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深い闇の中。 ひとしきり波打ち際で遊んだところで、は砂浜へと戻ってきた。 ごろり、とはその場に寝転ぶ。 夜の砂浜は酷く冷たい。 感じるのは潮風。 聴こえるのは波の音。 見えるのは、果てのない闇。 母親、というものはが物心つく前に死んでしまった。 だから面影は覚えているものの、全く顔は思いつかない。 あとは、父親が何日間も泣きながらを抱きしめていたことが記憶に残っているぐらいで。 『が死んだ今、俺が、お前を守ってやるから』 とは死んだ母親の名前だ。 彼は涙を零しながら、を守ると呟いていた。 小さいながらも父親のその姿を見て、自分も頑張ろうと幼心で思ったものだ。 2人で頑張って生活をしていこう。 それが合言葉だった。 しかし、に物心がつくと同時に、父親に変化が現れた。 仕事が上手くいかなくなったのが、日に日に苛々を増していく。 そして酒に溺れるようになった。 お酒を飲めば変わる。 理性は飛ぶ。 苛々は全て、にぶつけられた。 罵る、ということは当たり前。 殴る、蹴る、全ての暴力が身体に響く。 世間体があるためか、いつも長袖の服に隠れる場所に傷をつけた。 『痛いぃっ!やめてよお父さぁんっ!!痛いよぉっ!!』 『お前なんかいらない!!消えろっ!!消えちまえっ!!!』 泣き叫んでも止まることはない手足。 いつからか暴力は限度を通り越していった。 煙草の火での火傷、刃物の傷。 そして、彼は無理やり娘であるを抱いた。 痛み。 悲しみ。 苦しみ。 の叫びは届かない。 『どんどんアイツに似てきやがって…っ!!!』 アイツ、というのは母親だろう。 いつから彼は、アイツだなんて呼ぶようになったのか。 苦痛と快楽に歪んだ、表情。 彼は悲しいんだろうか。 苦しいんだろうか。 それとも怒っているんだろうか。 どうしてこんなことになったのか分からない。 ただ、はどうしようもなかった。 子供だったということもある。 そして、には父親しかいなかった。 この変わった容姿のせいで友人などいない。 近所の大人にも嫌われる。 にとっての安らぎは父親しかいなかった。 それに。 彼は、に暴力を振るいかざした後。 がぐったりしているのを見て、いつも壊れ物を扱うように抱きしめるのだ。 そしていつも、涙を流す。 『ごめん……ごめん……』 謝りながら優しく抱きしめてくれる。 はそれを、いつも虚ろな目で見つめていた。 お父さん お父さん大好きだよ 泣かないで、お父さん 嫌わないで 捨てないで しかし、の願いは届かない。 いつの間にか酒に酔わなくても冷えていく父の瞳。 もう泣くことはない、父親。 謝ることもなくなって。 『死ねっ!!お前なんか死んでしまえっ!!』 もう彼のあの頃の言葉はない。 行動もない。 自分にとってはただ一人の、安らぎの場所だったのに。 (お父さん…っ) もう声は出ない。 涙は自然と出る。 もう彼には、自分が娘としては映らない。 人間としても映らない。 闇の中に感じる、心と身体の悲鳴 捨てないで 嫌わないで 絶望の淵。 暗闇へと落されたにはもう、光など見えない。 |