笑えば笑うだけ




幸せが溢れてくるから














変わってないって褒め言葉?ねぇ、褒め言葉?














静かになった事務所。
玄関から涼しい風が吹き抜ける。
今更ながら、壊れた扉はいつ直すのだろうとか、そんなことを心の端で考えてしまう。



「…良い子達だな」



独り言のように呟いて、は小さく微笑んだ。
少年少女が出ていったそこから、遠くの青空がかすかに見える。
あの、二人の心のような綺麗な空。


同時に銀色の青年がジャンプを置いて立ち上がった。
何を考えているのか、全く分からない。
近づく足に、は頭の上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げた。

青年は何も言わずにの前に座る。
消毒液を取り上げそのまま、その液を傷口に不器用に吹きかけた。



「ギャアアアアイタタタタ!!沁みる!めっちゃ沁みる!」


「当たり前だー、ワザとやってるから」


「マジで!?イタタタタ!!」




いきなり、ということもある。
だが、実際消毒液が沁みるのが一番。
の悲鳴が響く中、淡々と消毒液がかけられる。
零れる液を必死にガーゼで拭き取って、痛みに耐える。
しばらくすると、手当てがようやく終わって一息つけた。



「…あー痛かった」



痛みを紛らわすようにフーフーと息をかける。
小さく涙目だ。
銀色の青年はさっさと救急箱に消毒液をしまっていく。
そしてゆっくりと口を開いた。



「…………で、お前は何だってここにいんだよ。さすがの銀さんもビックリしただろーが。髪切ってるし灰色だし男らしさに磨きがかかってるし?」



やる気ない紅の瞳と、目が逢う。
はそこで改めて目を見開いた。

言葉からして、しっかりと自分のことを覚えてくれていたらしい。
当然、とばかりに彼の表情は普通ということもある。
しかも、誉め言葉のようなものまでくれた。
それが酷く嬉しくて、は満面の笑みで返した。



「…アハ、覚えてくれてた」


「おいおい、嬉しそうにしてねーで答えろっての」



微笑むとは逆に、青年は面倒臭そうに溜息を吐いた。
いや、確実に面倒臭いのだろう。
はそれを知っているからこそ笑みを深めた。


(変わらない)


状況や時は変わっても、彼の本質は変わっていない。
しっかりと、それが伝わるから。

笑えるのだ



「おーい、聞いてる?ちゃんと聞いてんのかコノヤロー」


「あーうん、実はさ」



いい加減にしろとばかりに睨みつけてきたため、は軽々しく話し始めた。


攘夷戦争のあと、色々あって(ここは省略した)。
のんびりと、流浪していたこと。

ここに来るまでに至ること。
つまりは、見知らぬおじさんにここを教えてもらって、真選組にここまで送ってもらったことを。


カチコチカチコチ、と時計の秒針の音が響く中。
の話を、彼はのんびりと聞いていた。

依頼の話が、出るまでは。
















あっさりと買い物が終わって、新八と神楽、そして定春が帰ってきたときだった。
もう灰色の人はいなくなったのだろうか、とかそんなことを思って玄関をくぐる。
(これまた請求されるんだろうなぁとも思いながら)

途端。



「出来るかァァァ!!!」



と、事務所の責任者兼運営者の声が響き渡った。
しかも、テーブルを叩く音まで。

一体何事か。
新八と神楽が目を合わせて、そして一緒に中へと踏み込んだ。
二人と一匹の視界に入ったのは、戻っていない灰色の人物と自分達の雇い主で。



「えーなんでー?」


「なんでもこうでもありません!こっちは唯でさえ大飯喰らいがいるんだから無理!銀さん面倒見切れません!


「そこを頼むよ、銀時〜。ここらの平均家賃聞いた途端、俺にはここしかないってティン!てきたんだから


「言っとくけど銀さんこれでもカツカツだからね!マジで!本気と書いてマジで!


「俺の方がカツカツだもん!カツカツどころかツカツカだもん!ホームレス生活長いし!」


「だったら今度もホームレスしろォー」


「ええええええェェ!!?なんだよ、万事屋だろ銀時!」


「お金ないやつに仕事出来るか」


「ケチ!!銀時のケチ!チンケ!!チンキ!!


「チンキ!?おま、それ聞き捨てならねェな。チキンならまだしもチンキ!?」


「チキンなら俺も好きだもん!久しく食べてないよ俺だって!っていうか肉食べてねぇよ!ジャストミート!」


「全然ウマくねぇよ!」


「…………何の言い合い?」




言い合い、というよりも、くだらないもののように感じるが、新八はとりあえずツッコんでおいた。
一緒に帰ってきた神楽は黙って事態を見届けるだけ。
定春も同じように黙っているだけだ。

新八の声に、言い争っていた二人がピタリと止まる。
徐に振り返り、それぞれ反応を返した。



「新八ィ、お前からも言ってやれ。金ないやつに俺たちは働かねぇって」


「おかえり、新八君?と神楽ちゃん、定春」



一人は文句たらたらで。
灰色の人物は笑顔でおかえり、と声をかけた。

一人は子供で、一人はまるで母親のようだ(見た目は少年なのだが)。



「あ、ただいま戻りました…で、何で言い合いしてるんですか?」



挨拶に返事して、とりあえず、疑問に思ったことを尋ねてみる。
万事屋の運営者である銀色の髪の青年、坂田銀時はだからーとおさらいするかのように言い始めた。



「コイツ、金ねぇのに依頼してきたんだぞ?しかもここに泊めろだと」


「折角江戸に来たのに、ホームレスは嫌なんだよ〜。頼むよ。ちゃんと働いて返すから!家賃代払うから!家事とか出来るしさぁ」


「家事なんて出来ねぇだろお前」


「出来るようになったんだよ全部!昔の俺と思うなよ!洗濯も料理も出来ます、これホント」


「へぇーほーふーん、あっそぅ」


「ああああもう!本当頼むよ銀時ィィィ!!」



とにかく、依頼の件で揉めているのは分かった。
経済的にも揉めているのも分かった。
灰色の人物がホームレスに戻るのはどうとか言ってるのは正直分からない。

新八的には、さすがにお金がないのはなぁ…と考えてしまう。
が、家賃を払ってくれるのは重要じゃなかろうか。
家事もやってくれるっていうなら最高じゃなかろうか。
とか、多々考えが巡る。


いや、それよりも。

何故だろう。
依頼の内容も内容だが。
言い合いしている二人は、まるで。



「…銀ちゃん、灰色と知り合いアルカ?」



そう、まさしく知り合いのようで。

新八の疑問を素直に神楽が聞いてくれる。
その質問に、言い合いをしていた二人は今更ながら、ああそういえば、と頷いた。

銀時は説明する気などないらしい。
そっぽを向いて鼻を探り始めてしまった。
逆に灰色の人物はソファに座ったまま、フワリと微笑んで頭を下げた。



「改めまして初めまして。っていいます。銀時とは……何だろ。たぶん知り合い?


「たぶんですか」


「アハハ、うんたぶん」



あえて明確に言わないのは何故だろう。
しかも、銀時から訂正修正は入らない。
新八の疑問を余所に、と名乗った灰色の少年はニコニコと微笑んだ。



「で、これからここでお世話になるんで、ヨロシクドーゾ


「コラコラコラコラ!まだ俺はイエスって言ってねぇっての!


「イエスっていうのはノーの裏返しなんだろ?俺わかってるよ、銀時。お前が素直にイエスって言えないちょっとジャイアンな子だってのは」


「ジャイアン!?ちょっとジャイアンって何だお前。それシャイじゃねーの。言うんだったらシャイなんじゃねーの」


「わかったー。じゃあマッチの名曲、ケツ毛・ザ・シャイでいこー」


「いきなり何のネタだよオイ!確かにあれも銀魂のサイドをしめるヤツだけどもそれをここで出すな!ややこしくなるから!昼ドラの三角関係以上の関係並にややこしくなるからァァ」


「ややこしさがクセになる。それが昼ドラの醍醐味だ〜!アレ?大ゴミ?燃えるゴミ?」


「何で燃えるゴミになるんだよお前の頭は。むしろお前の頭が燃えるゴミだ。醍醐味であってたんだよ。いい加減頭良くなってくんねーかな。せめて常識通じるぐらいに良くなってくんねーかな」


「スミマセン、もう何だか収集つかないんでどうにかしてくれませんか」



確か依頼がどうのだった話がいつの間にか脱線が脱線してまとまりがなくなってしまっている。
一体何の話だったか忘れてしまいそうになるぐらいに、だ。

いい加減戻さないと、もうどこにも帰ってこれない。
新八がどうにか軌道を修正するためにツッコミ入れた。
そこに、ようやく二人はハッとする。
はすぐに、話を元に戻そうと口を開いた。



「…えーと、何の話だっけ。ゴンギツネの話だっけ?


「違ーよ。アレだ。ゴンとキルアの今後についてだったろ。ハントーハントーの


「違ェェェェェ!!何の脈略もねーよそんな話!!どっから沸いて出たんだよ!!アレでしょ!ここに住むだとかの依頼の話だったでしょォォ!!」



一体何故、どこからそんな話が出たのだ。
新八が思いっきり声を張り上げてツッコんでいく。
コメカミにはしっかりと青筋を作って。

ボケ倒した二人は「あーそうだった」と思いだしたように手を叩く。
どうやら、という人物も相当なボケらしい、と新八は再確認しつつ、疲労気味に溜め息を吐いた。



「あー、とにかくダメだから。そんなわけでお前はホームレス生活楽しみなさい」


「ええええ、だからなんで〜?働くって言ったじゃん。家賃代払うって言ったじゃん。家事やるって言ったじゃん。あと何が足りないのさ。気合?気合かコノヤロー


「気合なんているかァァ!!お前にはマナーがねぇんだよマナーが!」


「あーごめん、携帯無いからマナーモードには出来ねぇんだけど」


「誰が携帯の話をしましたかァァ!?常識!いわゆる常識!!」


「銀さんも常識ないじゃないですか」


「ウルサイよ!」



そしてまた始まる舌戦。
しかも時々全然違う方向へと曲がっていく。
何度か新八の軌道修正が入るも、あまり意味がない。
ただギャーギャーとウルサイだけだ。

そんな光景を、神楽はぼんやりと見つめていた。
灰色の人物に手当てされた傷を、時々見やっては。

考えて。


まだ言い合っている二人(と、ツッコミ一人)を見て。
ようやく口を開いた。



「銀ちゃん、お腹空いたアル」


「ああ?」



全く関係ない話を持ち出した。
というよりも、空腹を訴えたのだが。

さすがに銀時や新八、も全く違う空気に首を傾げた。
しかし、それを彼女が気付くわけもない。
何事もないかのように神楽はそのまま、言葉を続けた。



「ご飯、に作ってもらって、納得できる美味しさなら私文句ないアルヨ」


「オーイ何勝手に決めてんだ。お前に文句なくても俺にはあるからね。決めるの俺だからね。そこ分かってる?分かってる?」



小さくも、大きな提案。
まさかそんな言葉が出るとは思っていなかった三人は目を丸くした。
いや、銀時だけはブーイングだ。
この家の主は彼なだけに、我が物顔で言う彼女が気に喰わないのだろう。

が、しかし。
新八は素直にそれに頷いた。



「あー、じゃあそれでいいじゃないですか。ここに住んでるの銀さんと神楽ちゃんですし」


「オーイ、よくないよー。俺の存在忘れてるよー。皆の銀さんを忘れてるよー



他人事のようにケロリと言い放つ。
はその言葉に、大きく眼を見開かせた。
ちなみに銀時は誰も聞いてくれないので、無意味に日めくりカレンダーを破き始めた



「え?そうなの?新八君は?」


「僕は実家から通ってるんです。まぁ、ときどき泊まらせてもらったりはしてますが」



ということは、ここに住んでいるのは二人と一匹。
しかも男女。

それを理解した途端、は「あー」と納得しつつ肩を落とした。



「…そっか、じゃあ俺諦めるよ」


「……え、諦めるんですか!?」



これはしっかり参戦するだろうと思っていた新八は目を見開いた。
料理を作って、神楽さえ納得させれば依頼を受けてもらえるのに、と。
(銀時の威厳は全くどこにも存在してなかった)
あっさりと引く宣言を出したは爽やかな笑顔で対応した。



「うん、だってさすがに男女一組屋根の下に邪魔者が入るわけには…


「はぁ?」



どんなにゴリ押ししてもさすがにそこは引くところだろう。
はそう判断したまで。

その言葉に反応したのは銀時と、新八だった。
特に先程までカレンダーを破っていた銀時は顔が真っ青だ。



「オイオイオイオイそれめっちゃ勘違いだから!勘違いっていうか間違いだから!ジャンプと赤丸ジャンプ間違えるぐらいの酷い間違いだから!!」


「そうですよ、さすがにないですよソレ。…きっと


「きっとじゃないって!絶対ないって!」


「照れるな照れるな!こ〜のコマッタちゃんめ」


「誰がコマッタちゃんだコノヤロォォォ!!」


「いたあっ!!」




バッシーンという乾いた音と共にからかったの頭ははたかれた。
頭上からは銀時の「だから違うっつぅとるだろうがァァア!!」との怒声が聞こえる。
どうやらからかいすぎたらしい。
は痛い部分を優しく擦りながら顔をあげた。



「よし分かった!俺も納得できるご飯作れ!そしたら家賃払って働くなら依頼引き受けてやる!」


「…そうでなくてもこちら側が凄いお世話になる気がするんですが…」



あらぬ勘違いから銀時が折れた、というか勢いで話がまとまった。
新八も納得し、神楽も納得している。
気づかぬうちに、そういう流れが出来たのならばそれに対応するしかない。

これしか、ホームレスを避ける術がないのなら。
そして許可が下りたなら。
やるしかない。


はフワリと微笑んで。



「うん、頑張るわ」



とガッツポーズを見せた。


















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