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がまだ死んでいないと思っているなら、必ず日中夜起きているはず。 況してや早朝は、陽が上ると共に全員が起きるだろう。 それがあの町での、風習のようなものだった。 ならば、早めに行った方がいい。 はゆっくりと自分の身体をベッドから離した。 途端にズキリと痛む腹部。 刺された場所が酷く疼いて、顔を顰め、小さく悲鳴をあげた。 「…やっぱまだ完治してねぇや」 「当たり前じゃろ。生きとるだけで上等じゃ」 当たり前、と言い切られると本当に当たり前のように感じられる。 包帯がぐるぐるとサラシのように巻かれている。 胸部までしっかりと巻かれている様に、は小さく笑った。 愛しむように、そこを撫でる。 そこらにかけてある白い小袖に腕を通すだけで、紐は結わない。 結べばもし転んだときに、結び目が傷口を抉るかも分からないのだから。 ジーンズは穿いたままだったため、手間はかからない。 見た目不恰好なままだが、はそのまま行こうと決意していた。 「……こんな朝早く行くのかい」 「出来るだけ、早く済ませたいから」 それに早朝から全員が活動するだろうから、叩くとするなら今がチャンスだ。 昼になればまたバラバラになろう人々。 二度手間は省きたい。 いや、もう二度とこんなことにしたくはない。 終わらせるために、行くのだから。 はそのままブーツを履いて立ち上がった。 二日間寝てたために、足は力が入らずにフラついてしまう。 それを、蓬希が支えた。 「ありがとう」 「…本当に、無茶するねぇ。ねぇ龍さん」 お礼を言えば、呆れたような返事が戻ってくる。 ベッドの横の亀はその言葉に目を細めて、を見守っている。 同じように、白竜は小さく同意の声をあげた。 はそれを見やってまた小さく笑ってから足を進ませた。 眠る流音の横を静かに通り過ぎて。 支えて貰いながらも眠っている三蔵達を避けて歩いて。 玄関までつくと、は小さく安堵の息を零した。 汗が流れて、息も浅くなる。 腹部はまだ痛みと悲鳴を発している。 「痛み止めいるかい?」 「いや、いいや。痛みがなくなったら、もっと無茶して動きそうだから俺」 痛みがあるからこそ分かる、自分の状態。 これで無くなったら、めちゃくちゃに動いてそれこそ死んでしまうかもしれない。 死んだら、意味がないのだ。 自分の目的はまだ、終えていない。 蓬希に断りを入れて、はそこらの壁に手を預けた。 そこに体の重みをも預ける。 「…今でなくても良かろうに」 「全くだな…あーもう、面倒くさい」 壁によりかかりながら、は今度は溜め息を吐いた。 扉を開けば、涼しい風が頬を撫でる。 銀の髪が優しく、揺れた。 吹き出ていた脂汗を、静かに拭ってくれる。 崖の上の家だからか、よく空が見える。 地平線すらも、あの町すらも。 夜の曇りから、朝の曇りへと変わる時間帯。 紺色を宿した灰色は、酷く泣きそうだ。 はそれを見上げてから、振り向いて老婆に微笑んだ。 「お願いが、あるんだけど」 少し明るいところで見えるの顔は、ある意味清々しく見える。 体力も気力も減っているだろうに、この微笑。 しかしそれを突っ込んではいけない、そう感じた蓬希は「なんだい」と声を出した。 「黒い羽織りと俺の荷物、預かってて欲しいんだ。また戻ってくるから」 持っていっても、邪魔なだけだ。 この身体を動かすことすら苦痛な今、荷物を持ったら動けなくなる気すら起きる。 それに、黒い羽織りを羽織ることすら面倒だ。 出来るだけ身軽な方がいい。 何となく分かったのか、蓬希は軽く頷いた。 「あと」 「何じゃい、まだあるのかい」 それだけではないのか。 不満そうに言う老婆に、は小さく笑った。 心からの笑みではないそれで口を開く。 「…三蔵達には、俺はもう帰ったって伝えておいて欲しい」 「………」 「助けてくれてありがとうって言ってたって伝えておいて欲しいんだ。…巻き込むわけにはいかねぇし」 自分が意識を失って二日間。 助けてくれたことは事実だろうし、きっと『死神』をも知って傍にいてくれたのだろう。 その間ここに滞在していたってことは、自分が目覚めるのを待っていてくれたのかもしれない。 しかし、これはの問題だ。 彼らには彼らの旅があるし、こんなとこで足止めを喰らって欲しくない。 もしここでがもう帰ったとなるのなら、彼らは自分の道を進むだろう。 西へと向かうはずだ。 「…いいのかい」 「いいんだよ。…その方が、いいに決まってる」 これでまたゴタゴタと面倒なことになるよりは。 彼らを殺めてしまうよりは。 『死神』のせいで彼らを殺してしまうよりは。 別れてしまう方がいいに、決まっている。 「…もし、俺を受け入れてくれたんなら尚更だ」 『死神』は関係ない。 『は』だと、彼らが言ってくれたのなら。 いや、そんなこともうどうでもいい。 もっと前から、彼らを死なせたくないと思っていた。 いつからかなんて、分からないけれど。 失いたくない。 自分のせいで、なんて。 と同じように、突き放すしかない。 がもう手遅れだと言っていた意味が、ようやく分かった気がする。 こんな感情、以外に持ったことがなかったからこそ。 「生き抜いて、欲しいんだよ…『死神』が関わらない場所で」 自分から逃げて欲しい。 手の届かないところまで。 あの雲の向こうの、青空のように。 太陽のように。 闇と受け入れない、あの輝きのように。 いつまでも、輝いていてほしい 「…だから、俺が戻るまでに、こいつらを旅立たせて欲しい」 もう会わない。 これでさようなら。 それが一番いい形。 「そんな無茶な……」 どういう理由を出せば出てってくれるのやら。 いきなりの難題に蓬希が顔を顰める。 は渋るのを予想していたために、ゆっくりと次の言葉を紡いだ。 「…頼むよ。孫としての最初で最後の願いだ」 孫として。 その言葉に、蓬希は大きく目を見開かせた。 酷く狡い願いの仕方だと知りながら、はそう言葉に出した。 父の魂の解放のときに見た祖母の姿。 彼女はと父を切り離した超本人の一人だった。 父は平凡な商人。 片や母はどこぞのお金持ちで、貿易商の娘。 身分違いの恋と結婚に反対して、生まれてきた子が『死神』だと分かって数年。 迫害が降りかかり始め、嫁の父親が彼らと縁を切った途端、酷く恐くなって無理に夫婦を切り離した。 彼らの友人等すら巻き込んで。 それを父が知ったのは数年後。 再婚して流音が生まれてから、そしての母親が死んでからだった。 知った途端、父は絶望しながらも必死にを捜し続けた。 その様子を見て、蓬希は自分の過ちに気付いたのだ。 悔やんで、泣いていたことすら父の瞳には映っていた。 だからこそ、その単語を出したのだ。 この願いは、そこまでしてでも、やり遂げて貰いたかった故に。 の真剣な紫苑の瞳が、紅の瞳を捉える。 父親と、流音とそっくりなその目に逆らえるのは無理に近い。 いや、無理に決まっていた。 を流音と共に必死に捜していたのも。 を待つために町の人達に紛れたのも。 自分達の危険をも顧みずを匿ったのも。 全ては、あの時の償いなのだから。 「……その狡賢さは父親そっくりじゃよ」 「……ありがとう」 承諾を意味する言葉に、は深く頭を下げた。 ズキリと痛む腹部と、逆に安堵している胸の内。 これでもう三蔵一行に迷惑をかけることはないだろう。 それが酷く寂しくもあり、心地よくも感じた。 頭を上げると、老婆はやれやれと溜め息交じりに手をさっさと軽く振った。 「ホレ、さっさと行っておいで。流音と龍さんと一緒に待っとるから」 きっと気付いている。 が今、何をしに向かうのかを。 だからこそ軽く、背中を軽く押すように声をかける。 それが酷く有り難い。 はそこでようやく、本当の笑みを彼女に向けた。 「…ん。行ってきます、おばーちゃん」 目を柔らかく細めて、口の端を綺麗にあげて白い歯を出して。 そしてどこかクシャッと顔を崩して。 心からの笑みと、挨拶を残す。 はそのまま、彼女に背を向けて歩き出した。 優しい眼差しを受けながら一歩一歩、確実に前へと。 急な岩場と坂を、越えていく。 「やれやれ、困った孫だねぇ…」 そんな後ろ姿を、蓬希はのんびり見守っていた。 自分の息子よりも小さく、いつも共にいた孫よりも大きな背中。 しかし、背負うそれはきっと何よりも大きい。 それでも、前を向いて進むのだろう。 どんなに悔やむことがあっても、振り向かずに。 「…というわけで、お前さんら、朝御飯食べたら出てってもらうからね。あのじゃじゃ馬な孫の、願いじゃからの」 「…………」 後ろからの寝息はもうどこにもない。 だからと言って返事もない。 恐らく寝た振りを継続しているのだろうが、彼女にとってはバレバレであった。 だからこそ、蓬希は声をあげずに微笑んだ。 文句もあげず、ただ聞いてる不器用な四人組に。 振り向かずに。 痛みを堪えながら。 汗を流して。 覚悟を決めて。 手を握り締めて。 あの、歪んだ琥珀の町へ 終わらせる、ために |