オンちゃん、オンちゃん聞こえますか。


神様なら今の状況をどうにかしてください。





(と言ったところでまたアンタは盛大に笑うんだろうか)


は一人、トリップしながら目の前の状況をうんざりと見ていた。
妖怪が現れたとか、そんな可愛いものじゃないのだ。

ついこの間「何モノだ」と問われ、自分を追いかけてきた集団が今まさにここにいるのだ。
どうにかこの間は巻いたものの、今回は無理だろう。
何せ妖怪がいて、そこに何も知らない一般人が二人もいるのだ。

四人の視線がこんなにも痛い。

嗚呼、いっそ「失礼しました〜」とそそくさとこの場から逃げてやりたい。
しかしそれはこの宿屋の人たちに対して失礼にあたる。
ここまでお世話になったのだ、それだけは避けたい。



「…また遭ったな、



しっかりと名前を覚えられているあたり、相当恨んでいるようだ。
座った紫暗の瞳が紡ぐ『遭った』とは、と同じ『事故』のように捕らえているんだろうか。
それにしては、口の端が上がっている。


(ツラ恐いツラ恐いツラ恐いツラ恐い)


綺麗な顔をしているというのに、これは恐いとしか言い用がない。
はまるで呪文のように心の中で唱えている。
きっとこれを観世音菩薩が聴けば大爆笑間違いなしだ。



さん、知り合いなの?」


「チガイマス」



朋茗の質問に、何故かは片言。
実際、はもう冷や汗は流れに流れ、顔は蒼白だ。
口よりも顔が語っている。
朋茗はの言葉に頷きながらも、心では「やっぱり知り合いなんだ」と確信していた。



「また会えたなっ!!」



の心とは逆に心から嬉しそうに笑いかける少年。
その微笑は金髪の彼とは違い、まるで神々しい太陽のよう。
だが、には眩しすぎる笑顔にしか見えず、むしろ逆効果だ。



「俺、もう一度お前と会いたかったんだ!」


「ソ、ソウデスカ」


「今度は逃げんなよ〜。逃げたら俺も今回は黙っちゃいないぜ」


「オ、オ構イナク」


「大丈夫ですよ。逃げなければ何もしませんから、多分」


「オ心強イ言葉アリガトウゴザイマス」



少年の後に、紅の髪の青年と眼鏡をかけた青年が言葉を続ける。
優しい声なのに言葉は脅しにしか取れない。
もう片言であるの声は涙声だ。


(マジ、泣かせてください)


涙は今この状況では出ないものの、男泣きしたい。
ちなみに追い討ちをかけたのは仄々とした青年の「多分」という言葉だということを今述べておこう。



「…さん、何やったの?」


「…俺は無実なんだけどなぁ…」



朋茗の言葉にまた涙が零れそうだ。
は上を見上げつつ、瞳に遠くを映した。
遠くといっても天井だ。
それがまた自分を虚しくさせる。



「おい、お前の銃じゃんよ」


「拾い物にはお礼一割だな」



今更主人の持っている銃に気付く一行。
それだけの存在が大きかったのだろう。
ちなみに彼らにはしっかりと、天井を見上げているが目に入っている。



「…おのれ人間ふぜいが…!!」



蜘蛛から聞こえる、女性の声。
その声に、やっとはこの世界に意識を戻した。
背に大きな薔薇の刺青。
左目の潰れた蜘蛛は、近くにいた男の妖怪一人を睨み、足で捉えた。
ヒィッという叫びが聞こえ、皆がそちらを向く。

何が起こるか、目に見えている。
三蔵はチィッと大きく舌打ちをした。



「−見るな、朋茗!!」


「え?」



三蔵が朋茗の視界を防ごうと手を掲げる。
が、袂で防いでも見えてしまうのは常。
バリッという大きな音と共に飛び散る赤い液体。
内臓が潰れる嫌な音。

グチャグチャ…と暗い一室に響き渡る音。
蜘蛛が妖怪の身体を喰らっていく。
はそこらにある内臓を見て、顔を顰めた。



「……………いやん」



本日二度目の間抜けな台詞。
しかし心境は先程よりも冷静だ。
瞳はどこか冷ややかになる。

蜘蛛は妖怪を喰らうことで、傷ついた目を癒していく。
それを、目を逸らさないで見る。



「仲間を…喰ってやがる!」


「妖力を取り込んで傷を修復してるんです」


「男を喰らう…か。まさに蜘蛛女だな」



三蔵以外の三人がそれぞれ言葉を漏らす。
ただそんな言葉がの耳の右から左へと通り抜けていく。
感情無い紫苑の瞳がその映像を、まるで映画を見るように映しだすだけだった。








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