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あの日は、そう言い放って、そのまま逃げ帰った。 もう顔を見たくなかった。 溢れ出た感情は止められなかった。 でも、しばらくすれば、それは納まりをみせた。 すると、今度は後悔がを襲った。 清麿は悪くない。 彼だって、頑張った成果だというのに。 それなのに何故。 (なんで…なんで俺は) 手を差し伸べてくれた彼を、突き放した。 自分の、醜い感情で。 脳裏を過ぎるのは、傷ついたような清麿の顔。 それを思うだけで、涙が溢れた。 どんなに、父に暴力をされても流れなかった涙が。 (ごめんなさい…ごめんなさい……っ…) ここで謝っても届くはずもない言葉。 それを心の中で唱えて、唱える。 (明日…明日謝ろう) 明日は学校だ。 そこで、ちゃんと謝らなくては。 泣きながら、それだけを決心した。 だが、それすら叶わなかった。 父は、一週間休みを取った。 それは一人で旅行に行くとか、そんなお気楽なものではない。 の点数を見るなり、表情が変わった。 勿論、悪い方へ。 そこまでは、予想していたことだった。 だが。 「一週間、休みをとった。……お前も学校を休んでもらおう」 冷たい声色。 言の葉から示されることは一つ。 一週間共に過ごすこと。 朝から、夜まで、ずっと二人きりで。 またの名を、躾。 監禁。 悪夢のような一週間。 傷はこれ以上ないほどに増え、身体は疲労に置かれ。 精神はズタボロに、消えていきそうだった。 悲鳴を叫び続け、もう声など出ない。 止まらない暴言。 暴力。 傷口はすぐに、開かれる。 一週間の生活を終え、彼はまた会社へと出かけていった。 も、もう、休むことなど許されない。 動かない身体を、どうにか動かして学校へと向かった。 (今日は…今日こそは清麿に謝らなくちゃ…) それだけが身体を動かす。 ときどき塀に寄りかかりながら進む。 グラグラと歪む視界。 倒れてはいけない。 それこそ、父との約束を破ることに繋がるから。 学校にどうにか着くと、様子がおかしくなっていた。 一週間経っただけで、普通はそんなに変わることなどないはずなのに。 どうにか意識を動かして、辺りを見る。 見た目何の変わりもないクラスなのに。 「お、〜やっと来たのか」 クラスメイトの一人がまるで仲良かったように話しかけてくる。 でも、一言も交わしたことのない男だ。 は疑問に思いながらも、彼に紅の瞳を向けた。 「…何か、あったのか?」 「何か?どういう意味だ?」 「…クラスの様子が、違う」 が問えば、クラスメイトは訝しげに顔を傾ける。 分からないのだろうか。 それならそれでいい、とクラス内を見回して清麿を探す。 しかし、そこにはいない。 「清麿は?休み?」 「いいじゃん、アイツなんか」 棘のある言葉が、零れた。 目の前のクラスメイトからだ。 彼の目は、清麿の席を睨みつけていた。 「天才なんだから、学校来なくたってイイんじゃねぇの」 「……え?」 「クラスの皆、全員アイツを嫌ってるんだ。だから来ないほうが平和じゃん。お前もそう思うだろ?」 彼の言葉。 クラスの様子。 全てが一本の糸に結びつく。 同時に、はすぐに青ざめた。 一週間。 そのうちに、クラスは変わった。 原因はの大きな声、言葉。 それが及ぼしたものは。 高嶺清麿への、嫉妬の感情。 彼への、いじめ。 (…こんな) 空っぽの席を見つめる。 主のいないそこは、まるで置き去りにされた人形のよう。 (……こんなハズじゃ……) 清麿は悪くない。 悪いのは、醜い感情を吐き出してしまった自分だというのに。 なのに。 「……っ」 「あ、!?」 はすぐに教室をでた。 あのクラスメイトが叫んでいたが、そんなの気にしない。 授業が始まろうと、何だろうと。 グラつく足を、精一杯に速く走らせる。 息は浅く、視界はまだ定まっていない。 (清麿……っ) 学校の敷地を出て、帰り道を走る。 いつも二人で、笑顔で帰っていた道。 朝なので、まだ登校している人たちが通り抜ける。 その中に、清麿はいない。 (……清麿……っ…) チャイムが遠くで響く。 それをバックミュージックにしながら、は清麿の家へと急いだ。 いつもと変わらぬ、閑静な住宅街。 見慣れた家が見えてくる。 は汗を滴らし、息を整えることなくインターホンを押した。 「はい」 ドアが開く。 優しい眼の女性が、現れる。 それを見た途端、は無意識に涙を流していた。 「おば…さん……っ」 「ちゃん!」 フラつく足はもつれ、その場にへたり込んでしまった。 清麿の母親がすぐに飛び出てくる。 座り込んだの身体を支え、顔を覗きこむ。 「大丈夫?!ちゃん。どうしたの?」 心配そうに表情を歪ませる清麿の母。 それを見て、また溢れる涙。 の白い手は、しっかりと彼女のエプロンにしがみ付いていた。 「……ごめ…なさ…っ…清麿……っ…清……麿ぉっ………きずつけっ……たの……俺っ………」 涙は止まらない。 言いたいことも言えない。 「アイツの…っ…頭が……羨ましくてぇっ……」 「…ちゃん」 「俺がっ!俺がいけないのにぃぃっ!!!」 勝手に嫉妬して。 勝手に八つ当たりして。 それを叫んで、彼を傷つけて。 これがきっかけで、彼がもっと傷つくことになるなんて。 「ごめんなさっい…おばさん…っ…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!」 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 「ごめん清麿ぉぉおおぉぉっ!!!!!!!!!!」 は、場所を気にすることもなく泣き叫んだ。 それを咎めることなく、清麿の母親は優しくを抱きしめた。 暖かな手は背中を擦り、頭を撫でる。 彼女は、が泣き叫び終わって、疲れて眠るまでずっと、そうしていた。 |