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顔面目がけて、本の角を振りおろす。 それは、シェリーの身を強張らせるのには十分だった。 「……?」 しかし、彼女の顔面には未だに衝撃が来ない。 青い瞳がゆっくりと開かれていく。 言葉通り、目と鼻の先に銀色の本の角がピタリと止まっていた。 「…というわけでブラゴ、を離してくれ」 シェリーの上に乗っているは、紅の瞳をギラギラとさせたまま、遠くを睨んでいた。 そこには、負傷したの首を掴んでいるブラゴの姿があった。 しかし、ブラゴはその姿を見て鼻で笑うだけ。 クイッとの首を緩く締める。 「甘いな。それだけで俺がコイツの首から手を離すとでも思ったのか?」 「離さなければ、唱えるだけだ」 シェリーの前にある本が、銀色に輝きだす。 同時に、紅の瞳が鈍く光った。 の顔は苦しそうだが、手はしっかりと吹っ飛んだ黒い本に向けられている。 銀色の瞳が細められ、を見つめていた。 いつでも大丈夫だ、というように。 「術を放ったら、本が風の摩擦で燃える。ブラゴが魔界に帰ることになるぞ!から手を引け!お前だって、こんなところで終わりたくねーだろ!」 ブラゴは王になるために力を使う。 シェリーはその力を、何か大切なもののために使おうとしている。 そのどちらも、断念しなければならなくなる。 「…っ」 シェリーがどうにかしようと暴れ出す。 が、喧嘩慣れしているにとっては、女の子の力だ。 両手を体重の乗せた片手で押えられるぐらいの。 「…フン、面白い人間だ」 の様子を見て、ブラゴはニヤリと笑ってみせた。 途端に離される、の首。 首に手をあて、ゴホゴホと咳き込んでいるが大丈夫なようだ。 がホッと安堵の息を零す。 「くっ…」 シェリーの力が弱まる。 悔しそうに下唇を噛んでいる姿を見て、は目の前にある本を彼女の前からどかせた。 もう銀色には光っていない。 「…別に勝ったからって本を燃やすわけじゃないんだから、安心しなよ」 「っ同情のつもりっ!?」 「違うって」 宥めるつもりが、逆に刺激してしまったらしい。 何とも果敢なお姫様だ。 は苦笑を零しながら、を見つめた。 もう咳き込んでいない。 いつもの余裕の表情で微笑んでいる。 「…どうやら、がそんな気ないらしいからな」 燃やすつもりなら、あんな笑顔にならずに黒い本をさっさと手に取るだろう。 だが、そんな気配もない。 ブラゴがのんびりと黒い本を拾っている。 それを見てから、もゆっくりとシェリーの上からどいた。 しっかりと、手をも差し出して。 「それに、アンタの話からして…の敵は他にいそうだ」 「……」 「話、聞かせてくれないか?」 が望むのは、安心出来る王。 そして、王にしては危ないと思われる魔物を、すぐにこの戦いから外すこと。 ブラゴならば安心出来る王になるのだろう。 は彼を知らないが、は彼を知っている。 そして、にとって王にしてはいけない魔物はまだ沢山いるはずだ。 例えば、シェリーに魔物を憎ませる、何か。 「…甘いわね。私達がそれだけで、さっさと手を引くとでも?」 「シェリーは何か訳ありなんだろ?俺達だって、嫌な魔物は叩いておきたい。…協力出来ると思うんだけどな」 「……」 もし相手が強力な敵なら、共に戦うこともできるはず。 また、相手がそうなっていることもあるだろう。 協力出来るならば、しておいた方がいい。 の差し出した手はまだ空白のまま。 青い瞳が、色々と考えながらそれを見つめている。 「俺達が話を聞くことで、何かあったとき情報も渡せると思うぜ?」 「………」 「どう?この駆け引き、乗ってみねぇ?別に乗らなくても、このまま去ってくれれば俺はいい」 そう、これは所謂駆け引きだ。 乗っても、乗らなくてもいい。 は手を差し出したまま。 そして、はの隣に立って見守っている。 本を拾ったブラゴは腕を組みながら、シェリーが座っている隣に立った。 彼もまた、彼女の答えを待っている。 「…貴方達を裏切って、倒しに来るとも限らないのに?」 「その時は負けない。何度でも勝つだけだ」 「僕はまだ、帰るわけにはいかないので…勝ち続けるだけです」 シェリーの問いに、二人の瞳はギラリと輝く。 強い意志が、絆がそうさせている。 「…そう」 そうとだけ口にすると、シェリーはの手を取った。 はゆっくりと彼女を起こす。 もう、彼女に達と戦う気はないようだ。 薄らと微笑みが見える。 「…いいわ。その話、乗りましょう」 承諾して、握手を交わす。 はそれを聞いて、心から微笑んだ。 「ありがと!じゃあ、話聞かせて欲しいから移動しようか」 「そうですね。家で話を聞きましょう」 二人で今度は家に促す。 その後ろに、本を取り戻したシェリーとブラゴが歩く。 いつでも後ろから攻撃出来る。 だが、もも信頼して前を向いて歩いていく。 ブラゴは隣を歩くシェリーを見上げた。 (甘い…か。この取引に応じるコイツも、甘すぎるとは思うが…) この取引に応じなくても、今からでもすぐに攻撃が出来るというのに、シェリーは何も言わない。 攻撃しようとする気すら見せない。 ブラゴの視線に気付き、シェリーが目を細めて睨んでくる。 「何よ」 「いや別に」 (ガッシュのときといい…甘くなってきてないか?) 言いたいことは、心の中で言う。 ブラゴはシェリーから前の二人へと視線を戻した。 変にお節介焼きの、人間。 魔界では、どこぞの群れの頂点に立ちながらも、他者など気にも留めず、一人でいることを好む魔物。 それぞれが、依存しているのが良く分かる。 がの怪我を見て心配し、彼もまたそれを笑顔で受け入れている。 (さて…話を聞いたところでどう出るか…) 場合によっては、また戦いになるかもしれない。 ブラゴは一人、前の二人を睨みつけていた。 油断は、しないように。 |