星も、月も見えない夜。
闇しか見えない空もまた綺麗だ、と関係ない考えが心の片隅に溢れる。
それはある意味、逃避だ。


(さて、どうしよっかな…)


法衣を纏った美青年の一人のストレートな質問と鋭い眼光。
再び戻った気まずい沈黙。
は空を見上げて数多の考えを巡らせていた。


自分は妖怪でも、人間でもない。
それは事実だ。
自分の正体をさっさと言えばいいものなんだろうが、にはそんな気力がなかった。


(……ぶっちゃけ面倒くさ)


は極度の面倒くさがりであった。
どっちみち説明したところで信じる保障はどこにもない上に、証明がこれまた面倒な話。
一人でウンウン、と納得し答えを決める。

は三蔵と呼ばれた青年に真っ直ぐ瞳を向けて口を開いた。



「実はな……」


「…………………」



真剣な眼差しに、三蔵も、他の三名もに目を向ける。
一体何者なのか実際皆気になっていたのだろう。
悟空はかなり前に乗り出している。
はどこぞの誰かのように眉間に皺を寄せて、紫苑の瞳を鋭くした。



「…………実は…………」


「…………………」


「…………………………そろそろバイトの時間なんで俺、帰ります!アディオス!!!」


「「「「は?」」」」



四人が声をあげたときには、はもう走りだしていた。
スタコラサッサ・スタコラサーとそれはもう、脱兎のごとくとはこのことだ。
がどんどん小さくなっていく。

最初はポカンとしていた四人だったが、三蔵がいち早く意識を取り戻した。



「チッ……逃がすな!!!」



三蔵の声にも他三名も意識を取り戻し、悟空と悟浄が先頭を切って走り出した。
その後に三蔵と眼鏡の青年が続く。


(……逃がせねぇ…人間でも、ましてや妖怪でもねぇ、分からないヤツなんか……)


本来の三蔵ならば、放っておくだろう。
そうでなければ、悟空達に追わせて自分は後から合流するとか、色んな方法がある。
しかし、何故か本能は逃してはいけないと叫び続けている。


いや、逃してはいけない、ではない。


『逃すな』


『今逃せば、もう二度と』




悲痛なほどに心が騒ぐ。
三蔵の瞳が一層鋭くなる。
その様子を彼の隣で走る優しい眼の青年が静かに伺っていた。



「……三蔵、大丈夫ですか?」



いつもと違う彼に気がついたのだろう。
思わず声をかけてしまった、というのが相応しい今の状況。
三蔵は隣に視線だけをよこした。



「…あぁ」


「そうですか、それならいいんですけど」



素っ気ない返事に青年は微笑んで返す。
三蔵は何やら居心地の悪さを感じながら黙って足を動かした。



「あの少年は何者なんですかねぇ」


「……それを確かめるために追ってんだろう、八戒。…おい悟空に悟浄!!逃がすんじゃねぇぞ!!!」


「「分かってるっつーの!!!」」



三蔵の声に、前を走る二人が大声で返すと同時にスピードをあげる。
そして三蔵と八戒と呼ばれた青年も足を動かすことに専念する。



「待てーっ!!」


「んげっ…」



は後ろを振り向いて、愕然とした。
先程は50メートルぐらいは余裕があったのに、今となってはグングン差は縮められ、もう10メートルそこそこの距離。
特に前にいる悟空といった少年は、まるで鬼ごっこでもしているかのように目を輝かせている。



「ちょ、マジでバイトサボってて給料がヤバイんだって!今回は見逃せよっ!!!」


「そんなん賭博で何倍にでもなるだろうがよっ!」


「俺は賭け事究極に弱ぇんだよっ!!!!」



薄情な紅髪にはバカーっと言いながら全力疾走した。
それでも縮まるだろう距離。
このままでは追いつかれるのも同然だ。


(あぁ〜っ!!どうすっか!?面倒なんだよマジで!!あぁ〜っ!!!……あぁ!!!)


走っている間にしっかり悩んで走る。
そして、ある方法を思いついた。


ここは、妖怪を恐れる町。
そして、それを倒したのは彼ら。



「おーい!町の皆聞いてくれーっ!!!!」



が大声を出す。
勿論、その間も全力疾走だ。



「町を襲った妖怪集団を、やっつけた人たちのお通りだぞーっ!!!えっとえっと……なんだっけ?…おーい、後ろの人たちって玄米三昧一行だったっけ?」


「「玄奘三蔵一行!!!!!!!」」



の問いに、素直に答える悟空と悟浄。
後ろからは「馬鹿かお前らは!」と三蔵の声が聞こえる。
それを無視して、はサンキューと答え、また口を開いた。



「そう、玄奘三蔵一行様がやつけてくれたんだーっ!!皆出てきて歓迎しようじゃねぇかーっ!!!!」


「それは本当か!!?」



ある家から一人の男性が出てくる。
それを筆頭に、他の家からも人がわらわらと出てきた。
全員、これから来るであろう妖怪の集団に恐れをなして家に隠れていた人たちだ。
はその光景に、ニヤリと笑ってみせた。



「あぁ、本当だ!!俺がやられそうになったのを、あの人たちが助けてくれたんだ!!」


「おぉっ!!!」


「しかも三蔵様となっ!!!」


「おおい皆!!歓迎の宴だ!!!」



次々と出てくる人人人……。
丁度良くと悟空達の間に入ってくれる人々。
あっという間に、悟空や悟浄を始めとする三蔵一行四人は多くの人に囲まれる。
人で出来た囲いをすぐに抜けられるわけはない。
しかも、好意のものなら尚更だ。



「こらーっ!!待てーーっ!!!」


「畜生っ!これを狙ってやがったなっ!!」


「…やられましたねぇ…」


「あの野郎…っ」



悟空と悟浄の叫び。
八戒の諦めきった声と、三蔵の悔しがる低い声。
人の輪から抜け出たは振り向きながら走って、その姿を確認してからまたニヤリと笑った。



「…また会うときがあるだろうさ!じゃあな!!!」



黒い羽織りと銀髪を靡かせて、は町の小さな明かりの中へと消えていった。
辺りではまだ、歓迎だの何だのと騒いでいる。



「…………」



騒いでいる周囲とは裏腹に、三蔵は眉間に皺を寄せての消えていった方を睨んでいた。










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