「溜息ばっかだなぁ、おい」 「っ!!?」 全く人の気配がしなかった背後に、声。 女性にしては低い、とはまた違った大人びた声。 それでも悪戯っ子のような印象を受ける。 は驚いてすぐ様後ろに振り向いて鋭く目を細めた。 勿論、すぐ戦えるように片手は黒い羽織りの中へと潜り込ませて。 「おいおい、物騒だなぁ」 ククククと楽しげに笑うその人物。 本来ならば月も町の明かりもないこの暗闇でその人物の容姿を見るのは難しいものである。 それでもハッキリと見えるのはの目が暗闇に慣れたからか。 それとも、その人物が『特別』だからか。 どちらにせよ、はその人物を見て、今度は目を見開いた。 よりも頭一個分は高い身長。 長い黒髪は頭の上で結われており、その髪はしなやかにウェーブを描いて腰のあたりまで伸びている。 瞳は神聖さを帯び、口は不適に綺麗な弧を描いている。 そこらにある木に右肘をたてて寄りかかる姿は妖艶、美麗としか言いようがない。 いや、それよりも。 は目を半開きにして、口を開いた。 「…あのさ、どこの誰かは知らねぇけどよ?」 「ん?何だ?」 目の前の人物は楽しげに先を促す。 分からねぇのか?とは心の中から訝しげに思いながらも、右手の人差し指はその人物を指した。 「その格好はさすがにどうかと思うぞ?」 「あ?」 「だから!!女ならそこ隠せ!!乳首だけじゃなく乳輪までハッキリ見えてんだよっ!!!!」 今度は戸惑うことなく、ハッキリと言った。 そう、目の前の人物は恐らく、女性。 ふくよかな胸の頂点にあるべきモノが二つ、くっきりはっきり見えている。 …というか、服というか衣が、無色透明で思い切り上半身が見えているのである。 さすがのも、動揺は隠せないようだ。 当の本人は、というと。 の言葉をようやっと理解したのかと思えば、その場で腹を抱えて大爆笑を始めた。 「クククク…っハハハっ!!アハハハハっ!!!!」 「おいおいおいおい笑い事じゃねぇって!もうちょっと自分の身体を大事にだな」 「アーっハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」 真剣に教えようとしても、彼女の笑いは増すばかり。 しかも、自分の身体を折り曲げて腹をおさえて、涙まで出てきて呼吸困難に陥りそうな勢いだ。 あまりの爆笑ぶりに、は顔を思い切り歪ませながらも自分の羽織りを彼女の肩にかけた。 「……とにかくその格好は冷えるぞ」 「あー…ヒーッ………あぁ、死ぬかと思った…ククッ」 どうやら笑いは少しは落ち着いたようだ。 未だに口は綺麗に弧を描いて、目は涙目だが。 はもう、呆れてモノも言えぬ状態だ。 それを見越してか、その人物はまた口を開いた。 「フーッ……お前結構ジェントルなんだな」 「そりゃどうも」 素っ気無く返答するに、また彼女は小さく笑う。 そしてすぐに黒い羽織りを返した。 「でも残念ながら、俺は両性体なんでね。どこを露わにしようと関係ねぇだろ」 「は」 黒い羽織りをすぐに返されたはまだその人物にそれを押し付けながら、変な声を出してしまった。 聞こえてきたのは「りょうせいたい」。 (りょうせいたい……りょうせいたい……ええと…) 頭をフルに回転させて頭の中の辞書を引く。 そして、たどり着いた言葉に「はぁ?」と顔を歪めた。 「…お前、蛙と同じなのか?」 ・・・・・・・・・・・・。 「………プハーッ!!!クククハハハっ!!!」 超がつくほど真面目に問い返したに、その人物はまたもや笑いのツボを思い切りどつかれて大爆笑に逆戻りした。 そう、の出した答えは『両生体』。 所謂、陸の上でも水の中でも生存できる生物という言葉を頭の辞書で捲ってしまったようだ。 「…何。違うの?」 「アーッハハハハハハ!!!全然違ぇっ!!ハハっ!!俺が言ってるのは『両性体』!女性男性、どちらの性をも持つ身体のことっ!!!」 またもや真剣に問い返すに、もうその人物は立ってることも儘ならず突っ伏して、地面を叩いて笑い転げた。 はもう放っておくことにしたのだろう。 大爆笑している人物を横目に、また自分の頭の辞書を捲っていた。 「…あぁ〜…つまりアレか。カタツムリか?」 「ブククッ!!」 今度は合ってはいたが、例えがまた凄い。 彼女、いや彼氏か。 それはもう一度吹き出して、どうにか笑いを堪えながら小さく「そんな感じだ」と答えた。 「ハァ…フゥ…そういうことだから、俺は女性でもねぇし男性でもねぇ。だから別にいいだろうが」 もはや息切れ。 あまりにも爆笑しすぎたようだ。 は未だにチラチラと見える上半身の全てに顔を歪めた。 「いや…それでもさぁ…せめて隠せよ。もしくはいっそ全部出すとかさ」 「出していいのか?下半身は男だぞ」 「あ、やっぱダメ。じゃあ乳首と乳輪だけでも隠してくれ、頼むから」 さすがに下半身は危ない。 そう言い出すと、両性体の彼はクククと喉で笑って左腕で胸の頂点を隠してくれた。 やっと、も安堵の息を吐く。 「…ありがと。で、えーと…お姉さん?お兄さん?……面倒だな、じゃあ姉兄(ねえにい)さん」 「プククッ……いいぜ、それで。で、なんだ?」 「俺に何の用?つか、誰」 口を開けば単純な質問。 の訝しげな視線に、目の前の両性体は笑みを崩さない。 「俺は観世音菩薩だ、」 の顔が、再び歪んだ。 |