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は静かに、その場に立った。 本をに預けて、シェリーに近づく。 彼女は顔を上げない。 だが、手には黒い本がしっかりと握られている。 いつでも、攻撃される状態の中。 は何も言わずにシェリーの横に腰を下ろして、彼女の頭を自分の胸に押しつけた。 「っ!?な、何を…」 慌てるシェリーを他所に、は何も言わずに抱きしめる。 金色の頭を、優しく撫でた。 「…辛いな」 「っ」 「俺は、に会って…助かった口だけど、お前は違う…。大切な人を奪われちゃ…魔物を憎むよな」 自分は、に会って心を救われた。 だからこそ、魔物だからと憎むとは限らない。 勿論、マグーリのような魔物は敵と認識し、戦っていたが。 だが、シェリーは違う。 大切な人を奪われて、大切な人の幸せをも奪われてしまったのだ。 魔物は憎むべきもの、と定義されてもおかしくない。 「しかもそれ、一人でずっと抱え込んでたんだろ…。仲間も作らずに、ブラゴと二人だけで、戦い続けて…」 「……っだって魔物を…っ」 「ん、信じられなくなってたんだろ?」 仲間なんて、作れるはずがない。 魔物を憎み、一刻も早くこの戦いを終わらせるために動いている。 尚更、魔物もパートナーの人間も信じられなくなっていた。 一人でずっと抱えていた想い。 それを、取引とは言え、攻撃もせずに話してくれた。 「……話してくれて、ありがとう」 「……」 辛かっただろうに。 思い出すだけで、口にするだけで悔しいだろうに。 今日会って、戦ったばかりのとに、事情を話してくれた。 「信じてくれて、ありがとうシェリー」 それは、自分達を信じてくれた、ということ。 優しく抱きしめていたシェリーの身体が震えだす。 黒い本を抱きながら、空いている手がの服の裾を掴んだ。 Tシャツが、涙で湿っていく。 「思いきり泣いていいよ」 「…っ」 「俺も…やこの家の人達の前でさ、思いきり暴露して…泣いて、スッキリしたことあるから」 泣くということは、無防備な姿を見せるということ。 本当ならば、そんなことは絶対にしないだろう。 況してや、今日会った人間や魔物の前でなどもっての他だ。 だが。 久しぶりに表に出てきた感情は、止まることを知らぬかのようにあふれ出てくる。 「…っ……ううっ…うあああああ…っ!!」 啖呵を切ったように流れ出す涙。 止まらない想いと、泣き声。 はずっと、震える彼女の背中を優しく撫でていた。 過去、兄にしてもらったときのように。 泣きやむまで、ずっと。 その間、誰一人喋らず。 彼女の泣き声と、遠くからのさざ波の声しか耳に届くことはなかった。 「…泣き疲れて、寝ちゃったな」 しばらくシェリーは大泣きして、落ち着いたと思ったらそのまま寝てしまった。 規則正しい寝息に、どこかホッとする自分がいる。 はゆっくりと彼女の身体を倒し、座布団を折って枕にして彼女の頭の下に滑り込ませた。 も、押入れの中からタオルケットを持ってきて彼女にかける。 その感触にも気付かないことから、本当に疲れていたのだろう。 心身、共に。 「…ところでブラゴは、彼女にいつ会ったんです?」 「……」 シェリーが寝ていることを見届けてから、が窓際に座っているブラゴへと話しかけた。 も彼へと視線を投げかける。 シェリーの独白にも似た叫びの中では、ブラゴの名前は出てこなかった。 ということは、あの事件の後に会ったということになる。 しかも、ココが攻撃を仕掛けてきた、ということを察するに…。 「…さてな」 「そこで誤魔化すか、普通」 素直に言うと思ったら、はぐらかした。 プイッとそっぽを向くという仕草付きで。 がじとり、とした表情で睨むが効果はない。 しかし、は違った。 クツクツと喉の奥で笑っている。 「…なるほど。そこで誤魔化すのは実に、貴方らしいですね」 「……」 笑ってそう言い切るを、ブラゴは一度ギロリと睨みつけた。 が、これもまたには効果がない。 (…パートナーだと感じたにしろ…やはり僕の考えは間違っていないようですね) 話からするに、パートナーだと確認する前にゾフィスの攻撃がシェリーに注がれていたのだろう。 そして彼女が生きていることから、ブラゴが庇ったことが伺える。 どういう形であれ、そこから二人の話が始まるに違いない。 この人がパートナーではないか、と感じることはなる。 だが、本当にそうとは限らない。 だからこそ本を見せ、呪文が読めるか確認するのだ。 だが、彼らにそんな時間がないまま、ブラゴが彼女を庇ったというのなら。 (…まだ尖ってはいるようですが、やはり貴方も王の器です…ブラゴ) 彼にそんな気はないかもしれないが、立派な人助け。 確かに自分の王への目的達成のためにシェリーを利用しているのだろうが、それはそれ。 彼女もまた、ブラゴを利用して目的を達成しようとしているのだからお互い様だ。 それに、シェリーの話からすると、彼女は目的のためにかなり無茶なことをするタイプだろう。 疲労で寝てしまっているところを見ると、ブラゴは彼女を気遣うことすらしていない。 (…なんだかんだで、不器用なとこもありますし…まぁ、それはいずれ、磨かれることになるでしょう) しかし、此方に来てブラゴが変わってきているのは確か。 魔界にいた頃の彼はもっと、残虐的であった。 王にしてはいけない魔物の中に入っていたというのに。 「…いやはや、変わるもんですね」 「…何がだ」 「いいえ?別に?」 「…貴様、その胡散臭い笑いを止めろ。酷く腹立たしい」 「僕は昔っからこういう顔なんですよ」 「…いやいや、今ちょっと鏡見てこい?からかう相手見つけたって顔してるぞ。笑顔が真っ黒だ」 としては笑顔でいたつもりが、どうやら胡散臭い笑みになってたらしい。 ブラゴはともかく、からもツッコミが入った。 二人とも若干顔が引きつっている。 そんなつもりはなかったのに、との笑みがようやく治まった。 ブラゴはそれを見て目を細める。 「変わったのは、貴様だろう」 「…へ?」 彼の低い言葉に、は首を傾げる。 逆に、しっかりとした微笑みで頷くがいた。 受け止めて、彼は外を見る。 「…そうですよ。此方に来て、色々教えられましたからね」 「フン、良く言う。他者を信じずにそれらを束ね、孤高の風とも呼ばれたヤツが…」 「孤高の、風?」 しかし、には全く分からない話だ。 他者を信じないくせに、それらを束ねた。 孤高の風、という名前。 此方に来てから、振り返ってみるとの過去を聞いたことがなかった。 首を傾げるだけのに、は苦笑を零し、ブラゴは鼻で笑った。 やはり、話していなかったのかと。 「…まぁ、僕は昔は尖ってたって話ですよ」 「え、が!?」 「まぁ、いつかそれは話しますから…今はゾフィスの話を聞きましょう。ね、ブラゴ?」 今は、そちらの方が先。 誤魔化し笑いを浮かべて、はブラゴに先を促す。 がジトッと見つめていても何も起こらない。 ここは諦めた方が良さそうだ。 ブラゴへと紅の瞳を移す。 そして彼は、面倒そうに口を開かざるを得なかった。 |