家へと戻ってきた二人は、客間へとシェリーとブラゴを通した。
ついでにお茶やお菓子もテーブルの上へと置く。
ブラゴは客間の隅で座っていて、話す気もなさそうだ。

シェリーがお茶を一口啜り、一息吐く。
青い瞳は真っ直ぐ、に向けられていた。



「…私が魔物を憎むわけ…だったわね」


「うん」


「その憎み具合は…深い事情がありそうですからね」



わざわざ魔物のいる場所に出向いて、戦いに来る。
本を燃やしに回る。
それは、ブラゴを王にするためだけという理由では、割りに合わない。
こんなにも、瞳に力が宿るわけがない。

憎しみも怒りも、悲しみという感情も。


が頷くのを見て、シェリーはしばらく黙って。
ゆっくりと、口を開いた。



「…少し、前のことなのだけど…」












十年前、まだまだ子供だったころ。
厳しい家の教育に、自分が生まれてきたことが間違いだと思わざるを得なくなった。
辛くて、川に身投げしたシェリーを救ってくれた女の子がいた。



『今は…?今は苦しいけど…トンネルの中みたいに真っ暗だけど…今はがんばって歩き続けて、いつか光を見つけるの』



その子は、自分よりもボロボロの服を着ていた。
身分はどう考えても、自分より下だった。

彼女は、泣いていた。
見知らない自分のために、泣いていた。
怒って、くれた。



『出口のないトンネルなんてないもの…がんばって歩き続ければ、いつか光をあびれるわ』



出会ってから知ったのは、その子を取り巻く環境。
貧しさや外見だけで、どういう人物かを判断する大人達。
盗人疑惑をかけ、彼女を陥れていく。

どんなに良い性格の持ち主でも。
どんなに頑張っても、認めてくれない社会。



『だから…こんなところで死なないで…今死んじゃったら…大きくなって幸せになれないじゃない…』



自分と同じく苦しんでいるから、自分に言い聞かせていたのかもしれない。
だけど。

親に、生まれてこなければよかったと。
どうして出来ないのかと責められて、自分を救ってくれる人などどこにもいなくて。
心を掬いあげてくれる何かがなかった自分にとっては。


彼女はー…ココは

天使だった



そのときから始まった、友好。
十年もずっと、苦しいときに励まし合って生きてきた。


そしてついに、ココが大学に受かった。
吉報に、シェリーは自分のことのように喜びながら、おめでとうを言いに行った。
ずっと苦労して、勉強して報われた瞬間だったのだ。

今すぐおめでとうと、伝えたい。
その純粋な気持ちだけを抱えて向かった、ココの家。



そこにあったのは

立ち尽くしているココと

その隣にいる誰かと


彼女の家や近隣の家を燃やしつくしている

大きな炎




『……あらシェリー。見て!これ、私がやったのよ。私の力なの…』



ココの名前を呼べば、笑顔が返ってきた。
自分の家と、近隣の家が燃えているというのに、嬉しそうに微笑んで。
この状況を生み出したのが、自分だと言う。



『ね、ゾフィス、そうでしょ?』


『ああ、ココ、君は素晴らしいよ…』



そして、隣に立つ小さな人物にも笑いかける。
どう見ても人と思えぬ、その子供。
その笑みは、不気味すぎる程、歪んでいた。



『この素晴らしい力でみんなを見返してやるわ…私をバカにした奴らの家を壊し、財産を奪うの』



何を、言ってるんだろう。
今までずっと頑張って、勉強して。
大学に入って、いい仕事をすることを夢に見ていた彼女はどこに行ったのだろう。



『さあ…そんなものもういらないわ。この力さえあれば誰もバカにしない。私をバカにした奴らに、罰を与えることもできるわ』



優しい彼女は?
こんなことしたって、幸せになるわけないのに。
私の知るココはどこ?



『今までは力がなかっただけよ!力さえあれば人生をもくつがえせる!!今ならできないことなど何もないわ!!!』



手に入れた力で、浮かれているどころではない。
彼女の性格がなくなるぐらいに、溺れている。
何もかも、力で全て捻じ伏せようとしている。

狂って、いる。


何のせいで?
そんなの、分かっている。


隣に立つ、あの人間とは思えない何かのせいだ。



『………少し心をいじっただけだよ。憎しみをふやして、つまらないことを忘れさせた。私の特別な能力でね』



ゾフィスと名乗ったそれは、不気味な笑みを浮かべながら口を開いた。
そして、説明をし始めた。

そのゾフィスは、違う世界の生き物だということ。
奴と同じような子供が100人、此方に来てること。
これからその100人が手を組んでその世界の王を決める戦いを始めるということ。
一度力を得た人間もその力にとりつかれ、互いに戦い、傷つけあうこと。




『面白いゲームだ。お前達の醜い心を堪能できる』



奴は笑う。
気持ち悪いぐらいに。



『だが、ココは戦いや力に興味を示さなかった』



そう、ココはそんな人物じゃない。
しかし、ゾフィスは笑うだけ。



『だから少しだけ心を解放した。人を傷つけることや者を破壊することが楽しくなるようにね』



心を解放した、ということはその気がココにあったことを意味する。
シェリーはその言葉に反応し、声を荒げた。
そんなわけない、こんなことをココがするわけがない、ウソだと。

だけど。



『これは私の力でやったの。凄いでしょ?私、こんな力を持ってたの』



ココは手を広げて笑った。
燃えていく彼女の家も、近辺の家をも背中にして。


まるで、幸せだと語ったときのように。





『悪いね、ミス・シェリー。私も王になるため必死なんだよ…』





何が、王だ





『そのためには人間の協力が不可欠…。それがこの戦いさ』





何が、協力だ





『シェリー、シェリーが私を邪魔するなら…シェリーも倒していかなきゃならないわ』





優しかったココを狂わせてまで





『私…この力を失いたくないもの…』





これから始まる彼女の幸せを壊してまで





『さようなら…シェリー』







いきなり現れた魔物のために


大切な誰かを


失うなんて











「許せなかったのよっ!!」



心の叫びが、客間に響く。
彼女の泣き声にも似たそれしか、そこに音が存在しない。

しん、となる客間。
ブラゴは何も言わず、外を見るだけ。
説明だけでなく、心に溜めていたであろう想いを吐きだしたシェリーの目には、薄らと涙が溜まっていた。



「あの魔物が来たせいで、私の友達の心が消えてしまったっ!あんなに優しかった子が、いなくなってしまったっ!!」


「………」


「もう、あんな思いはしたくないの!!だから…だから私はブラゴを王にする!!そうすることで、この戦いが終わるならっ!!!」



これ以上、犠牲を増やしてはいけない。
魔物が憎い。
早く、友達を取り戻したい。
戦いを、終わらせたい。

その想いが、シェリーを戦地へと赴かせる。
彼女を、強くしていた。















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