「じゃあ、改めて自己紹介をしようか」



医者である男性がそう告げて、の肩を支えていた青年が手を離してそこに正座した。
夜空、とが呼んだ彼だ。
銀の瞳は、優しく細められた。



、と申します。ちょっと訳ありで、ここに居候させてもらってる身です」



居候?とは首を傾げながら周りを見る。
そういえば、初老の男性と茶髪の青年は親子だと分かるが、彼は違う。
見た目も似てなければ、雰囲気も異なる。
成る程、と一人納得すると今度は頭を撫でていた青年がそこに胡坐をかいて、純粋な笑みを向けた。



「俺は紅橋新<クレバシ アラタ>。栄養士目指し中の大学生。で、これが親父」


「これ、と言うなバカ息子が」



格好良い、というより可愛い、が似合うだろうか。
笑顔に魅力を感じる青年だ。
下手をすれば、童顔のせいで高校生にも見える。

そんな彼に「これ」と指された初老の男性は、己の息子を軽く睨んだ後瞳をへと向けた。



「そして、紅橋寿<クレバシ ヒサシ>。この診療所で医者をやってるよ。で、これが息子」


「親父も言ってんじゃんよ!」



まるでお返しだ、と言ってるように息子と同じことをする父。
そこに息子がしっかりとツッこんだ。
漫才のような掛け合い。
はそれに戸惑うことなくクスクスと笑い声を零した。

皆の視線がに集まる。
そこでは気付き、その場に正座をした。



「…、です。助けて頂いて、本当にありがとうございます」



そのまま手をついて、頭を下げる。
銀の髪がするりと肩にかかった。

沈黙が降る。





「…、か。良い名前だな」



口を開いたのは新だった。
が頭を上げる。
彼はニッコリと笑って、ぽんぽんと頭を軽く叩いた。
ふっと緊張が抜ける。



「…それで、。お前さん、これまでの事情を私達に話してくれるかい?…ゆっくりでいいから」



寿、と名乗った医師が、優しくも真剣な眼差しでを見た。
口から出された言葉は、やはり傷を見たからだろうか。
それとも、海で意識を失っていたからだろうか。


どちらにしろ、恩を仇で返すことはできない。


誤魔化すことは、できない。


それにもう



終わったことだから。












はシーツを握り締めながら、少しずつ話し始めた。

幼い頃に、母が死んでしまったこと。
父と二人で、一緒に生きようと頑張ったこと。


変わってしまった父。

暴力。

容姿での、他のヒトからの差別。




友人との出会い。


一方的な八つ当たり。


自分が原因の、彼へのイジメの発生。








そして今日。



父に捨てられたことまで。












全てを話し終えたとき、本当に静かだった。
夜中だった、というのもある。
この診療所が、町から離れている、ということもある。

しかしやはり。
真剣に聞いている彼らが黙っているからだ。


は顔を上げられなかった。
終わったこととはいえ、やはり、ヒトに話すことは…どう反応されるのかが恐い。
シーツを握る手に、力が入る。

紅の瞳を伏せて、誰かの言葉を待つ。
自分はもう全てを話した。

言うことはもう、ない。





「……じゃあ今、お前さんは一人なんだね?」



沈黙を破って口を開いたのは、この家の主。
は顔を上げずに、小さく頷いた。

何を言われるだろう。
警察に行くとか、そんなことだろうか。
色々な覚悟をする。

が目を、強く瞑ったとき、彼の口は開かれた。





「じゃあ、うちの子にならないか?」



「…………………………………………………………………………………………………はい?」




閉じていた瞳と口をぽかりと開け、は、素直に耳を疑った。
紅の瞳が、ようやく顔を出す。

目の前にあるのは初老の男性の笑顔。
周りを見れば、同じような笑みがもう二つ。
一体何事か。
はやはり聞き間違いだろう、と納得しようとしたときだった。



「いやぁ、私にはこのバカ息子と、丁寧語息子がいるがね。娘が残念ながらいないんだよ」


「うぉい親父。バカ息子はやめろバカ息子は」


「て、丁寧語息子…」



新とがそれぞれ、彼の言葉に反応を示す。
特に、は居候の身で息子、と言われたことに少し戸惑いを感じているようだ。
は目の前でただ目を瞬かせるだけ。

あぁ、またこの子は分かってないな、と寿は優しく微笑んだ。



「それに、お前さん…これから死ぬつもりだろう」


「…っ!!」


「…いや、生きる気力がない、の方が正しいか」



紅の瞳が思い切り開かれる。
寿の言葉はの胸の奥底を突く。
閉まっていた、隠していた気持ちを探り当てる。

彼はそれを気にするわけでもなく、苦笑を漏らした。
そして今度は、真剣な瞳でを貫く。



「私にもそんな時期があった…だがな、生きる意味はこれから見つければいい。時間がかかってもいい。それに…子供を守るのは大人の役目だ。易々死なせるわけにはいかないしな」


「っつか、親父、娘欲しいだけだろ」



もっともらしい言葉に、すぐさま息子がツッこむ。
それを分かっていたのか、彼はケラケラと小さく笑った。



「ハハッまぁな。いいじゃないか、男所帯に娘ぐらい入れても。まぁ、娘といっても…結構なじゃじゃ馬のようだがな」


「なんでじゃじゃ馬?」


「虐待の他に喧嘩のような後が多数あったからな」


「そりゃじゃじゃ馬だなー見た目から男だっつのに。喧嘩か…俺もそんな時期があったな」



真剣な空気が綺麗になくなった。
笑う寿医師に、つられて笑う息子の新。
あぁ、そうだと初老の男性が思い出したかのように口を開いた。



「ついでにこの子らに女を襲う度胸はないから安心しなよ。私も娘のような年の女の子には興味ないしな」


「うわー安心だそりゃ」



新が相槌を打つ。
はクスクスと笑うだけで会話には参加しない。
未だには状況を理解していないだけに、会話についていけないでいる。
そんなを見て、新はニッコリと笑った。



「ってことで、。お前はこれから俺の妹になるな」


「……え?」


「お前はここで住むの。じゃなきゃ警察行き。そうなると父親捜索が始まって、お前は施設行きだろうな多分」



警察行き。
父親捜索。

その言葉には青ざめる。
父が見つかったとしたら、彼に引き取られる確率が高い。
虐待のことが世間に知れられ、彼の世間体は悪化するだろう。

それがのせいだというのなら…今度はきっと殺される。



「…でも、そこまでお世話になるわけには」



海で拾ってもらって。
怪我を手当てしてもらって。
それにこんなに良くしてもらっているのに。

居座る、わけには。



そう考えた途端、頭に衝撃が走った。
拳骨ではなく平手で、ペシン、と軽く叩かれる。
いたッと声をあげると、そこには新の大きな手があった。



「だーかーら、言ったろーが!親父は娘が欲しい。俺は妹が欲しい。んで、は彼女が欲しい!」


「言ってません言ってません。彼女ってなんですか彼女って」


「迷惑だなんて思っちゃいねーよ。居候が一人や二人増えるのなんて変わらないって。増えた分だけ、楽しめやいーんだよ」



が途中、修正を入れるが新は無視して言葉を続ける。
父親である寿も笑いながら頷いた。



、何かあったら全部教えるんだよ。愚痴でも嬉しかったことでも、なんでも良い」


「なんてったって、俺たちは家族、だからな!!」




眩い、親子の笑顔。
太陽の、あの笑顔が目の前にある。

の方を向いた。
銀の瞳はしっかりとに向いていて、彼は優しく微笑んで耳元に口を近づけた。



「…貴女は、生きていてもいいんです。必要と、されているんですよ」



静かに囁かれた言葉。
は大きく目を見開いた。


欲しかった、言葉。






生きても、いいですか?

こんなに、酷い俺だけれど



俺を




必要と、してくれますか……?









「…僕も、貴女が必要です。…友として…生きてくれませんか」





優しい言葉が、耳から全身に伝わる。
その温かみを感じて、の瞳からは雫が零れた。



見知らぬ町の、見知らぬヒト。
普通なら信用できるものではない。


だけど

久しぶりに感じた温かみに


涙は止まらなかった









今日一日で、友と父を失った。


今日一日で、父と兄と友が出来た。



すぐには馴染めないだろう。
新しいことが、増えるだろう。
これから、彼らのことを知っていくのだろう。




嘘でも構わない。
幸せな夢で構わない。
















そこに、暗闇を照らす光を見つけられたのだから
















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