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階段を音を立てて上がって 玄関先へと 落ちたらまた上がればいい話だろ! 「うわー。ドキドキしてきた。あれ、ドクドクだっけ。毒々しい?よしそれでいこう。毒々しくなってきた〜」 目の前に扉を見て、はまたそんなことを呟いた。 勿論一人だったために、つっこむ人はいない。 スナックお登瀬の階段の上。 二階であるここが、あの紙に書いてあった住所。 そここそが、知り合いの彼がいる場所。 とりあえず、深呼吸をする。 大きく吸って、吐いて。 よし、とまた気合を入れて、インターホンへと手を伸ばした。 ピンポーン どこにでもあるようなチャイムが響く。 そわそわしながら誰かが出てくるのを待つ。 だが。 「あれ?留守かな?」 しーんと静まったまま、誰も玄関へと歩く音がしない。 他にも音がしてもいいものだが、何も聞こえない。 首を傾げて、もう一度鳴らしてみる。 それでも、反応はない。 「えぇぇ留守は困るな〜。ピンポンピンポンピピピピピピンポーン」 ピンポンピンポンピピピピピピンポーン 声を出しながら、同じようにチャイムを連打。 ある意味、ゲームでの連打に近いそれに、奥の方からもチャイムが響く。 しつこいような音だが、はどこか楽しくて仕方がないでいた。 勿論、やられる側からしたら、嫌がらせ以外の何物でもないのだが。 「ピピピンポン、ピピンポン、ピピピピンポン、ピピポンポーン。あー昔のピンポンダッシュ思い出すな〜」 変に昔を思い出したらしい。 (小さい頃、近所のインターホンを鳴らしまくった思い出) (しかも小さな村の全ての家のインターホンを出来るだけ多く鳴らしまくって、最後まで逃げ切るという使命に燃えていた青春の日々) (といっても、幼すぎて青春とは言えないが) はニコニコ笑いながら、インターホンを連打しまくって鼻唄まで歌っている。 それでもやはり出てこない、ということは留守だろうか。 諦めの方に心が傾き、インターホンを押す手が止まった。 「…むぅ。やっぱり留守かなぁ。折角ここまで来たのに」 だとしたら、ここで待つことになるのだろうか。 緊張が途切れ、溜め息が一つ出る。 玄関で待とうか、と近くにある柵に手をかけたときだった。 部屋の中からドタバタという音とかすかな声が聞こえた。 「ちょ、オイ神楽、そいつ逃がすなよ!っていうか殺すなよお願いだから!!」 「分かってるアル!オラァァァ止まれデブネコォォォ!!」 「ギャアアア!!その調子だと死ぬ!そのネコ死ぬから神楽ちゃァァァん!!」 いや、かすかどころか、かなり大きな声が聞こえる。 その声と音は明らかに玄関に向かっている。 「…あれ?中に誰かいるのか?」 つまりはそういうことだ。 どうやら居留守を使っていたらしい。 しかもデブネコがどうの、と言っているのが聞こえる。 先程チャイムが鳴ったときに出なかったのはその猫か何かのせいだろうかと思いながら振り向いたときだった。 バン、と大きな音と共に玄関が開かれる。 開かれた、というよりは蹴破られた、だろうか。 「デーブーネーコォォォォ!!!」 「うわっ!?」 次の瞬間、勢い良くの胸に飛び込んできたのは重量感のあるふわふわの猫。 いきなりのことに、それだけでバランスが崩れて身体が柵を通り越そうとする。 そして赤いチャイナ服と、ピンク色のお団子頭の少女がダメ押しとばかりにドンッと思い切り突撃してきた。 「うわァァ?!」 少女とは思えない力の強さで、柵ごと猫を抱えたの身体が飛ぶ。 ガシャンと柵が外れる音と強い衝撃、そして足が宙へと浮くのが分かった。 少女はに突撃したお陰か、宙には浮かばずに玄関先だけで止まっている。 そこに安堵してから、はとにかく二階の高さから地面へと落ちる身体をどうにかしなくてはいけなかった。 「ってギャアアアア!!人!人が落ちるゥゥゥ!!!」 少女の後ろから、眼鏡をかけた少年が顔を青ざめさせて叫ぶ。 の紫苑の瞳にその光景が映る。 しかし、叫んでいる人たちとは別に落ちている本人は至って冷静だった。 人が落ちる、というのは一瞬だ。 そのまま落ちれば頭を強打して、死ぬ確率が高くなる。 だが、それは普通の人の話。 は実にのんびりと、いや、時間的には一瞬にして状況を判断する。 地面との距離。 落ちている速度。 下にいる人々に危険はないか。 そして、自分はどうするべきか。 平和に生きていたわけではない。 だからこそ、出来る。 猫と荷物を抱えたまま、まるで猫のように身体を捻る。 くるりと回って頭を上へ、足を下へ。 その時点でもう地面は目前。 それをも意識して、地面に足をつけた途端、その足をバネのようにして衝撃を減らす。 トン、と小さな音が鳴る。 跪くように、しっかりと着地出来た途端、はホゥと小さく安堵の息を零した。 こんなドタバタしたのはいつぶりだろう。 久し振りながらだが、自分の運動神経は腐っていなかったらしい。 心のどこかで自分を褒めながら、胸の中にいる猫を眺めた。 「…よしっと。お、怪我はないかなニャンコ君」 「にゃあ」 飛び込んできた猫を持ち上げて瞳を見る。 普通よりもぽっちゃりしているそれは、綺麗な瞳でを見つめて一声鳴く。 あちこち見ても、怪我はないようだ。 そこに安堵の息が再び零れた。 しかし安堵はここまで。 猫は元気がいいのか、ガリガリと肌をひっかき始めた。 「あ、いたたた、痛いかもしれない痛いかもしれない。落ち着いてニャンコ君、イタタタ」 「にゃああああああ!」 どうやら逃げたいようだ。 しかし、家の中から飛び出してきたわけであるし、彼らが止めてとかなど言っていたわけなのだから逃がすわけにはいかない。 痛みを我慢して持っているしかない。 上を見上げると、その彼らがなくなった柵から顔を覗きこませていた。 あの突撃少女と大声をあげていた眼鏡の少年が。 「よしよくやった灰色ォォ!!そのままそのデブネコ持ったまま待ってるがヨロシ!」 「灰色って何神楽ちゃん!すみませんすみません!そのままデブネコ持っててください!!」 「ホイよ〜」 灰色、というのはのことだろう。 髪と長着がその色なのだからそう言ったのかもしれない。 痛みに耐えている間にも、少女と少年が急いで降りてくる。 は何とも思わずに、のんびりと返事して猫を抱えていた。 (その間にも引っかかれていたが、それはもう無視するしかなかった) 道路を通っていく人々は何事かと首を傾げていく。 そんな人々の中、の傍にピタリと一つの影が止まった。 鼻にツンとくる香水の匂い。 思わずが顔を顰めると同時に、猫の動きがピタリと止まった。 無表情ではあるが、その猫は確実に震えている。 「…アリストロベータシンフォルニアクリストファーちゃん?」 女性の声がまるで呪文のような言葉を吐く。 思わずは無意識に首を傾げてしまった。 声のする方を見上げると、縦には小さく、横にはかなり大きい、煌びやかな中年の女性。 あちこちに宝石をつけて、キツい香水。 一言で表すなら、お金持ちのオバタリアン…だろうか。 ポカンとしたまま止まるをよそに、おばさんは猫を凝視している。 目をキラキラと輝かせて。 「あ、金高山<かねたかやま>さーん!猫!猫見つけましたよー!!」 「高金山<たかきんざん>よ高金山!!それにこの子は猫じゃないっていってるでしょ!私の息子のアリストロベータシンフォルニアクリストファーちゃんよ!」 「…長い名前だな、君は」 どうやらこの猫の飼い主らしい。 少年の声におばさんが言い返したが、そんなに名前は変わらない気もする。 まぁ、息子のところを置いておいても、何かツッコミ処が多い気がする。 が、は名前の長さだけにツッコんでおいた。 この猫を、あの少年と少女が探していたのだろうか。 万事屋なのだから、恐らくは依頼の内容。 とりあえず猫を差し出してみると、おばさんは嬉しそうに頬ずりした。 心なしか猫は嫌そうな顔をしているように見える。 「どこ行ってたのこの子は〜」 「にゃあああああああ」 いや、絶対嫌がってる。 さすがにも、そして少年少女もヒいた。 依頼料金は払っているとばかりに、おばさんは嬉しそうに去っていく。 あの嫌がる猫を抱いて。 色々あったせいで、は未だにポカンとしたままだ。 ぼんやりと去る背中を見やるだけ。 「…頑張れ、猫…。名前忘れたけど、長すぎて」 「いや、あれは覚えられませんよ」 そうエールを送るしかない。 の独り言に眼鏡の少年が同情するように頷く。 とりあえず途方に暮れるように猫と猫の飼い主をのんびりとしばらく見つめていた。 そして数分後。 「…で、この灰色は誰アルか」 少女の声に、はようやく我に返った。 猫に夢中だっただけに自分の荷物を考えてなかった。 急いで手に抱えてある風呂敷の中身を確認すると、全部無事なよう。 そこに安堵してから、改めて少年少女を見上げた。 少女は綺麗な青い瞳をクリクリと輝かせて指をさす。 逆に少年は「だめでしょ指さしちゃ!」と注意している。 そして彼は礼儀正しくペコリと頭を下げた。 「えと、猫のやつありがとうございました!これで今日も御飯が食べれます!」 「え?えーと、どういたしまして?てか、御飯?」 「あの猫逃がしちゃうと、依頼料キャンセルされちゃうんです」 「ああ、なるほど。あはは、よかったなそりゃ」 少年の言葉に納得してから、はようやくその場に立ち上がった。 長着が少し汚れたが気にしない。 パンパンと払えば、綺麗に消えていく砂埃。 頭の中では、ああやはり万事屋の従業員かと納得していた。 そして経営が困難な状況なんだろうと理解できる。 自分より小さいこの少女も、自分より少し高い眼鏡の少年もきっといろんな経験をしてきたんだろう。 そして、眼鏡の少年がはた、と気づく。 「…あ、怪我してるじゃないっすか!」 「ん?」 少年の目の矛先には、の手やら顔。 どうやら先ほど猫にひっかかれた傷を凝視しているらしい。 そこまで痛みを感じてなかったはキョトンとしているだけだ。 しかし少年の方は真剣に怪我を覗き込んで青ざめている。 「ちょ、とりあえずあがってください!手当しますから!」 「こんなん、何ともないアル」 「そうだよ〜、ただの引っ掻き傷じゃん。むしろ君達のが怪我多いじゃん」 「神楽ちゃんは黙ってて!いいですから!猫を捕まえてくれた感謝も込めて!」 そしてその言葉で彼らも気づく。 彼らも傷だらけだということに。 いいのに、と笑うに少年がいいですから!と強く押す。 少女はちらりとの怪我を覗き込んだが、何ともなさそうだと理解したらしくどうでも良さそうに立って欠伸一つ。 全くもって少年少女の性格は正反対のようだ。 は言わずもが意見として少女派。 しかし少年は黙らない。 いいよよくないですよ、の問答が続く中、上から声がかかった。 「オーイ、新八ィ、神楽ァ。猫どうなったァ?」 気の抜けた低い声。 まるで促されるようなそれに、三人はそのまま上へと視線を向けた。 二階の柵のなくなった部分から覗き込む、一人の青年を。 銀色のクルクルと天然パーマのかかった髪。 死んだ魚のような紅の瞳。 はだけた白い長着の中から黒い半袖の服とズボンが見える。 やる気なさそうに立ち尽くす男性の姿。 「銀ちゃん」 「銀さん」 二人がそう声を出す中。 は、少しだけポカンと口を開けてから、心から嬉しそうに微笑んだ。 |