|
「すずめ、大丈夫?」 「…マリ子ちゃん……」 また明るくなる教室の中、すずめに駆け寄るのは親友のマリ子。 すずめは涙を拭い、無理やりに笑顔を作った。 黒い瞳はそれで濡れていて、口が引き攣っているため見てる分には痛々しい。 マリ子はそんな彼女の頭を軽く叩いた。 「無理に笑わなくったっていいわよ」 「…うん、ゴメン」 優しい親友の声に、笑顔は消える。 そして素直にまた零れてくる大粒の涙。 騒がしい教室の中で、ここだけが世界から孤立しているかのよう。 遠くからはまだ清麿を絶賛する声が響いている。 明るい話題が明るく世界を照らしているのに。 自分もそれに対して嬉しかったのに。 のことが聞かされた今、明るい気持ちになどなれはしなかった。 マリ子は慰めるわけでもなく、ただただ傍にいるだけ。 それが、酷く有り難い。 その空気に甘えて、すずめは静かに泣いた。 何も言わず、何も愚痴らず。 すずめの心は、過去を振り返っていた。 『大丈夫か?』 そう言うはいつも怪我をしていた。 すずめは、幾度かカツアゲやら不良に絡まれることが多かった。 理由としては様々だ。 大人しい性格というのもあるが、主に清麿に話しかけるという理由から。 自分は間違ったことはしていない。 何があっても清麿と関わることをやめなかった彼女を敵視した不良が絡む。 勿論、先生にバレないように陰で。 それが日常であった。 『聞いてるか?すずめ』 そして、そんなすずめを助けてくれるのがであるのも、日常だった。 陰だというのに、彼女は目ざとく自分を見つけてくれる。 見つけて、その拳と蹴りを自分のために振るってくれた。 制服を土で汚し、必ずどこか怪我をして。 傷だらけの手を差し出してくれる。 『うん、いつもありがとうちゃん…ごめんね』 『お前のお陰で暴れられるんだ、謝罪はいらねぇよ』 そんなこと少しも思っていないくせに、簡単にそう言う。 すずめを思ってのことだとすぐ分かるのに、その笑顔は嘘だと思わせない。 どうして助けてくれるのか、とか。 聞きたいことは多々あった。 けれど、その笑顔がそうはさせなかった。 『…クソ、いつもいつも邪魔しやがって…』 『だから言ったじゃねぇか…には敵わねぇって…』 倒れる不良達の顔ぶれは決まっている。 は彼らに大きく溜め息を吐いて、目を合わせる。 『っつーかお前らいい加減にしろって。どんだけ痛い目に遭えば気がすむわけ?』 『しょうがねぇだろ、イライラしてんだから』 『そのイライラをパンチングマシーンにでもぶつけてこいよ。こいつに手ェ出すな』 『その金がねぇんだよ!!』 『だったら俺がいつでも相手になるって言ってんだろーが』 『そしたらまた痛い目に遭うんだろが!!』 『あー、それもそっか』 それが日常だからこそ、こんな会話が成立する。 喧嘩が終わった後はあの棘棘しい空気も消えて、穏やかになる。 仲良さそうにするあたりが不思議だ。 はどうしようもないなとクツクツ笑う。 そして、怪我を負わせた彼らを保健室へと運ぶのだ。 当たり前かのように。 それが、礼儀らしい。 喧嘩は両成敗。 どんな原因があろうとも。 男らしい。 サバサバしている。 そしてどこか優しい。 見た目は不良としか思えないは、見た目とは異なる心の持ち主だということ。 それは、すぐ理解出来たからこそ仲良くなれた。 『ちゃんは格好いいよね!』 ある日、すずめはそのままの感想を言った。 いつも助けてくれるはもはや憧れの域へと達していた。 勿論、怪我をしてまで自分を助けてくれることに後ろめたさはある。 しかも手当てを申し出ても、させてくれるのは制服から出ている手と顔のみ。 そのときも丁度、頬に出来た傷口に消毒液をつけたときだった。 痛みに顔を顰めながらも、はコクンと首を傾げた。 『そうか?俺、お前の方が格好いいと思うけど』 『ええ!?どこが!?』 全くどこからそんな言葉が出てくるのだろうか。 すずめは心の底から驚いて聞き返した。 『だって、お前は誰より優しいだろ』 『……………え?』 『俺にもこうやって手当てしてくれる。き…高嶺にも話しかける。自分もいじめの対象になりそうなのに諦めずに』 当たり前かのように、はすずめを格好いいと言う。 優しいからと。 清麿と自分に優しくしているからと。 誰にでも出来そうなことだというのに。 『知ってたか?すずめ。誰にも出来そうで出来ないことを、お前はやってんだぞ?』 自分の身を顧みずに、優しくする。 どんなに侮辱されても、立ち上がってまた歩み寄る。 それに下心があったとしても、中々出来るものではない。 はそう言い放った。 銀色の髪と鋭い紅の瞳は人を遠ざける。 しかし、目の前のはちっとも恐くない。 太陽の光を弾く髪は美しく、そして照らし出される紅の瞳は細められて。 そのときの表情は、こんなにも頭の中に残っている。 『その優しさが、俺や高嶺を救ってる。…俺にとっちゃ、お前が一番格好いいよ』 優しいあのアルトが、今でも頭の中で囁いている。 傷だらけの、自分より少しだけ大きな拳も。 あの笑顔も。 もう見ることはない。 「せめて…一言でもいいから、お別れ言わせて欲しかったよ……ちゃん」 憧れだった。 友達だった。 自分を認めてくれた人だった。 最後にを見たのは、やっぱり自分達を守ってくれたときで。 何ともないと笑った姿だった。 だからこそ、いきなりのこの別れが辛い。 また会えると思っていたからこそ。 お別れがあるのなら、言いたかったことが沢山ある。 有り難うと、さようならは勿論。 どこに行くのとか、連絡先はどこかとか。 沢山、沢山言いたかったことがある。 しかしそれは適うことはない。 「…ごめん、マリ子ちゃん。まだ涙が止まらないや…」 「……いいよ、泣いときなよ」 涙は止まることを知らない。 差し出されたハンカチがぐしょぐしょに濡れるのに、そんなに時間はかからなかった。 |