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雨はまだ冷たく自分を濡らす。 髪に落ちた滴が頬を伝ってそのまま首筋を撫でて、胸から腹に巻かれた包帯のサラシへと下りていく。 白い小袖はまだ紅のまま。 それでも構いはしなかった。 これが、罪の証にすら感じられるのだから。 暫く雨の中をただただ歩く。 しかし、世界は変わりつつあった。 灰色の空は光を増し、青空を見せ始める。 零れ落ちる太陽の輝きは濡れている全てを輝かせた。 どこか幻想的に見えるが、雨はまだ止まない。 青空は広がりつつあるというのに。 (そういえば、お兄ちゃんが言っていたっけ) 過去、青明が言っていたことがふと脳裏を過ぎった。 どうでもよさそうな昼下がり。 いつもと変わらない日の中で、ポツリと彼は言った。 『知ってるか?青空って泣くんだぜ?』 『何?いきなり』 『狐の嫁入りって言うらしいんだけどさ、これが綺麗なの何のって』 突飛に話しだすのはいつものこと。 二人でのんびりと空を見上げていたときに、青明は青空へと手を伸ばした。 届くはずもないそこへ伸ばして。 握る。 『曇り空も、雨空も泣くけど、青い空も泣く』 泣く、とうことは雨を意味しているのだろうか。 ただはのんびりと見上げていた。 青い、青い空を。 彼と同じ瞳の色の空を。 『つまり、嬉しいときも泣けるってことだ』 『…ふーん』 『お前、今どうでもいーとか思っただろ』 ベシッと軽くの頭を叩く。 痛いと声をあげると、青明はムスッとしながらそのまま髪をグシャグシャと乱暴に撫でた。 嫌いではない、むしろ好きなその行動。 それてもあちこちにハネる髪を整えるのは面倒くさい。 顔を顰めるの横で、思い切り髪をグシャグシャにした本人は、また青空へと目を向けていた。 『青い空が泣いたとき、それは何かを生み出す』 『何か?』 『そうさなー、心の橋!みたいな』 橋、というのは虹だろうか。 なんともロマンチストな表現だと思ったものだ。 しかし、彼はそのまま嬉しそうに言葉を続けた。 『その橋の下には、宝物があるんだ』 虹の麓。 それを見つけるのも難しいというのに、宝物なんて。 訝しげにが顔を顰めると、青明はニヤリと笑ってみせた。 『マジだぜ?俺は宝物、見つけたよ。何にも変え難い、大切な宝物』 『…へぇ、何を見つけたの?』 本当なのなら聞いておきたい。 好奇心が芽生え、じっと次の言葉を待つ。 青明は懐かしむように。 口を開いた。 『十年ぐらい前な、俺、精神的にズタボロだったわけよ。殺人をちょっとやらかしたからさ』 弟を生死の境目に追いやったヤツラを、一人残らず殺した。 あの感情に捕らわれてしまった時点で空っぽだった心。 捕まって、そして放たれて。 どうすればいいのか分からなかった。 泣くことすら出来なくなっていた。 あの時よりも、もっともっと、空っぽになった心。 真実味あるその話に、はじっと耳を澄ませた。 『そしたらさ、青空が泣いてくれたわけ。俺の代わりに』 光を反射して落ちる滴は酷く綺麗だった。 まるで宝石のようだった。 そう彼は思い返すように言った。 『そうしたらさ、心の橋がかかってたんだ。七色に輝いて』 それだけでも綺麗なのに、橋までかかっていた。 心が荒んでいた青明にとって、それは太陽よりも眩しかった。 『俺の両親から聞いてたんだ。心の橋の麓には宝物があるって』 今更それを思い出して。 興味を持って、試しに麓を追いかけてみた。 七色の橋が降り立つそこにあったのは、一つの孤児院。 『孤児院?』 『そ、孤児院』 孤児院だけならまだいい。 しかし橋はしっかりと、孤児院の一つの建物に降り立っていた。 まるで離れのようなそこ。 一体何があるのか。 興味と好奇心が駆り立てる。 青明は、そこを訪れた。 虹の中にいる人達はそれに気付かないというのは本当らしい。 孤児院の人達は首を傾げるばかりだった。 とにかくあの離れの中を見たいと申し出た。 『めっちゃ断られてさぁ。不幸が起こるだの死ぬだの。こりゃ絶対宝があるって思ったね俺は』 見られてはいけない宝があるのだ。 必死に止める孤児院の人達の形相からそう判断したために、青明は半ば強引に離れへと向かった。 まるで牢屋になっている離れ。 誰も近寄らなさそうなそこ。 封印でもされているのだろうかと、鉄格子を見てそう思った。 『…そしたら、本当に宝があった』 鉄格子越しに覗いたら、そこには人間らしき者がいた。 いや、妖怪でも人間でもない。 幼い子供のようだった。 銀色の髪がキラキラと輝いていた。 紫苑の瞳が驚きに目を見開かせていた。 [誰?] そう言った言葉が、綺麗なアルトを奏でた。 それだけだったはずなのに。 何故か酷く嬉しくて、涙が溢れた。 『…それって宝物じゃなくてガッカリって意味でないの』 『いやいや、マジで嬉しくて泣けたんだって』 [お兄ちゃん、泣いてるの?] [どこか痛いの?] 鉄格子越しに伝わる体温が愛おしく感じた。 心配してくれる子供の心が、自分の荒んだ心に響いた。 引き取ると決めたのはその瞬間だった。 この子が、自分の宝物になると確信していた。 死神? 魂の解放? 鎌? そんなの関係ない。 自分は、この子と生き抜くと決めたのだ。 自分の代わりに泣いてくれる雨の中 心の橋の下にあった 宝物である、この子と 『そしたら大当たり。超大切な宝物になりました。チャンチャン』 それが誰を意味しているのか、分かる。 だからこそ、青明は胸を張って威張り。 はそっぽを向いて黙った。 『………』 『お、照れてる照れてる。可愛いなぁこの野郎!!』 『照れてない!!』 『アハハハハハ!!!!』 その話は嘘だと、思った。 けれど、魂の解放で見た彼の記憶の中では、その通りになっていて。 真実だったと分かった途端、また哀しくなったのを覚えている。 (青空が、泣くか……) 自分の代わりに泣く。 泣けない、の代わりに。 (俺も、何か見つけれるのかな…宝物。なんてな) 期待などしない。 期待して損したことなど多々あったのだから。 それに、虹などそんなタイミングよく現れるはずがない。 だが。 次の瞬間、は目を大きく見開かせた。 「…嘘」 涙を流す青空にかかる、大きな心の橋。 七色に輝くそれは、麓をしっかりと持っているようだった。 その麓は見えないでいる。 木々や岩肌に囲まれていて。 何があるのか分からない。 「………っ……」 何かがある気がする。 期待してはいけないと思う傍ら、無意識にも足は、虹の麓へと走り出していた。 流れる景色の中をただ、それだけを追いかけて。 近づいても近づいても虹は消える気配がない。 雨の中、変わらずに青空と光の中に在る。 『お前は、いつ見つけるのかなぁ』 草木を掻き分けて、引っ張られるように。 肌が傷付くも、全くそんなの気にならない。 脳裏に響くお兄ちゃんの声。 貴方の瞳が、あの空に在る。 『荒んだ心に響く、空』 優しい青い空が涙を流す。 何が嬉しくて、それを流すのだろう。 彼が宝物を見つけたあの心の橋の麓は、今度は何を残すのか。 『優しく自分の代わりに流す涙』 大きく視界が開ける。 一定の森を抜けた途端、そこには岩場だらけの広がった空間があった。 その一部に、虹色の光が降り立っている。 「………嘘………」 優しい青空の涙の中に、虹が降り立つその麓。 そこに在る何かに、は大きく目を見開かせた。 光を弾く雨の中、輝く地上。 綺麗な世界。 『そんな中にあるお前の大切な宝物は、何なんだろうなぁ。俺、見てみたいよ、お前の宝物』 彼は、青空になって見ているのだろうか。 目の前にある綺麗な世界にある宝物を。 そこに在ったのは 宝物は いるはずのない四人と一匹の影。 |