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辛いか? 何に? 生きることに? それとも俺の『宿命』が? そんなの。 「別に?」 だってそれは、考え方次第、だろ? の返答に、観世音菩薩は未だ視線を動かすつもりはない。 表情も真剣なままだ。 はそんな空気を纏う自称神様に、ヘラリと笑ってみせた。 「オンちゃん、神様なんだろ?俺が『何者』で、『どういう』ことを経験してるとか、全部知ってるから心配してくれてんの?」 人でも妖怪でも。 勿論神様でもない『存在』。 ある意味『特殊』で、ある意味『異様』。 それは『差別』と『偏見』を生む。 だからこそ、己の『存在』を隠しながら生きる。 己の身体から生まれるは鎌という、命を刈り取る武器。 多くの血を浴び、まるでそれを糧にしているような『命』。 消えていった魂は満月の夜に嘆き、叫び。 己が受けた苦痛を、へと還す。 こんな『存在』、誰が受け入れてくれよう。 ただでさえ違う身体。 それ以上に違うものが多々あるというのに。 「まぁ、辛いっちゃ辛いってときもあるけど、そんなの皆も皆だろ?俺、嫌なんだよな。辛いの〜俺だけこんなに辛いの〜ってウジウジしてんの」 本当は恐い。 自分の『存在』で何かが壊れるのを見てきているから。 壊して、しまったから。 だからこそ隠す。 表には『人間』という面をつけて。 『違う』、と誰かにバレる前に姿を消す。 そして、目的のために歩く。 自分の『存在』と、彼との『約束』のために。 彼女を止めるために。 どんなに辛くとも。 「辛くなんか、ねぇよ」 生き抜いて。 必ず君の元へ。 それだけが今の俺の望み。 ニヤリと不適に笑うに、観世音菩薩は同じような微笑みを返した。 天界で下界を見たときと同じ。 全てを受け入れ、覚悟をした紫苑の瞳。 傷ついて傷ついて、傷つけられて手に入れたモノ。 未だ癒えない傷跡。 けれどもは建前とばかりの笑顔を貼り付け、歩き出す。 (…まったく、強がりなもんだ) そう、強がり。 本当は弱いくせに、まるで自分を強いかのように見せる。 針でついてしまえば割れてしまう風船のように。 けれども、感じるのはそれだけではない。 弱い中にある、強い何かがある。 それがの『存在』を輝かせている。 「。お前の向かう先は西、だな?」 「そう。俺のコレが待ってるの」 最早観世音菩薩の知識には触れない。 そしては笑いながら己の小指を立てた。 『彼女』とジェスチャーするそれに、観世音菩薩はククッと小さく笑う。 が女であり、彼女の目的を分かっているからこその笑い。 「そうか。なら、アイツらと一緒に行けば早く着くぞ」 「アイツら?」 「玄奘三蔵一行」 「あ〜、却下」 早く着く、に反応したものの、次の名前には顔を瞬時に顰めて、胸の前に大きくバツを作った。 その理由を知りながら、観世音菩薩は喉で笑い、何故だと問う。 するとは子供のように口を尖らせて。 「だってあの金色の頭の人、ツラが恐すぎる」 としっかりと言い放った。 途端に押し寄せる笑いの波。 「…っ……クククっ……アハハハハハハハっ!!こ、金ぜ…っツラ恐っ……アハハハハハハハっ!!!!」 観世音菩薩はそれに逆らうことはせずに大声で笑った。 金色の頭の人とは間違いなく玄奘三蔵だろう。 過去では自分の甥に当たった人物だ。 だからこそ笑いが止まらない。 深い森の中に響く笑い声。 爆笑する両性体には苦笑を漏らす。 「…それに、アイツらに関わったら、ズカズカと入り込まれそうで怖い」 笑い声にかき消されるの小さな言葉。 それをしっかりと耳に聞き入れながらも、観世音菩薩は笑い続けた。 「…あ〜……ハァ……あぁ笑った笑った」 「オンちゃんさぁ、箸が転がっても笑える年頃?」 「ククッ……違うっつの。お前が俺の笑いのツボを刺激すんのが上手いんだよ」 やっと笑いは止まったものの、油断すればまた笑いだすかもしれない空気。 の訝しげな顔に、観世音菩薩はまた小さく笑う。 「まぁ、アイツらはアクが強いからな」 「…あぁ、っぽい」 「まぁ、どちらにしろ……」 お前はアイツらからは逃げられないだろうよ、という言葉を喉元で止める。 どちらにしろ何だよ?と正面にいるは首を傾げる。 観世音菩薩は笑みを濃くするだけで何も言わない。 (まぁ、それはお前が体験することだろうよ) 過去の因縁は消えない。 あの四人が集まったときにそれは証明された。 それに加えてと彼らの、あの交通事故のような出逢い。 ならば、そこにお前がいなきゃおかしいだろう? 寄せ集めのポンコツは、お前がいなきゃ成り立たない。 「…まぁ、これからのお前の生き様、上から楽しませてもらおうじゃねぇの」 アイツらの生き様と同様に。 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべると同時に光に包まれる観世音菩薩の身体。 は目と口をポカリと開かせた。 何とも間抜けな顔。 それがまた観世音菩薩の笑いを誘う。 「じゃあな、」 光と共に消える自称、神。 元の、闇に包まれる深い森。 確かにそこにいた存在はどこにもいない。 「…え、オンちゃんって結局何のために来たわけ?」 の疑問に答える者も、笑う者も、そこには残されていなかった。 |