「ってわけでよぉ、この酒はいいってわけよ!」


「成る程!さすがおっさん…酒を見る目が違うな」


「ふっ…分かるな兄ちゃん……よし、この酒を持ってけっ!!」


「マジで!?ありがとうおっさん!!でもさっきから貰ってばっかだぜ!?」


「いいんだよぉ!おっさんの話、こんなに聞いてくれたのは兄ちゃんだけだから嬉しくてよ!!」




どこからか梟の鳴き声が聞こえてきそうな夜。
そう、もう日はとっくに沈み、時計を見れば深夜。

確か宿を出たのは夕方が暮れる頃。
財布だけ持って出たの両手には溢れんばかりの酒の量。


酒屋に来てからもはや数時間は経つ。
朋茗の言っていたとおり、本当に酒屋のご主人は話好きだった。
しかも話は酒の話ばかり。

酒に興味があるはとことん聞き入っていた。
カクテルにお勧めの酒はどれだとか、焼酎はどれがいいだとか。
少しばかり試飲しながらも聞いていたらもうこんな時間。
ご主人はご主人で、こんなに話を聞いてくれたのは奥さん以来だという。
そこで買ってもいないのに次々とお酒をくれるのだ。
お蔭様で、お金を使わずに両手に酒状態である。



「ちょっとアンタ!もうこんな時間じゃないの!店はもうとっくのとうに閉める時間よ!」



店の奥からその奥さんが怒りながら声を出す。
そう、店はとうに閉店時間を通り越していたのだ。



「だってよぉお前!こんなに酒の話聞いてくれる若者なんてそこらにゃあいねぇよ?」


「兄ちゃんも早く帰らないと、そこらは物騒なんだから!」



拗ねるご主人に説教をする奥さん。
これはこれで見物なだけに、は苦笑を漏らした。
確かにいい加減返らないと、朋茗や宿のご主人が心配するだろう。



「…そうさなぁ。じゃあ兄ちゃん、名残惜しいけど」



どうやら物騒だということを今更ながら認識したようだ。
まるで捨てられた子犬のような瞳をする酒屋のご主人に、奥さんは呆れながら宥めている。
なんだかんだで良い夫婦だ。



「はい、じゃあ失礼しますね」


「気をつけてねぇ」


「また来いよ兄ちゃん!」



心配そうな目を向ける奥さんと、また来いと大声で叫ぶご主人。
手は塞がっているため、は微笑んで礼をしてその場を後にした。


(お、重い)


かなりの量を貰ってしまったため、は少し足元をぐらつかせながら必死で歩いていく。
涼しい風が汗を攫い、気持ちいい。
が、重いものは重い。

もう少し加減してもらえばよかった、と思いながらも歩を進める。
しかし宿屋はすぐ先だ。

宿屋の玄関に辿り着いたときだった。



(…鉄の匂い…)


密かに香る鉄の香り。
それはただの金属の匂いなんかじゃない。
澱んでいる空気が告げる、警告。


(血…っ!!)


そう、血液の、あの匂い。
はすぐさまお酒を地面に置いて、紫苑の瞳を鋭くして玄関を潜り抜けた。



「ご主人?朋茗?」



入ったところで返事はない。
は顔を顰めながら調理場へと向かった。
暗い部屋と化したそこから聞こえる、何かを喰らう音。



「…朋茗?」



しかし、出てきたのは。



「あぁ?何だ?」



妖怪。

数人はいるだろうか。
食べ物の前で口を動かしているところを見ると、食事中だ。
どうやら人間は食べてはいないようだが。



「あ、食事中にすまんね。女の子と優しそうなおじさん知らない?」



妖怪を見ても平然と尋ねる
それに疑問符を浮かべながらも、彼らはニタリと笑った。



「女はボスが連れ去ってったなぁ…あとおじさんってのは…コイツかぁ?」



一人が掲げる、何か。
それは人の形をし、頭に傷が出来ていた。
意識は薄くあるのか、呻き声がする。

暗闇の中、それを瞬時に判断したは、誰が何を言う前に駆け出していた。



「うん、その人。サンキュ」



その言葉と同時に素早く彼を掲げた妖怪に蹴りを入れる。
叫び声をあげたそれを無視して、彼の手から離れた主人を片腕で受け止めた。
そのまま、そこらにいる妖怪たちに蹴りを入れていく。



「くっ!?このチビがぁっ!!」



一人の妖怪が包丁を持ち出し、切りにかかる。
はそれを視界の片隅に入れながらも、空いている片手をそちらへと出した。


音が響く。


手が切り裂かれた音ではなく、金属同士がかち合う音。
何もなかったの手の平にはいつの間にか、通常の大きさの鎌が握られていた。
その刃の部分と包丁がぶつかり合う。

しかし、それだけでは終わらない。



「な、何これぇっ!!?」



妖怪の女性が悲鳴をあげた。
それもそうだ。
の周りには、手の中と同じサイズの鎌三つがグルグルと回転しながら宙に浮いているのだから。

他の妖怪達も驚きに悲鳴をあげる。
は包丁を思い切り弾き飛ばして、ニヤリと笑って見せた。



「知らねぇ?サーカスってやつ」



の手の中の鎌もふわりと浮いて、回転し出す。
四つの回る鎌はまるで舞のようだ。
恐怖に怯えつつも、彼らは戦う気は満々のようでじりじりと距離を狭めてくる。
は人差し指をクルリ、と魔法少女のごとく回してみせた。



「切り裂け、鎌の輪舞曲<ロンド>」



女、としては低い声。
それが囁いた途端、鎌四つはそれぞれ回転しながら妖怪たちへと向かっていった。
悲鳴と共に、多くの首が宙に飛ぶ。
血飛沫で調理場が赤く染まる。



「ちなみに今のは適当にネーミングしただけ」



そう言ったときには返事はもう返ってなどこなかった。
宙に舞うのは赤く染まった四つの鎌。
辺りは赤く染まった調理場。
ゴロリと転がるは妖怪の死体。



「あ、しまった。汚しちゃった」



気がついたときには時既に遅し。
鉄の匂いが漂う調理場に冷や汗をかきながら、は腕の中の人物にようやく目を向けた。






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