は意識を失っていた。

清麿の母親の温もりに抱かれ、泣き疲れて。
一週間、父に躾を受け続けたのだ。
その疲労と苦痛が、今にドッときたのだ。


静かになったを、彼女は自分の家の中へと運んだ。
清麿の父親は今、イギリスに単身赴任中。
この家には彼女と清麿しか住んでいない。

そして、清麿は家を出たままだが、この調子では学校には行ってないだろう。



客間に通し、そこに布団を敷いてそこに寝かせる。
泣き疲れた彼女の顔は、どこかスッキリしたように見えるが、まだ青白いままだ。
汗をかいていることに気付いて、服を脱がせようとしたときだった。



「………っこの傷……」



ワイシャツをちらりと捲れば見える、新しい傷。
煙草を押し付けられたような火傷の痕。
他にも、刃物の傷やら暴力の痕がしっかりと残っている。

昔から不思議だった。
どんなに暑くても、いつも長袖でいるが。

この予感があった。



「…やっぱり…暴力を受けてたのね…」



一度、がお世話になっているからとの父が挨拶に来たことがあった。
そのときのの様子。
嬉しそうな傍ら、どこか恐怖に怯えていたあの表情。


だからこそ、せめて泊まりに来ないかと、彼から離そうと誘った。
けれど、は頑なに断った。
きっと傷が見られることが恐かったのだろう。
だからこそ、強制的に泊まらせることなど出来なかった。


施設にも警察にも、相談したことがある。
だが、彼らは真剣に話など聞いてはくれなかった。
酷いときは被害妄想だと終わらせることもあった。



「…ごめんね、ちゃん」



子供は大人が守るべきだというのに。
何故、手を差し伸べることが出来ないのか。


は、信じている。
優しい父が、いつか帰ってくると。
だからこそ、耐え、忍んでいる。



「きっと…私達も信じたくなかったのね」



奥さんがいたとき、の家族は凄く幸せそうだった。
だからこそ。
あの家庭が壊れることなど、信じたくなかった。








一週間前。
清麿が泣いて帰ってきた。

勿論、声をあげて泣いていたわけでなく、正しくは涙を堪えて。
何があったのか訊いても彼は答えず。
ただ部屋に戻った途端、思い出の品々を壊し始めたのだ。

誕生日プレゼント、写真…とにかく、に関わるもの全てを。


そして数日すると、学校にすら行かなくなった。
何を訊いても、何も答えない。
瞳は酷く、真っ黒な感情しか映し出さない。



理由は、そして多分、中間テストだろう。
詳しくは分からないが、それだけは分かる、と母はふんでいた。




そして今日。
が朝から、泣き叫んで謝りに来たということ。
身体に刻まれた、傷。

それが、真実を導き出すというのなら。




「…とにかく、ちゃんが嫌がるかもしれないから…服は着せ替えられないわね。後は…学校に連絡を取らなくちゃ」



真実はきっと、起きたが話してくれる。
なら、今は自分が出来ることを。

清麿の母は、の頭を優しく一撫でしてから電話へと向かった。











結局、は意識を取り戻した後、清麿の母親である彼女に謝りながら、父のことを除く全てを話した。
頭の良さを妬んで、酷いことを大声で叫んでしまったこと。
謝ろうとしたけれど風邪で(ここは嘘だが)一週間休み、その間に彼に対するクラスの態度が変わってしまったことを。
それが、いじめ、だということも。

全ては、が原因だということも。


何度謝っても謝り足りない。
そんなを見て、彼女は優しく微笑んだ。



「ありがとう、ちゃん」


「え?」



怒られる、と思っていたところにお礼の言葉。
は紅の瞳を瞬かせて、彼女を見つめた。



ちゃんが話してくれなければ、一体何が起こったのかさっぱり分からなかったわ。清麿ったら何も話してくれないんだもの」


「で、でも俺のせいで……」



清麿は傷ついた。
いじめを、発生させた。
お礼を言われる立場じゃ、ない。



「私は大丈夫よ。だって、ちゃんが泣きながら、謝ってくれたもの。真実を話してくれたもの。私は、それで十分」


「おばさん…」


「あ、でも清麿には自分で謝ってね。私が何言っても、きっと信じてくれないだろうから」



ふわりと微笑む姿は、やはり清麿の母親だ。
同じ笑顔。
はまた、泣きそうになりながら、頭を下げた。



「…ありがとう、おばさん」















しかし、清麿に謝ることはなかった。


清麿と会えないというのが理由の一つだ。
彼は学校に来るのが稀で、他はどこかに行ってしまっているらしい。

そしても中々学校に行くことが出来なくなっていた。
父の暴力が、増していくばかりなのだ。
監禁される日が続くこともあれば、身体も精神も疲労しきって動けないときもある。


そして、清麿がを遠ざけていること。
学校で会った途端、彼はすぐに消えてしまう。
が追いかけるも、怪我が響いて上手く走れない。
その間に清麿は去ってしまうのだった。


そうこうしている間に時は経っていく。
きっかけが作れないまま、すれ違っていく。



もう、話しかける勇気すら消えてしまった。


あの時からずっと。





清麿の太陽の笑顔も。


父の優しさに対する期待も。








ないまま。









あるのは









自分に対する絶望と、闇。



















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