糸が悟浄の刃物によって切られる。 三蔵はそれを見計らって、上半身だけ脱いでいた着物を羽織った。 経文を肩にかけることも忘れない。 「…礼は言わんぞ」 「期待しちゃいねーよ。−借りは返すモンだろ?」 煙草を銜えながらニヤリと笑う悟浄。 三蔵の性格を知っているからこそ出る言葉。 彼は何も言わずに、身支度を整えてから口を開いた。 「当然だ」 燐とした声が通る。 三蔵らしいその声に、悟浄が笑い、八戒が微笑む。 悟空はまだ眠いのか、欠伸で返事をした。 「何を悠長に…この人質がある限り貴様らに手は出せまい!」 いつの間にか増えている妖怪。 別の女妖怪が朋茗を片手で抱えている。 確かに人質がいては手が出せない。 だが、それは四人が揃えば別の話だ。 「じゃ、返してもらいましょうか」 「なッ…!!」 気付いたが最後。 後ろを振り向いた女妖怪の視界は、すぐに反転した。 腕の中にいた少女はなくなり、逆にあるのは両腕の痛み。 「はい」 「あうッ!」 上手い具合に絡め取られた両腕。 八戒は軽々と女妖怪を伏し、朋茗を取り戻した。 優しい笑顔が眩しい。 「−という訳で人質は無事保護致しました。ゲームは互角<イーブン>でなきゃ」 「くっ!!」 ボスであろう女妖怪が手と口で音を鳴らす。 笛のような音に、一体どこから現れたのか、妖怪達が次々と集まった。 といっても数匹だ。 この間の夜よりも少ない。 「殺っておしまい下僕達!!」 彼女の一声に動き出す集団。 それを見て悟空は指を指して怒りだした。 「料理の上手な奴を人質にするなんざ最低だぞバッキャロー!!」 「餌付けされてんじゃねーよ」 全く関係ない怒り。 空気がしらける中、三蔵はしっかりとツッこんでおいた。 悟空は己の武器、如意棒を取り出すと、それをヌンチャクのように変化させた。 三つの節に分かれるそれ。 「如意三節棍<ニョイサンセツコン>!!」 金晴の色の瞳はギラギラと輝き、集団の中へと飛び込んでいった。 蹴りを入れながら、ヌンチャクのようなそれを振り回す。 楽しそうに声をあげ、まるで喧嘩のような戦い。 「いいねェ。気持ち良さそーじゃん」 悟浄は少年の後ろ姿を見て不敵に笑う。 自分も武器の錫杖の先端の刃の部分を取り出して、それを振り回した。 鎖のついた刃が辺りを飛ぶ。 「イケそう?」 妖怪達の首やら手やらが血と共に飛ぶ。 彼はそれを見やりながら、ニヤリと笑った。 一方八戒には一人の妖怪が棒で殴りかかってきていた。 これで何度目だろう。 いい加減しつこかったのか、彼は朋茗を抱えているものとは別の手に気を溜めた。 「しつこいですねー。必殺っっ『害虫駆除』!!」 風のような気に、妖怪は吹っ飛ばされていく。 目に見える戦況。 女妖怪は大きく舌打ちを漏らした。 「どいつもこいつも役立たずが…!!」 次々とやられていく下僕達。 それを目で追いかけているために、自分に近づく気配を悟ることが出来なかった。 頬に、痛みが走る。 「さっきはどーも。利息は高いぞ」 先程まで床に伏していた三蔵。 彼が女妖怪の頬を思い切り殴ったのだ。 今度は自分が床に伏している。 女妖怪はそんな自分を気にするわけでもなく、口には笑みを作っていた。 「おナメじゃないよ。タレ目のボウヤ」 それが合図だった。 女妖怪の身体から音があがる。 「!?」 音だけじゃない。 見た目もどんどんと変わっていく。 「まさかメタモルフォーゼ!!」 「あ!?」 メタモルフォーゼ。 変化。 女妖怪であったその身体は、もうそこにはない。 大きな、大きな蜘蛛がそこにいた。 人間の何倍もある大きさ。 大きな四つの目と、小さな四つの目が黒い光を放ちながら彼らを見下ろしている。 それに、少年の感想が一言。 「うっわーマズそう!!」 「いいねオマエ。そーゆー思考回路で」 全くもって気楽な思考だ。 お陰で悟浄の顔が引き攣り、口からツッこみが零れた。 その瞬間だった。 蜘蛛の口から多くの糸が吐き出される。 「!」 「どわっ!!」 「−おい切れねーぞコレ!!」 「変化のおかげで妖力増強してやがる」 蜘蛛の糸が四人全員に絡みつく。 今度は刃でも切れないものだ。 粘着質が増して、身体が全く動かない。 今度ばかりは悟浄の刃も頼りにはならない。 「ん……」 朋茗が八戒の腕の中で小さく声をあげた。 瞳がゆっくり開く。 温かい腕に、朋茗は驚いた。 「きゃ…!?」 「あー起きちゃいましたか。スミマセンねェまき込んじゃって」 八戒の顔が近い。 優しい笑顔は少し翳りが出来ている。 一体何が起きているのか。 「え?」 「少しガマンして下さい」 彼の見つめる先に、何かが蠢いている。 動かない身体。 瞳だけが八戒の見つめる先へと動いてくれた。 「ひッ…」 蠢く、大きな何か。 引き攣る、心と身体。 それを何か認識する前に。 「きゃあぁあぁあ!!?」 朋茗は、大きく叫んでいた。 |