「ご主人。ご主人、しっかりして!!」 ペチペチ、と軽く頬を叩く。 すると彼は呻きつつも目を開いた。 どうやら頭の傷はそこまで酷くないらしい。 「…君?」 「そう。大丈夫っすか?」 彼の言葉はしっかりしている。 はほっと安堵して笑顔を見せた。 「ああ、私は大丈夫だが…朋茗が!」 勢いよく起き上がる主人。 そうすれば勿論立ちくらみが起こる。 倒れかける主人を、はおっと、と支えた。 赤く染まった調理場。 先程まで舞を踊っていた鎌はもうない。 ヨロヨロと歩き出す彼を、はポケットにあった財布をそこらに置いてから、両手で肩を支えた。 「ご主人、俺も行きます。朋茗を助けなきゃ、ね」 可愛い娘が危険な目にあっているのだから、彼は必死の形相だ。 その気持ちはよく分かる。 だからこそ、は一緒に行く、と言い切った。 それに、他に妖怪がいることは確かだ。 お客もいることを思い出す。 どちらにしろ彼一人でどうにかしようにも無理がある。 「…ありがとう、君」 やっと彼らしい微笑が見れた。 も微笑みかけ、肩を貸す。 ゆっくりとだが、それでも心は急いでいる。 二人が廊下に足を踏み出した瞬間だった。 「いゃああぁ!!!」 朋茗の悲鳴。 宿中に響き渡るその声に、二人は真っ青な顔を見合わせた。 「朋茗……っ!!」 「ご主人!こっちの部屋だっ!!!」 動かない足を懸命に走らせる。 ドアが開け放ったままの離れの部屋が見える。 声はそこから聞こえたはずだ。 ドアの前に辿りつくと、銃が一丁、床に落ちていた。 (…これ、どこかで見たような…) しかし、今はそれを考えている時間はない。 主人である男性はそれを拾いあげ、二人で部屋の中を覗いた。 見えたのは大きな蜘蛛。 どうしてこんな大きなものが部屋に入ったのか分からないほどだ。 多くの目が黒く光っているのが見える。 光がないのにも関わらず、うっすらと見える、張り巡らされた銀の糸。 そしてそれに向かい合うようにいる五人の人影。 「きゃあああっ八戒さん!!」 どうやら朋茗の近くにいる人物に蜘蛛の糸が絡んでいるらしい。 動作からして、首元だ。 窒息死する可能性がある。 (…っ) 鎌を取り出そうとしたときだった。 主人が銃口を蜘蛛に向けた。 「…君、身体を支えてもらえないか」 妖怪にバレないように、こっそりと呟く主人。 優しい目は今は真剣味を帯びていて、決意が身体全体に感じられる。 何を言っても退かないだろう。 そこまでは瞬時に考えを巡らせた後、しっかりと頷いて彼の身体を支えた。 小さな銃だが、されど銃。 反動はあるに決まっている。 だからこそ、は足に力をいれた。 「…ご主人、目に狙いを定めて」 誰だって目は急所だ。 耳元でがこっそりと囁くと、彼は頷いて銃を向けた。 そして、引き金が引かれる。 乾いた音と、響き渡る悲鳴。 銃弾はきっちり蜘蛛の左目に命中。 蜘蛛の糸は次々と切れていく。 首元に巻かれていたであろう人も解かれたらしく、咳き込んでいるのが見えた。 「…お、お父さん!!」 「無事か朋茗!!」 「親父さん!」 朋茗がこちらに駆けてくる。 助かった四人のお客らしい人たちも主人を呼んだ。 「朋茗」 父親に抱きつく朋茗に、も後ろから声をかけた。 後ろから、というのもまだふらつく主人を支えていたからだが。 「さんっ!!!」 彼女はよっぽど嬉しいのか、にも抱きついてきた。 片手で主人を支えながら、胸に飛び込んでくる朋茗を抱きとめる。 顔を覗き込むと、少し涙が見える。 「悪かったな、遅くなって…恐い思いさせちまった」 「いいのっ!お父さんも無事だったし!さんも無事だから!!」 ぽんぽん、と優しく頭を撫でると浮かぶ満面の笑み。 も父親である主人も、三人で微笑んだ。 一方。 四人の客は突然現れた宿屋の親父さんと現れた人物に呆気に取られていた。 銀の髪に、紫苑の瞳。 闇を彩るかのような漆黒の羽織り。 そして『』という名前。 「…三蔵?」 「三蔵!アイツ!!」 「……あはは、また会えましたね三蔵」 三蔵の表情を伺う悟浄。 嬉しそうに笑う悟空。 苦笑する八戒。 そして、眼光を鋭くし、不適に笑む三蔵。 (…おっと、なんだか冷たい視線がどこからか…) 三人で微笑みあっていたのも束の間、どこからかの冷たい視線にの背筋が凍る。 足元のふらつく二人と一緒にその場に屈む。 そしてどこかで感じたことのある感覚に、は部屋の中を覗いた。 今度はしっかりと見える四人のお客。 見たことのある姿、格好。 青ざめるはの顔。 そして発した言葉は。 「………………いやん」 という間抜けなものだった。 |