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夜はさらに、深くなる。 旅の一座がこの宿に来てから数時間経っただろうか。 時計は真夜中を指し、辺りは静寂に包まれている。 定期的な音を鳴らすそれを、朋茗は溜息をつきながら見上げていた。 「…さん、遅いなぁ」 お遣いを頼んだが戻ってこない。 あの酒屋はすぐ傍にあるのだが、あのご主人は話が長い。 しかも酒の話ばかりだ。 それにしても少し長すぎはしないだろうか。 朋茗の表情が翳りだす。 「君は人の話を聞くのが上手いからな。しっかり捉まってるんじゃないか?」 「あ、うん!確かに聞き上手だよね」 朋茗の父が口を開くと、彼女もすぐに言葉を返した。 昨日今日と二日間だけ過ごしたが、どうもは自分のことを話さない。 その分愚痴だろうと何だろうと他の人の話をよく聞いてくれるのだ。 どんなに面倒な話も、真剣に且つ優しく聞いてくれる。 話し手としては、一番嬉しいタイプだ。 ということは、やはり酒屋のご主人に餌食にされているのだろう。 「君に免じて、もしかしたら酒が安く手に入るかもしれないな」 「アハハッそしたらお酒、少しさんに分けてあげようねお父さん!」 「勿論だとも」 朋茗から翳りが消える。 それを見て宿の主人は嬉しそうに笑った。 自分の娘には笑っていてもらいたい。 あんなに辛いことがあっても。 これから辛いことがあろうとも。 「すみません」 しばらく談笑していると、フロントの方から声があがった。 旅の一座だろうか。 二人は顔を見合わせながら、そちらへと出向いた。 何人かの影が見える。 そしてフロントに出た瞬間。 彼らの意識は痛みと衝撃と共に、この世界から消えた。 一方、同じ頃。 三蔵は目の前にいる男に銃を向けていた。 眠っていたときに感じた気配と殺気。 彼は起きながらも、さも眠っているかのように見せかけた。 殺気の持ち主はゆっくりと扉を開け、忍び寄る。 ナイフを振り上げたところで三蔵が起き上がり、蹴りを入れて今の状況に至った。 目の前の男はあの旅の一座の一人。 正体は妖怪だ。 尖った耳と文様上の痣がその証拠である。 それを見ると、やはり、というのは違うモノだと今更ながら思ってしまう。 しかし、今はそれを考えている場合ではない。 「…誰の差し金だ?禁を犯し混沌を生んだお前らの黒幕が何者なのか」 三仏神の言葉が脳裏をよぎる。 混沌を生み出し、三蔵一行を消そうとする輩の正体。 そして、自分の師の形見の行方を知っているであろうその黒幕のこと。 「言え、十秒待つ」 「…くっ…!!」 鋭い眼光で睨みつければ悔しそうに顔を歪める男。 十秒、待つ。 が、彼はそんなに気長ではなく。 「−遅い!!」 すぐに苛々して発砲。 妖怪が焦って「ええっ!?まだ二秒しか…」と冷や汗を流した。 全くもって短気なようだ。 これ以上発砲されては敵わない、と思ったのか、彼はすぐに口を開いた。 「だっ誰が黒幕かなんざ知らねェよ。俺達は紅孩児様に従っているだけだ!!」 紅孩児<コウガイジ>。 聞いたことのある名前に、三蔵は思考し始めた。 牛魔王と羅刹女の間の一人息子。 武術と妖術に長けた好漢という噂だ。 ただ、その男一人に魔王を蘇生させる程の化学力があろうか。 何か引っかかる。 「…そんな悠長にしていていいのか?」 思案していると、目の前の男から声がかかった。 先程までは焦っていたというのに、今は落ち着きを取り戻していて、まるで余裕の表情だ。 「何?」 「各部屋にも刺客をはなってあるんだぜ。貴様の仲間達も今頃は−」 彼はちらり、と違う方向を見て笑んだ。 それは三蔵の仲間達の危機を喜んで、のだろうか。 三蔵はそんな彼にフンッと笑ってみせた。 「それがどうした?生憎だが俺は他人を危惧してやる程出来た人間じゃ……」 しかし、そこまで言って気付く。 目の前の妖怪の笑みがどんどん濃くなっていくことに。 何かが違う、そう思ったときだった。 「ッ!?」 手に衝撃が走り、銃が弾かれる。 辺りには何もないはずだ。 驚きながらも手を動かすと感じる、何か。 「くっ…」 動けば絡まるそれ。 糸、ではあるが、それは粘着質のあるものだ。 そう、まるで…。 「そうよ…ボウヤ。他人の心配なんて必要ないわよねェ。貴方も死ぬんだから…!!」 後ろから女性の声がかかった。 振り向けばいつの間にかそこには女の妖怪。 薔薇の文様が胸にある、上半身を曝け出す。 何かの糸が編みこんであるような、それの上にいる姿はまるで。 (…「蜘蛛」か!!) 蜘蛛、であった。 |