いってきます



それを小さな声で













久しぶりに会ったからって顔は分かるけど名前忘れてどう呼ぼうか迷うときがある












朝から空は快晴。
涼しい風が初夏を感じさせる。
人通り少ない通りを、は一人スタスタと歩いていた。

時計が指すのは朝七時。
出勤する人達が軽く見られるものの、やはり早い時間。
ちなみに万事屋では全員がまだ寝ている時間だ。
ご飯はしっかりと作ってきてから今に至る。


懐から取り出すのは、昨日届いた封筒。
そこに書いてある時間には程遠い時間帯、朝十一時。
それでも朝早くから出たのは理由がある。



「…あーあ、方向音痴じゃなきゃなぁ…」



地上最強の方向音痴のせいである。
ターミナルは目には見えるが、そのまま真っ直ぐ行ける自信がない。
実際、一本道で繋がっていないといつも迷うのだ。
とりあえずこの二週間で覚えたのはスーパーとバイト先の居酒屋しかない。
後は万事屋の場所。
その他の場所に行けと命令されても無理だ。
誰かがいないと絶対迷う自信がある。



「これぞ地上最強の方向音痴…」



と誇っても誰も誉めてくれるわけでもない。

むしろ、迷惑をかけている。
何度、長谷川さんに送ってもらったことか。
何度、定春に見つけてもらったことか。
何度、ご近所さんに聞きにまわったことか。
目的地に辿り着くのに数分のところを何時間かかったことか。




「…いや、でもターミナルは見えてるし、そこめがけて真っ直ぐ行けば大丈夫!…あれ?ターミナル?ターミネーター?…そうさ!ターミネーターには着ける!!



ちなみにタクシーに乗るお金はない。
そしてターミネーターに着いたら問題だ。
過去に戻って誰を助けるというのか、アイルビーバックとか言うのか。
ターミナルでいい、とツッコんでくれる人物はいない。




「うし、目標は朝十時にあのターミネーターだ!いくぞ!アイルビーブック!!



気合一つ。
ツッコミどころは満載。
本になる決意を言葉に出して、一歩一歩強く踏み出すのであった。
(勿論、の言いたかった意味は別である)












…と気合を入れてフライト十分前。
搭乗手続きが始まってる中、はターミナルを走りまくっていた。



「誰だよ十時にターミネーターって言ったの!十時とか無理!そんな奇跡とか起こせるわけないから!アイルビーブックどころじゃないよ!本になっちゃうよ!」



着いたのがたった今。
とりあえずターミナル関係者に急いで案内してもらって今に至る。
搭乗ゲートを潜りぬけ、友達の姿を探すが見当たらない。



ゼェ、ハァ…ここが搭乗口にございます!」


「あ!有り難うございます!」


「いえ、良い旅を!…ゼェッ…ハァッ…



息を切らせて案内してくれた人にはもう微笑みはない。
汗を流し、手を振るだけだ。
それだけ急いで走ってもらった彼にに頭を下げて、辺りを見回した。

スカスカのロビー。
もう乗ってしまっただろうか。
一抹の不安が過ぎる。

勿論、乗ってしまったのなら飛行機に乗ればいい話なのだが。
もし、自分が来ないと思って、乗っていなかったらと思うと。

悲しく、なる。


チケットと手紙が入った封筒を持つ手に力が篭る。
紫苑の瞳が小さく揺らぐ中、近くの扉が開いた。



「あー…やっぱ昨日飲みすぎたきー…頭がまだズキズキするの〜アッハッハッハッ!」



トイレから出てきた、頭から血を流しまくっている男性が一人で笑っている。
しかも、その原因が頭に何かが噛み付いているからだ。
例え知り合いでなくとも、数々の視線がその人を見やってしまう。
もそれを追って、目を見開いた。


もじゃもじゃの茶色の髪。
サングラスで見えないが、笑みを絶やさない口。
聞き覚えのある声と、土佐弁。

反射的に、封筒を、軽く握る。



「……たつ、ま?」



こちらへ近づいてくるその男性に、声を小さくかける。
封筒を差し出してくれた、彼である確信はない。
カラコロと下駄を鳴らしたそれは、ピタリとを見て止まった。
そして彼の表情は、いつもよりも大きな笑みを作った。



「おお!じゃなかか〜!よう来たの〜遅いもんだから振られたもんと思っちょった、アッハッハッハッ!」



懐かしい笑顔。
彼らしい言葉。

気がつけば、はすぐに走りだしていた。



「辰馬〜!!」



やはり彼だった。
それが嬉しくてしょうがない。

は時場所構わず彼に飛びついた。
ある意味タックルになるが気にしない。
ウボエッと大きく彼が呻いたが気にしない。

大きな体が自分を包んでくれる。
大きな手の平が自分の頭を撫でてくれる。
それがまた、安堵を生む。


坂本辰馬。
彼こそが封筒の差出人。
攘夷戦争のとき一緒だった、友人の一人だ。



「うわ〜本当に辰馬だ!サングラス気取ってるけど辰馬だ!まっつぁん!


まっつぁんって『ま』しか共通点なかよ〜。全く中身は変わっちょらんの〜は」


「いやいや、ギリギリ『つ』も共通点だよ。まだまだ甘いな辰馬」


「さすがじゃ!アッハッハッ!」


「アハハ!」



二人揃えば、笑いっぱなし。
昔から大声でケラケラとボケたり笑ったりしたものだ。
しかもツッコミが二人共出来ないため、ボケがボケを呼んで収集がつかない。
お陰で二人揃ってよく怒られた。
『お前ら二人性質が悪いんだよォォ!!どんだけボケんの!?何!世界をボケで征服しようとするバカだろお前らァァァ!!』
と、銀時とかに。

姿は変われど、中身は変わらない。
お互い真っ直ぐな瞳が特に。

懐かしいやら何やら言いながら、二人はお互いに背中を叩き合った。



「それより辰馬、頭から血ィ出てるよ。ってか喰らいついてんの、定春に似てるんだけど…」



抱きついた身体を離して、はマジマジと上を見上げた。
笑みを絶やさない辰馬の頭からはしとどに流れる紅の液体。
そこに噛み付いているのは、大きな白い、可愛い犬。
万事屋で飼っている定春まんまだ。



「あー、これはトマトジュースじゃ。昨日飲みすぎたきに、二日酔いじゃ〜


「え、凄ぇ!頭からトマトジュース出せるなんて天才じゃね!?普通の人は血しか出さねーよ!さすが辰馬!


「じゃろ〜アッハッハッ!」



明らかに犬に噛み付かれているから痛いのであって、流れているのは血液だ。
が、常識は彼らに通用しない。
普通の人ならツッコミに回るところも、は素直にそれがトマトジュースだと受け入れてしまった。
しかも、誉めた。
遠くから職員が「あいつら頭大丈夫か」という会話をしていることも、二人には聞こえていない。



「とにかく搭乗せんことには置いてかれるきに、乗るぜよ〜。デートじゃデート!」


「お〜!チートだチート!!…あれ?ニート?ニートだっけ?


「そうじゃ〜ニートじゃ!アッハッハッ!」


「おーし、じゃあニートだ!アハハハ!」



いえ、デートです。

ツッコミがいない二人は笑いながら宇宙船へと乗り込んだ。
指定された座席に座って、シートベルトをしめて。
ちなみに犬がいる分色々大変だったのは言うまでもない。
それでも、笑いは絶えることがなかった。


時間はギリギリだったため、席についた途端宇宙船は浮かび上がった。
下には発展した江戸の町。
辺りを見回せば青空。
そしてすぐに星が輝く宙へと入る。


その間、二人は食事やらお酒やらを嗜みつつ、昔話に花を咲かせる。
そして、今の状況の報告も忘れない。
辰馬の話を聞いて、は大きく声をあげた。



「へぇ〜!じゃあやっぱ宇宙に出て漁やってんだ?商いの」


「そうじゃ〜。で、この間地球に女遊びしに行っちょったときに偶然おんしを発見したきに。久しぶりじゃったし時間もありゆうし。ニートに誘ったんじゃ」


「声かけてくれればよかったのに〜。ま、このニート嬉しかったけどさ」


「さすがに女遊びの後は気が引けるろ〜。も女じゃき。殺されゆう思ーて」


「アハハ!気にしなくていいんだってば。俺はほら、金属の球体なら三つ持ってる気がしてるから


「アッハッハッハッ!変わらんの〜ほんまに」



笑みも話も絶えない。
お酒も入ってるために、少しばかりホロ酔いだ。
ちなみに傍にいるお客はボケ通しの会話が聞こえてきているために、行き場のないツッコミを小さく行っている。
勿論、二人には聞こえていないが。



「それにしても、が元気そうで安心したき〜。わしが去ってから一度も会えんかったしの〜」


「アハハ!俺も辰馬が元気そうで安心した。ちゃんと漁やってるっぽいし!」



ニコニコと微笑むに、辰馬は眉を僅かに下げた。
黒い長い髪は、灰の色の短い髪へ。
ある友人から聞いたとおりの、姿形。

ああ、本当に、死んだ彼と一つになったよう。



「…わしにとっちゃ、大切な妹分じゃったからの〜。わしが攘夷戦争抜けた後も、気がかりちゅーもんはのことだけじゃった」



頭に置けば分かる、自分の手の大きさ。
すっぽり包めそうな灰色。
今まで笑っていた空気がなくなって、驚いた紫苑の瞳と目を合わせた。



「…辰馬」


「ヅラから聞いちょる………紅人のことも…その後のことも」



紅人。
その後。
つまりは、辛い過去。

単語の一つ一つが、の心臓が反応する。


サングラス越しの真っ直ぐな瞳は逸らせない。
の表情からは、笑みが消えた。



「…小太郎、から…?全部?」


「そうじゃ、この間偶然会うたきに。のこと知っちょったら教えて貰おー思ーての。無理に聞き出したぜよ」



の笑みが消えたことを知りながらも。
辰馬は思い返しながら、瞳を決して逸らそうとはしなかった。


偶然会った、過去の友人。
聞き出したのは、のこと。
生きているかどうか、今どうしているのか。
それだけで良かったのに。

聞いてしまった。
自分がいなくなった後にに起こった、ことを。



「…スマンの。そげなことになっちゅーとは思わんかったき」



いつも笑っていたは、泣いているんだろうか。
そう思わざるを得なかった、こと。
だから笑顔で働いたを見たとき、安堵の傍ら、どうしようもない感情が胸を襲った。

素直に声を、かけられなかった。
自分があの時、その場にいなかったこと。
聞いてしまったことに罪悪感が胸を占めて。

それすら、覚悟していたというのに。





「…アハハ、謝るなよ〜。別に、辰馬のせいじゃないんだからさ」



先程までの表情がウソのように、はどうともなさそうにケラケラと笑う。
そう笑って言うと思っていても。

謝りたかった。

自分の罪悪感を取り除くための、自己満足であったとしても。


そして、自分に出来ることを、探したかった。



「……色々、大変じゃったの……」



灰色の頭を撫でれば、昔と変わらない髪の柔らかさが手を擽る。

ゆっくりと、ゆっくりと。
昔と同じように。
小さな頭を、撫で続ける。



「辰馬……」


「今もよう、頑張っちょるの」



過去とはいえ、辛くないはずはない。
しかし、泣きもせずに今を精一杯笑って生きている。
彼の、そしてあの子達の代わりに。



「わしに出来るんは、これぐらいじゃき」



頑張っているを誉めること。
頼ってきたときに、肩を貸すことしか出来ない。

それぐらいしか、出来ない。


撫でられているは、動かない。
じっと辰馬の目を見ながら、少しだけ顔を歪めた。
泣きそうな表情が顔を出して紫苑の瞳がじんわりと揺らぐ。
それでも、それは液体として溢れない。



「……有り難う、辰馬」



代わりに溢れるのは、笑顔。
負けず嫌いも、変わらない性格の一つか。
それがまた悲しくもありながら、辰馬は苦笑を零した。
















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