけだ。

そして丁度よく、先程見たばかりの担任が教室に入ってきた。
すずめは未だブツブツ言いながら自分の席に戻っていく。
は少しだけ担任と目を合わせた後、何事もなく自分の席に座った。
担任も担任で、さっさと数学の授業を始める。


いつもと変わらない授業。
変わっていることは、珍しくと高嶺清麿の両者が静かに授業を受けていることくらいだ。
…いや、はただ机の上に何もおかずにボーッと担任やらクラスメイトを見ているだけだ。
はっきり言って授業を受ける気は皆無。

今日の目的はただただ、学校にいるだけ。
それだけなのだ。


淡々とつまらない授業は続く。
あちこちでは真剣にノートをとる音が響く。
ときどき、ひそひそ話があるぐらいだ。

窓の外は快晴。
暖かな日差しは眠気を誘う。



「高嶺!」



担任が声をあげると同時に、も顔をあげる。
高嶺清麿があてられた。
どうやら先程開いていた本を、授業中も読んでいたらしい。
それに気付いた担任が難しい問題を黒板に書いて、彼にあてたのだろう。
そんな人間だ、担任は。



「…はい…」



高嶺の小さな、低い声の返事。
は視線をそちらへと向けた。


(久しぶりに聞く……高嶺の声……)


また誰にも分からないように小さく微笑む。

本当に今日、高嶺が来てくれて良かったと、は心から思っていた。
今日という大事な日。
他の人にとってはただの一日。



「この問題を解いてみろ」


「………a=4、b=8、c=0.3…」


「クッ……正解だ」



計算を紙に書くこともなくスラスラと解く。
多くの生徒は普通、計算しないと無理だろう。
そのことに担任は心底悔しそうに呟いた。


(…やっぱり頭いいな、高嶺……)


心からが感心していると、あちこちからまた、頭の良さを妬む悪口が溢れる。
いつもそうだ。
休み時間だけならまだしも、授業中も溢れる陰口。


高嶺清麿の顔が歪む。
同時に、は下を向いて同じように顔を顰めた。

高嶺清麿に向けられた悪口。
に対するものではない。
でもそれは、の心を締め付けるモノにしかならない。



辛そうに顔を歪めて、は目を一度閉じてから、ゆっくりと一息吐いた。
悪口が途切れ、教室には担任の声が響き始めた。
ここにきてようやくの目は静かに開かれる。


(…ん?)


視界の端に光る何かを捕らえる。
高嶺清麿の方だ。

そちらへとは目を向けた。


(………何ぃ?)


紅い瞳がばっちりと開かれる。
そしてごしごしと目をこする。


の目が間違っていなければ。
いや、間違ってはいない、と思われる。

高嶺清麿の机の横に置いてあるドラムバッグ。
それだけならまだいい。

それだけなら。


問題はそのバッグの中に子供が入っていること。


(ええ?…子供って入れるの?…いやいやそうじゃなくて、注意書きとかに入っちゃいかんとか書いてなかったっけ?…いやいや、そういう問題じゃねぇのか?)


金髪、金色の瞳の男の子だ。
まだ幼稚園児とか、それぐらいの。

疑心暗鬼になりながらじぃっとその子供を見つめる。
最初は下を向いていたその子供だったが、の視線に気付いて顔をあげた。
バチっと二人の視線が合う。


そのまま視線は絡みついたまま。


はどうしよう…と冷や汗をかき始めた。
あまり子供と接することがないので、どうしたらいいのか分からない。
このままではいけない…そう思っては意を決して他の人にバレないよう、小さく手を振ってみた。


すると、その子供は満面の笑顔を浮かべて小さく手を振り返してきた。


(…おや可愛い………)


は先程の嫌な気持ちを忘れ、笑顔を浮かべて手を振り続ける。
その子供もまた、振り続ける。

しかしこのまま振り続けるわけにもいかない。
担任にバレることは時間の問題だ。

手を振ることをやめればいいのだが、男の子が可愛いくてやめられない。
しかも何やら、男の子は話したそうに目を輝かせている。


(俺も話したくなるなぁ…こんなに目を輝かせて手を振られるとなぁ……どうっすっか…)


あぁ、そうか。

ポンと手を叩くと、はガタリと席を立った。
クラスメイトが皆、何事かと振り向く。
そんな視線をものともせず、スタスタと男の子の方へと向かう。
男の子はというと、すぐにバッグの中へと隠れた。



、授業中だぞ」


「サボりまーす」



担任の注意をさらさらとかわす。
は高嶺清麿の机の隣に置いてあったバッグを何事もなかったかのように拾った。



「おい、!!」


「ってわけで後頑張って授業してくださ〜い」



すたかたすたかたとバッグを持っては教室を出た。
クラスメイトの悪口を背に背負いながら。












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