漆黒の闇に包まれていく。

それは心地良い。



だが、こんなにも寒い。



寂しい。

悲しい。

辛い。







光が、欲しい。












波の音は聞こえない。

潮の香りもない。


はうっすらと目を開けた。
冷たい砂浜はない、目の前にあった闇もない。
あるのは、何故か温かい布団とどこかの部屋の淡い明かり。



「起きましたか」



優しい、男性の声が頭上から聞こえた。
紅の瞳がゆるりと動く。
そして、驚きに目を見開いた。


銀の、透き通った瞳は月の光のように優しい。
髪は闇のような漆黒で背中にかかる程度の長さ。
それはさらさらと流れるよう。
白い肌に整った顔と体型。
肌より白いワイシャツと、濃青のジーンズ。

人、なのに不思議な空気を持つ男性。



優しい銀の瞳が、漆黒の髪から覗く。
目を奪われる綺麗な瞳。

それはまるで。



(…月の、光)



漆黒の暗闇から顔を出す、淡い光。
地上の全てを優しく包み込む銀色の光。

清麿や、ガッシュとは違う。
彼らは眩いばかりに輝いていた。



「…大丈夫ですか?」



心配そうに覗き込む目の前の男性。
一般の男性の平均よりは、少しトーンが高い声。
しかし、その柔らかいそれは本当に月のよう。
とても心地良い。

は目を細めながら、ゆっくりと口を開いた。



「……あんたは、ヒト?」



もっと他に訊くことがあったはずだ。
自分は砂浜にいたはずなのに、ここはどこぞの家の中。
ここはどこだ、とか。
見知らぬ自分をどうするつもりか、とか。

他に訊くことがあったはずなのに。
は無意識にも、その質問しか頭に残っていなかった。


目の前の男性は、大きく目を見開いた。
マジマジとを月の瞳で見つめて、戸惑い気味に口を開く。



「…あなたには、どう見えるんです?」



見た目は人間だ。
少し、色素が違うだけの。

だが。


にはそう見えなかった。
夜のような漆黒の綺麗な髪、月のような光を放つ瞳。
何より、この不思議な、神聖な空気。



「…ヒトじゃない。アンタは……『夜空』、みたいだ」



この世のものではない。
ヒトではなく、天使でも悪魔でもない。
月なのは瞳、髪は夜の闇。

ならば、彼は綺麗な夜空だ。


彼は驚きに目を瞬かせるだけで、何も言わない。
はそんな青年を見てから、身体をゆっくりと起こした。
畳と、布団。
あとは辺りにの荷物が置かれ、簡単な置物が目に入る。



「お、起きたかい」



襖が開かれ、声の主であろう初老の男性が顔を覗かせた。
灰色の髪に漆黒の瞳、れっきとした日本人の顔だ。
その後ろから、ツンツンとあちこちに立った茶色の髪の青年も顔を出す。
姿形から、彼ら二人は親子だろう。
きりっとした目元と口元がそっくりだ。



「あ、はい。起きました」


「そうか、それは良かった。酷い傷だったからな」


「飯食えるか?一応、消化の良いヤツ作ってみたけど」



ぞろぞろ、と和室に入ってくる。
はわけが分からず、目を瞬かせるだけだ。
初老の男性は顔色を見て、納得したかのように笑ってみせた。



「あぁ、全く今の状況を理解してないなこの子は。、説明してないのか」


「あ、今起きたばっかりで…その、説明するの忘れてました」


「ハハッ正直だな〜お前も」



呆れる男性に、夜空の青年は苦笑を漏らす。
茶髪の青年はそれに笑い、持っていた食器類を布団の傍に置いた。
初老の男性がそれを見やった後、ゆっくりと口を開いた。



「お前さんが海の砂浜で倒れてるのを、が発見してね。呼びかけても意識がないから、ここまで連れてきたんだよ」



、とはこの銀の瞳の青年だろう。
彼はペコリと頭を下げ、はにかみながら微笑んだ。
もつられてペコリ、と頭を下げると、疑問に思っていたことを口にした。



「…ここは」


「ここか?ここは私の診療所、兼私の家だよ」


「しん…りょ……」




ということは、初老の男性は医者。
そう認識した途端、は血の気がサッとひいた。
酷い怪我だった、と、そういえば先程零していた。




(見ら…れた…っ)


頭に過ぎるは父の顔。
怒りに顔を歪めたあの、顔が。

手が、伸びてくる。


(約束、したのに……おこ、られるっ)


身体が震えだす。
無意識に自分の身体を抱く。
恐怖が頭の中を占める。


(怒…られ……)







ふわり、と包む何か。
優しい香り。
頭に感じる、温かみ。

思考が止まる。
紅の瞳は、二人の青年を映した。



「大丈夫ですか?」



、と呼ばれた夜空の青年。
彼はの肩を支えている。



「大変だったなぁ…よしよし」



茶髪の青年は頭を不器用に撫でる。
おかげで銀の髪はあちこちにはねた。

しかし、二つの温かみに身体の震えが止まった。
自分でも不思議なこの現象。
また驚きに目が瞬く。


(……震えが、止まった?………そう、いえば俺は…今日……)


そして、今更ながら、自分は父に捨てられたことを思い出した。
自由になった今も縛られている。
それを感じ取る、感情と身体。



「…すまないね。医者という職業上、身体を見てしまって…手当てはすませたよ」



目の前の初老の男性が申し訳なさそうに目を合わせる。
手を見ればしっかりと包帯が巻かれていた。
いつの間にか知らない服に包まれているところを見ると、着替えさせてくれたんだろう。
ぺろりと服を捲ると全身に手当てが施されているのが分かる。



「…いえ、有難うございます」



頭を下げると、彼らから微笑みが返される。
何故かホッとするその笑みに、はゆっくりと深呼吸をすることができた。












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