全てを買い終わった三人は両手にどっさりと袋を抱え込んでいた。
棚等は送ってもらうとしても、やはり食材等や細かい物が多いため、三人ともフラフラしながら大通りを歩いている。



「だから…多いって言ったのに…」


「我慢だ…もう少しで車に着くから…」


「新さん…興奮しすぎて何でもかんでも買うからこうなるんですよ」


「うるせー」



さすがのも不満の声を出す。
新は自分の失態に少し恥ずかしそうに顔を歪めた。

そう、店を覗く度に興奮してあれもこれもと勝手に買ってしまったのだ。
止めるも何のその。
のためだと言い切ってすぐにレジへ直行。
この結果がこれである。



「お兄ちゃんと結婚する女のヒトは苦労するだろうな、


「ええ、きっと新さんを敷くぐらいの女性でないと家庭は崩壊でしょうね」


「肝っ玉母さん的な?」


「ええ、まさにそれです」


「…お前ら…」



並んで歩いている妹と友人が全く勝手なことを言う。
新はげんなり、という顔だ。
ちなみにも同じような顔をしている。

三人同時に溜息を吐いたところだった。


目の前に人影と殺意が見えたのは。






「見つけたよ…アタシと同じモノ」




少女のような声。
しかし見た目はまるでマグカップに手足が生えたような形のもの。
それは身長わずか五十センチほどの、人間ではありえない異形のもの。
目と鼻と口があるそれ。

その隣にいるのは普通の人間だ。
どこにでもいる、サラリーマンのおじさん。
ただ、そのマグカップのヒヨコ色と同じ本を持ち、鬼のような形相だということ以外は。



「な、何だ?」



明らかにヒトではない目の前のマグカップ。
尋常ではない殺意のオーラ。


(大きな、ま、マグカップがおかしい…?いや、俺の頭がおかしいのか?)


異様な光景に、は顔を引き攣らせて一歩後ろに下がった。
自分の頭をも疑うくらいだ。

しかし、それはと周りにいる人たちぐらいで。
新とは真剣な瞳でそれを睨んでいる。


まるで全てを悟っているかのように。



「…


「う、うん?」



真剣味を帯びたの声はいつもよりかなり低い。
威圧感すら思わせるそれに、は冷や汗を流しながら対応した。



「…先程、廃墟と化したビルがありましたね?」



彼らには聞こえないほどの、小さな声。
銀色の瞳は真っ直ぐマグカップを見たまま口を開いている。
その背中を、は見上げた。



「う、うん。確かにあったけど」


「走れますか?そこまで全速力で」


「ちなみにってタイム何ぼよ」


「ご、五十メートルは八秒で走れたけど…」


「…それで十分です。新さんも行けますね?」


「俺もそれぐらいだったからな、タイムは」



つまりはそこまで全速力で逃げる、ということだろう。
わけが分からないまでも、それぐらいは分かる。
それさえ知っていれば大丈夫だろうと感じ、の紅の瞳も真剣味を帯びた。



「では、僕が『さん』と相手に向かって言ったら全速力でそこに駆け込んでください」



が小さく頷く。
それを気配で察知すると、は目の前を鋭く睨んだ。



「ねぇ、さっさと本をアタシに頂戴よ、オニーサン」



マグカップはひそひそ話に気付いていないようだ。
はその様子に、睨んでいた瞳を和らげ、実に優しく微笑んだ。



「…絵本でもあげましょうか?マグカップ…さんっ!」



合図が響き渡る。
と同時に、三人はすぐに相手に背を向けて全速力で走り出した。
荷物が嵩張り、通行人にも当たるがそんなことは関係ない。

指示は『全速力で廃ビルへと向かえ』なのだから。


いきなりの逃亡にマグカップを大きく目と口を開いた。
かなりの驚きようだ。
そしてすぐに目を吊り上げて足を動かし始めた。



「ムキーッ!?何ですってぇえ!!?追うわよ田中!!」


「はいぃっ!!」



サラリーマンは田中、というらしい。
マグカップの掛け声にしっかりと返事をし、七三分けの髪を乱しつつそれに続く。
中々のスピードだ。

一方、先に走り出した三人は後ろを気にしながら足を動かしていた。



「ま、マグカップが走ってる…っ」



喋ったこと、歩いていること、立っていることすら驚愕だというのに走っている。
しかも結構速い。
があんぐりと口を開きながらそう零すと、はちらりと後ろを見てから足を速めた。



「…この状況はビルに着いてから説明します。、今は逃げることだけに専念してください」


「わ、わかった」



足を速めたと逸れないように、同じように足を速める。
新も真剣に走っている。
マグカップに気をとられている場合ではなさそうだ。

角を曲がれば新しい街の印象を少し崩す灰色のビルが見えた。
人の波を掻き分けてそこまで突っ走っていく。
後ろからはマグカップのものと思われる声が聞こえる。
しっかりとついて来ていることは明らか。



、あのマグカップついてきてるけど!」


「それでいいんです。さ、入って隠れますよ」



壊れている自動ドアをこじ開けて中へと入る。
そして三人は荷物を抱え込んだまま、手短にあった受付の机の下へと潜り込んだ。











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