硬直状態など、一瞬だけ。
波の音が大きく響いた途端、ブラゴが突っ込んできた。



は僕から離れてください!術のタイミングは任せます!」


「お、おう!」



の言ったとおりに、はその場から離れる。
途端に始まる殴り合い。
だが、それはと金山のそれとはケタ違い。
速さも技術も、力も。

一つ間違えれば、普通の人だと重症行きだろう。
だがさすがに魔物。
それがまるで人間の喧嘩にも見えるのだ。



「……」



に今出来るのは、術を使うタイミングを見極めるしかない。
また、シェリーの術のタイミングも見極めなくては。
そして、ブラゴの術が手から出されるならその位置にも注意しなくては。
シェリーの口が開くのを見て、も咄嗟に構える。



「『レイス』!」


「『スウィラナ』!」



攻撃がに向けられるなら、彼を高速移動させればいい。
重力の塊を避け、高速移動をしながらが攻撃を繰り出していく。



「『グラビレイ』!!」


「っ!」



そして、に手が向けられたなら喧嘩で鍛えられた反射神経でかわせばいい。
近くの砂浜に飛びこむ形で避ける。
飛び込み前転の要領で、クルリと回転して起き上がる。

次の瞬間、の前に影が出来ていた。



「貴方の相手は、私がするわ」


「っ!!」



目の前に、シェリーが立っていた。
ステッキみたいなものを持って殴りかかってくる。

はそれを認めた途端、すぐに距離を取った。



「私も、少しは武術を心得てるのよ」


「…そっか」



ということは、人間同士で戦うということになる。
勿論、魔物同士の戦いにも気を配りながら。
それは、酷く難しい。

だが。
やらなければ、勝ち目がなくなる。



「…俺も喧嘩なら得意だけど…女の子を殴るのは嫌だな」


「遠慮は無用よ!」


「っ!!」



蹴りが飛んでくる。
はすぐにそれを防いだ。

相手は女の子であり、服が動きづらいはずだというのに。
素早く動いて蹴りや拳を繰り出してくる。
やはり武術を習っているだけある。



「だが…俺だって伊達に喧嘩してたわけじゃねー!」



これくらいならば、避けれる。
それぞれ防ぎながら、横目での確認をする。
あちらはどうにかなりそうだし、ブラゴの手もこちらに向いている気配はない。



「他所見をする暇はないんじゃなくて?」


「ぐっ…」



だが、そちらに気を向かせれば此方が危ない。
シェリーの蹴りが腹部に決まる。
力強いそれに、の顔が痛みで一瞬で歪む。

だが、彼女以上の強い蹴りに何度もあったことがある。
だからこそ、すぐに立て直すことが出来た。



「…ナイスキック」


「っ!くっ…まだまだっ!」



ニヤリと笑ってみせれば、シェリーの顔が歪む。
そして、悔しそうに次の攻撃を繰り出した。

この戦いを終わらせるには、本の持ち主である人物の動きを止めるか。
それとも魔物が倒れてしまうか。
どちらか、だ。



「私は負けるわけにはいかないのっ!」


「俺だって負けるわけにはいかないっ!」



負ければ、パートナーの魔物が帰ってしまう。
にとって、が帰ってしまうのは耐え難いこと。
負けるわけにはいかない。

しかし、の紅の瞳と同じぐらい、シェリーの青い瞳に強い意志が宿っている。
怒りと憎しみの、ような。



「貴方だって、魔物を扱うことで甘い汁を吸っているのでしょうっ!?」


「は?何の話だ」


「魔物を一刻も早く…一人でも早く魔界に戻さなきゃいけないのよ!」



魔物が憎い。
憎くて、しょうがない。

瞳が、必死に訴えてくる。



「人間界に介入して、破滅を招く存在なのよ!!早く本を渡しなさいっ!」


「っ!?」



シェリーの動きが変わる。
拳や蹴りの力が増していくのが分かる。
はそれを凌ぎながらも、しっかりと口を開いた。



「シェリー!お前何かあったのか!?なんでそんなに魔物を憎んでるんだ!」


「貴方だって…貴方だってどうして魔物を庇っているのよっ!」



声が、泣いている。
瞳も憎しみの向こうに、悲しみを抱いている。
今にも、泣き叫んでしまいそうに。



「魔物がここにいてはいけないのよっ!もう、あんなことが起きてはいけないのっ!!」



何か、あったんだろう。
魔物の出現で、人間が影響を受ける。
その力を利用して、悪用する人間もいるのだろう。
また、魔物が人間を使うことがあるのかもしれない。

シェリーは、被害者なのか。
しかし、ブラゴに使われている感じはない。

もしくは。
彼女の大切な誰かが。



「『ギガノレイス』!!」


「っああああああっ!!」



いつの間にか、黒く光る本を手に呪文を唱える。
シェリーの言葉に集中していて、頭が回らなかった。
遠くからの悲鳴が届く。



「っ!やばいっ!!!」



攻撃を受けて、近くの木に身体が飛んでいく。
大きな音と共に、背中に衝撃を受ける姿が目に入ってきた。
それに加えて攻撃を仕掛けようとするブラゴの姿も映る。



「っ『スウィラナ』っ!!」



意識があれば、高速移動が出来るはず。
祈りに似た気持ちでそう呪文を叫ぶ。

次の瞬間でブラゴの拳が当たる。
そう思われるときに、は目を開かせ、大地を蹴った。
ドゴッという大きな音が、木を倒していく。



っ!前!!」


「っ!」



ブラゴの拳から抜け出した途端、怪我を負ったままのが大声を出す。
漆黒の瞳に、へと繰り出されようとしているステッキが映った。

安堵をしている暇はない。
もその声に反応し、後ろへと跳躍して避ける。


そう、考えてる暇はない。
シェリーの身に何が起こっていようと、この勝負に負ければは帰ってしまう。

一生、会えなくなってしまう。






大切な友達で


大切な、家族なのに







「っアンタが何で魔物を憎んでるのかは知らないし、俺だって魔物全部を庇ってるわけじゃないっ!」



シェリーの拳や蹴りを次々と避ける。
そのスピードが、どんどん速くなっていく。
想いと、一緒に加速していく。



は大切な家族で、友達だっ!…は俺を救ってくれたっ!あの夜に!!」



の中に、まだあの夜がある。
自分が裏切った人物との別れも、父に棄てられたあの時も。
初めての深夜の、闇に近い海も。

優しく照らしてくれた

月のような人


家族を、友達を

くれた人



「だからっ」



紅の瞳に力が宿る。
避けていただけの身体が、攻めへと転じ始める。
シェリーは目を見開かせながら、その攻撃を避け始めた。



の望みを、安心出来る奴を王にしたいってのを叶えたいしっ!!」


「っ!」



身体を沈めて、足払いをかける。
拳や蹴りに神経を集中させていたシェリーは、いきなりのそれに、足を取られた。
尻モチをついた彼女を、見逃すはずもない。
彼女の上に跨り、片手で両手を上へと拘束した。



「何より」



黒い本を奪い取って、遠くへと投げ捨てる。
目を見開かせているシェリーを他所に、は自分のもう片手に銀色の本を再び掴んだ。
握りしめて、上へと持ちあげる。



「失いたくないんだよぉぉぉっ!!!」



思いきり叫んで、本を彼女の頭目がけて。
来る衝撃に目をつぶるシェリーを、しっかりと見つめながら。

振りおろした。












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