走ったための浅くも早い呼吸。
軽い汗がこめかみをつたう。
外の騒々しさから少し離れたところで、三人は息を整えた。


(…まだ時間は少しありますね)


あのマグカップのスピードからしてここに辿りつくのは数十秒後。
それまでに最低限のことをに説明しなければならない。
すぐさま息を整えて、は銀色の瞳をへと移した。

も待っていたかのように紅の瞳を動かす。
は背中に隠し持っていた彼と同じ色の本を取り出した。



「時間がありませんから最低限のことを話します。まず、この本が読めますか?」



先程のサラリーマンが持っていたような厚さの本。
表紙には見慣れぬ文字のようなものと、模様。
は『時間がない』という切羽詰ったの声に、すぐに本を開いた。

表紙と同じような見たことのない文字。
普通は読めないものであろう文字。

だが。



「…最初と次のページだけ文字の色が違って…何故か読める」



見た目は変な形が並んでいるだけだというのに、頭はそれを勝手に解読している。
他のページはサッパリだが、その特定のページだけは文字が銀色の光を放っていた。
新は隣で「お、良かったな」と安堵の息を吐いた。

も一つ息を吐いてから、すぐにまた瞳を鋭くした。



「…理由を説明している暇はありませんから、これから言うことをすぐ鵜呑みにしてください。理由は後で説明します」



威圧感すら感じる。
は見たことのないのその様子に、冷や汗をかきながらニ、三度頷いた。



「では言います。その本に載っているのは僕が魔法を出すための呪文です。マグカップが来たらその呪文をが言うことで僕があいつと戦うことが出来ます」


「う、うん?(ま、魔法?)」


「そしてあのマグカップに勝って、あのサラリーマンが持っていた本を燃やせば僕達の安全は保障されます。逆にの持っているその本が攻撃され燃やされれば…僕はこの世界から消えることになります」


「き、消える?!ちょ、ちょい待って!整理するから」



唐突な話。
耳を疑うような言葉の羅列に、は頭を出来るだけ早く動かさせるが追いつかない。


(ええと、この言葉は呪文で、俺が唱えるとが魔法を出す…?で、マグカップを倒して終了?で、この本を燃やされたらが消えちゃう?)


まとめるとそういうことだ。
嘘みたいな話。
ただ、と新の目は真剣そのもの。
嘘ではない、ということだけは確実なものだった。



「とりあえずそれを唱えて、その本を守ればいいってことだ。が消えんのは俺も嫌だし…お前も嫌だろ?」



簡単に言えばがやるべきことはそういうこと。
は何かの引っかかりを覚えながらも、コクリと頷いた。



「マグカップさんには…そのまま帰っていってほしいとは思うのですが…あの殺意を見ると…きっと無理でしょう」



マグカップから感じられたのは殺意。
全てを破壊し尽しそうな感情。


(それを許すわけにはいきませんし…)


やるか、やられるか。
そんな戦いになると考えられる。


いきなりこんなことを言われ、戦うことになる。
としては戸惑いばかりだろう。

しかし、ここで消えるわけにはいかない。


(アイツが、まだここにいる限り)





消えるわけには、いかない。






「…分かった。やってみる」



遠くを見る銀色の瞳を見た後、はしっかりと本を抱きしめた。
の瞳と同じ、月の色。


が消えるなんて、嫌だ)


それだけが心にエンジンをかける。
紅の瞳をギラギラと輝かせて前を見る。

そんなを見て、は申し訳なさそうに顔を歪める。
逆に、新はぐちゃぐちゃとの頭を不器用にかき混ぜた。



「俺には何もできないけどな。けど、と本だけは身体で守ってやるからな」


「え、でもお兄ちゃんに怪我させるわけには」


「ばーか。俺も喧嘩に慣れてんだっつの。むしろ妹に怪我させたら親父に怒られんのは俺だしな」



ケラケラと笑いながら銀の髪をグチャグチャにしていく。
はそれを阻止しながらも、微妙な表情を表に出した。

ちらりとを見上げると、彼も神妙な面持ちで二人を見ていた。



「…本を守るといっても、二人とも無理はしないでくださいね。いざとなったら、本なんて捨ててくれていいですから」


「「でもが消えるのは嫌だ!」」



と新の言葉が綺麗に重なる。
真剣な瞳も同じだ。

腹も決めたと同じ。


そんな彼らを見て、は苦笑を零した。



「…ありがとう、ございます」





やっと彼らしい声が聞けた。
そこにと新からも微笑みが零れた。


次の瞬間、自動ドアが大きな音と共に崩壊した。








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