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階段を降りれば そこは朝は静かなネオン街 ご近所への挨拶は早めにね! 小さくも、存在感溢れる店。 それが万事屋の下で経営されている『スナックお登勢』。 階段を降り切って、はしみじみとその看板を見上げていた。 ここに挨拶するんだろうと思っていたら。 「じゃ、行きますかー」 「へ?」 と万事屋三人揃って目の前をスルーした。 そうくるとは思っていなかったは呆気に取られたまま神楽に引きづられる形となる。 「え?あれ?ここが大家さんなんだろ?挨拶は?」 昨日の銀時から聞いた話で、この『スナックお登勢』を経営している女性が大家さんなのをは知っている。 だからこそ、ここに最初に挨拶だろうと思っていた。 目を瞬かせるに、三人は真剣な眼差しで振り返った。 「ホラ、スナックだから夜経営してるワケじゃないですか。だから朝は寝てるんで、別にイイんですよ」 「それに今行っちゃ駄目アル。確実にあの世逝きヨ」 新八の意見は一理ある。 だが、神楽の意見の意味が分からない。 いきなりあの世逝きと言われても、すぐに納得出来るわけがない。 サッパリ分からなくて首を傾げていると、銀時が真面目な表情のままの両肩に手を置いた。 「いいか。ここには『家賃出さねェが〜』が口癖の妖怪が住んでる」 「羊羹?」 「羊羹だったら俺が食いたいわァァ!食べる羊羹じゃなくて、化け物の妖怪!」 ツッコミまでも真剣だが、言ってることは何か酷い。 しかも気のせいか、銀時の目は血走り、嫌そうな汗がダラダラと吹き出ているのが分かる。 説得に力を出さんとばかりに鼻息も荒い。 は目をキョトンとさせて、もう一度首を傾げた。 「どゆこと?天人ってこと?」 「違ェェ!それよりもっと恐ろしいモンだ。いいか。あの恐ろしい顔を見たら、まず心臓発作が起きる。それでババァなのかジジィなのか分からん声で『家賃出せェェ』と凄んできたら脳死する」 「…心臓ポッサして、ノート?」 「そうだ、心臓がポッサポッサしてノートになっちまう」 「銀さん銀さん、言ってることがさっきと違います。さんに染められてます」 のボケが彼に移ったらしい。 新八からツッコミが入るも、銀時は適当に無視して言葉を続けた。 「どちらにせよ、恐ェだろ。んで、捕まえられたら最期、身体はバラバラ、八つ裂きにされて鍋で煮られて喰われるから。バクバクに喰われるからマジで」 「ノートって鍋で食べれるっけ?」 「ヤツは喰うんだよヤツは。バケモンだから、バケモン」 何かグダグダな言い訳だ。 が変な方向に聞き間違いをするからだが。 しかし彼はそれを訂正しないほど、必死らしい。 へぇ、とが納得した瞬間だった。 カラリとどこかの扉が開く音が響き、新八と神楽、定春が一斉に自分達から距離を取る。 何となく影が二人を包んでる気がする。 と銀時は音の鳴った方へ、ゆっくりと顔をあげた。 開かれた扉は『スナックお登勢』の玄関。 その前にいるのは、黒髪を綺麗に纏めた初老の人物。 第三者から見たら、化粧をしているが男だか女だか分からない、化け物のような顔。 怒りを伴ったその表情は狂気に歪みきっている。 恐ろしい、としか言えないその姿に。 銀時のこめかみから、冷や汗が一滴、地面へと降り立った。 「…ホラ、言ッタトオリ美人ダロー、大家サン」 「銀時、さっきと言ってることが違う」 しかも片言。 は冷静に、ただありのままツッコんだ。 恐ろしがる銀時とは全く別の反応。 ポタリポタリと彼の汗が流れ落ちる中、淡々と見上げるだけに止まっている。 「…黙って聞いてりゃァ……」 野太い、低い声が小さく響く。 どうやら玄関の向こうに、話が聞こえていたらしい。 プツリ、と何かが切れる音が、響いた。 「銀時ィィィィィィィィ!!!!!!!」 「ギャアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!!」 悲鳴が響き、目の前にあった銀時が視界から消える。 血がそこらにぶち撒かれる。 音としては打撃音が何十発も響く。 遠くには、マウントポジションで銀時を殴りつける大家さんが見える。 「…コミュニケーションがハードディスクー」 「それを言うならハードですよハード!何感心してるんですか!」 「銀ちゃんがスクラップになっちゃうアルヨ!銀ちゃァァァん!!」 「ストラップ?」 「それ言うならスプラッタだから!二人とも違うから!!」 そんな空気でもないのにはのんびり感心の声をあげてしまった。 しかもまた間違えていたために新八からツッコミが入る。 それが神楽にも移ってボケがボケを呼ぶ状態。 悲鳴の背後では、そんなボケツッコミが開催されていることを、悲鳴をあげる本人は知ることが出来ないでいた。 「何だィ、そういうことだったらそうさっさと言えや良かったじゃないのさ。変に悪口言うからそうなんだよ」 「アハハ!ほんとすみません朝から」 銀時が一通りボコボコにされてから数分。 スナックの中へと通され、一通り事情を話す。 お登勢さん、というこの女性は、のんびりと煙草をふかした。 遠くではまだギブアップ中の銀時の目を覚まさせようと神楽が色々試している。 さすがに七味唐辛子をかけるのはいかがだろう、と新八は思いながらの横に座っていた。 「依頼とはいえ、あそこでしばらくご厄介になります。家賃はちゃんと働いて返しますんで、よろしくお願いします、お登勢さん」 ペコリと頭を下げるは、礼儀を心得ている。 笑顔を絶やさずにそう言う姿に、新八はどこか安堵していた。 やはり、この人は一応マトモな人であると。 (ちなみに遠くからの「ギャアアア!唐辛子が!唐辛子が目にィィ!」という悲鳴は聞こえないことにした) フゥと紫煙を吐き出して、お登勢はのんびりとその姿を見ながら口を開いた。 「アタシゃ別に構わないよ。家賃もちゃんと入ってくるなら万々歳さね」 「あ、ありがとうございます!」 「ツイデニ私ノ煙草買ッテクルナラ認メテヤッテモイイッテモンダ」 「キャサリン、アンタは黙ってな」 ペコリと頭を再び下げるに、傍にいた着物姿で猫耳を生やした女性が偉そうに声をかける。 特徴的な顔で片言を喋る彼女にお登勢から軽くお叱りが入る。 普通の人ならば引きそうな面子だというのに、はアハハと暢気に笑った。 「それにしても、ここのスナック評判いいでしょうね〜」 「え、なんでそう思うんですか?」 今日初めてここに来たっていうのに、何でそんなことが言えるのだろうか。 ぶっちゃけそんなに評判良くないんじゃ…と思っていた新八が疑問を投げかける。 (経営しているのはこのお登勢であるわけだし、従業員は可愛くもないこのキャサリンだけだからだ) (実際、なんでスナック経営が成り立ってるのかすら分からない) 言い出した本人はさも当たり前のように、ニッコリと微笑んだ。 「だって美人さん二人も働いてるんじゃん」 ・・・・・・・・・・・・。 サラリと言った言葉に全員が一時停止。 特に隣でずっと聞いていた新八と、遠くで七味唐辛子をかけていた神楽と、かけられていた銀時は顔を面白いぐらい反応させた。 今、さらりととんでもないことを言わなかっただろうか。 美人? 美人が二人って言ったこの人。 どこに?っていうか美人の意味分かってるかこの人。 それとも、アレ?僕達の耳がおかしいのかなコレ。 耳鼻科行った方がいいのかなコレ。 「ん?ちゃんと美人の意味分かってるし、お登勢さんとキャサリンさんは美人だねって話だよ?耳は悪くないよ、大丈夫だよ新八」 「心の声が全部零れてるゥゥゥゥ!!?」 心でツッコんでたつもりが、どうやら言葉に出ていたらしい。 が当然の如くツッコんでホエホエと笑っている。 どうやら素らしいその行動に、銀時と神楽が喰ってかかった。 「眼科ァァ!お前眼科行った方がいいって!目が相当悪くなってるって!良くみたらアレだ!お前の目、勉蔵さんみたいな目になってるって!」 「それとも精神科アルカ!?心が正常じゃないからそう見えるアルカ!?気をしっかり持つネ!今お医者さん呼ぶヨ!誰か、救急車ァァァ!!!」 目を覚ませだの、医者はまだかだの、ギャンギャン騒ぎながらをガクガクと揺さぶっている。 二人とも目が血走っているのは気のせいではないだろう。 当の本人達は真剣なのだが、はというと。 「アハハ!何言ってんのさ。俺昔から目は良いし、心も元気だよ〜。むしろ二人の目とか大丈夫?」 と笑いながら、彼らの目の心配をしている。 新八は新八で眼鏡を拭き直し、もう一度お登勢とキャサリンを見てみるが、何の変わりもない。 美人の正反対の位置にいるのを確認して、今度はどこからか辞書を引き始めた。 『美人』の定義を読むために。 「アンタ達も一々ムカつく反応するねェ。こちとら夜の蝶だから美人なの当たり前だろうに」 こめかみに青筋をたてながらも、美人と言われたお登勢は至って冷静に紫煙を吐き出した。 まだ「これは美人じゃありません!」と説得され続けているは、全く分かっていない。 新八も自分が間違っていないと分かったところでそこに加わり始めた。 「…オ登勢サン」 すると、今迄黙っていたキャサリンが静かに声をあげた。 あまりの静かなそれに、喧騒もピタリと止まる。 一体何事かとお登勢がそちらに視線を向けると、俯いて少しだけ涙を溜める彼女の姿が目に入る。 嫌な予感がしながらも、とりあえず「何だィ」と声をかけると、彼女は涙を流しながら顔を上げた。 「美人ナンテ言ワレタラ…コウスルシカアリマセン。……私…私、決メマシタ」 「何を」 「私…私…コノ灰色野郎ニ嫁ギマ「させるかァァァァァァァァ!!!!!!」ゲフゥゥ!!」 銀時と神楽のダブル拳が綺麗にキャサリンの顎に決まった。 大きな物音と、血を吐きながら倒れていく彼女。 キョトンとするを後ろに、二人は鼻息荒く見下ろしていた。 「お前何勘違いしちゃってんだァァァ!!ないから!のとこにお前が嫁ぐとかないから!地球上どこ探してもそんな奇跡見っかんないから!!」 「そうヨ!がお世辞を吐いたぐらいで調子にノるなヨ!!」 「いや、それはともかくとして、さんは女だから無理ですよ、無理」 またギャンギャン騒ぎ始める店内。 冷静なツッコミが新八から届く中、は何やら分からない様子でケラケラと笑うだけ。 しかも「またまた激しいコミュニケーションだこって」と酷い勘違いをしている。 「…これまた酷く大物だねェ」 お登勢の独り言は誰にも届くことなく、紫煙と一緒に消えるだけであった。 |