油断していた。
三蔵は自分の失態に、舌打ちを口から零した。

蜘蛛の糸は絡みつき、締め付けてくる。
女妖怪に抱えられているのはこの宿の主人の娘、朋茗。
気絶させられている彼女は勿論、人質だ。


抵抗はこの娘の命を削る。


例え他人のことはどうでもいいと思っている三蔵でさえ、それは出来ないこと。
彼に出来ることは唯一つ。









「大丈夫ですか悟空!?」


「〜何〜もう朝メシ?」


「…いえ残念ながら」



一方、他の三人は合流していた。
こちらにも一人ずつに丁寧に刺客を放ってきてくれていて、それを丁重にお断りしたところだ。
ちなみに、悟空は未だ夢と現の間を行き来している。

正体は先程の旅の一座。
ということは、他にも多くの妖怪が潜んでいるはずだ。
ここで会わない、つまりは他全てが三蔵に回っている可能性が高い。



「朋茗さん達も気になります。…とりあえず、三蔵のところに行きましょうか」


「りょーかい」



身支度を整えて部屋を出る。
その頃には悟空は現に戻ってきていた。
窓からは月明かりが零れる。


(この間、あの人と会ったときとは正反対な夜ですね…)


足を動かしながらも、そんなことを考える。
というのも、三蔵はそう簡単に死なないということを知っているからだ。
だからこそ、動きながらも違うことが考えられる。

今日は満月。
いや、それの一歩手前か。

優しい光が地上に降り注いでいる。



「なんか、アイツと会ったときとは逆だなぁ」



八戒の考えをまるで悟ったかのように悟空が口を開いた。
それに驚いたのは勿論八戒。
隣では悟浄も驚いたように目を開いた。



「なんかさ、きっとアイツなら、この間の暗闇よかこっちの方が絶対似合うよな!!」



闇の中に舞う銀の髪。
それはそれで綺麗だった。

けれどきっと。

この優しい光の中で舞う方が。






「悟空は随分彼のこと気に入っているんですねェ」


「え、何?ホモ?やーん」


「違ェよ!このエロ河童!!」



微笑む八戒と少し引く悟浄。
それに悟空が憤怒してスピードをあげた。

こんな話をしながら、三人は離れの部屋へと急いだ。











鈍い音と痛みと共に、鉄の味が口内を占める。
身体は糸に締め付けられたまま、ゴトリと床に落ちた。
表情は歪まない。
紫暗の瞳は物怖じせず、鋭いまま目の前の妖怪を睨み続ける。



「いい眼。人間にはもったいないわ」



女の妖怪が笑みを零す。
どうやら彼のその眼が気に入ったらしい。



「−ねェ、徳の高い坊主の肉を食べると寿命が延びるんですってね。もっとも妖怪社会の中での言い伝えだけど」



そんな言い伝えがあるのか。
冷静な心は、それだけを考える。
彼女の口は止まらない。



「最高僧の証たる『三蔵』の称号を持つ者となれば、不老不死ぐらいもたらしてくれるかしら?」



冷たい手が三蔵の顎を掴んだ。
持ち上がる顔に、身体も自然と起き上がる。
瞳と瞳がかち合う。



「近くで見るとキレイな顔してるじゃない。美味しそうだわボウヤ」



美しく微笑む女妖怪。
その顔が目の前にある。
三蔵はただただ、冷静に目の前にいる顔を見た。

思ったことは一つ。



「……近くで見るとシワまみれだなクソババア」



瞬間、頭を床に叩きつけられる。
大きな音が響き、頭には衝撃と痛み。
女妖怪の機嫌を完全に損ねた。
彼女の口は微笑みながらも、額には青筋が立っている。



「調理法が決まったわ!!ミンチにしてあげる。見るカゲもないくらいズタズタに引き裂いて…!?」



そこまで言ったところで言葉が区切れた。
三蔵と妖怪との間を、鎖のついた刃物が通りすぎる。
後ろから、気配がする。



「やめとけやめとけそんなボーズ」



笑みを含んだ言葉。
いつも聞いている声の持ち主こそ、この刃物の持ち主。
三蔵はそれを聞いてから体制を整えた。



「硬ーし生臭ーし」


「煮ても焼いても食べられない人ですから」



三人の人影。
いつも見ているメンバー。



「余計なお世話だ」



三蔵は口に溜まっていた血を、外へと吐き出して悪態をついた。







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