手の平に集中すれば出てくる大鎌。
等身大のソレは、酷く重たく感じる。

刃を地面へと置いて、重みを軽減させる。
しかし、今から刈り取る命の重みは消えはしない。
そんなことを考えながら、は目の前に立ちふさがる人の壁を見つめていた。



「…それで、俺の兄貴を殺したのか」



銀色に輝く刃はどこか鈍い色を発している。
それを睨みつけて、青明に似た青年が低い声を出した。
全員が促されるようにそれを睨みつける。



「…違うよ」



は素直、正直に首を振った。
では何なのか。
酷い形相で睨みつけている彼に、はしっかりと口を開いた。



「お兄ちゃん……青明さんを殺した武器は、町の人達が持っていた様々な武器だ」


「…何…?」



一瞬、時間が止まる。
驚きに目を見開かせる青明…の弟だろう彼。
町民達も微動だにせず、ピタリと止まった。



「あの時、俺が『死神』であることは町の人達全員に知られた。…俺の母を想っていた人が、その話をバラ撒いたから」



今でも思い出せる。
三年前、突如現れた女性が、奇声をあげながら『死神』の話を大きな声で語るのを。
それは母をも、父をも殺したと。



「あることないこと全部言いまくって、町の人達を恐怖のどん底に陥れた」



『死神』は魂の解放だけではない。
じわじわと人の魂を刈り取ると。
油断していたら次の日大切なモノが殺されると。
町全てが滅びると。

彼女はきっと、あの感情に囚われたままで、どうにもならないまま壊れてしまったのだろう。
憎み、嘆き、苦しみ、怒り、それを全部へと向けた結果だった。



「青明さんとと俺が住んでた家に、恐怖に駆られた町の人達は武器を持ってやってきた。『死神』に刈られる前に、刈ると」


寒い冬の夜。
美味しそうな香りが一瞬にして変わる。

は違う町へとお遣いに出ていたためにいなかった。
それだけが、救いだったように感じる。



恐怖に駆られて、迷いながらも武器を向けた町の人達。
優しかった彼らは今恐怖に負けて、大きな狩りを行おうとしていた。
その後ろには、あの女性が狂喜の笑みを浮かべていた。

『アナタガ、悪イノヨ』

そう言葉に出して。



「様々な武器を向けられて、俺は諦めていたんだ。死んでもいいとさえ、思った…大好きだったから、町の人達が」



八百屋のおじさんも。
牧場を経営するおじいさんも。
糸を紡ぐおばあさんも。
商店街のおばさんも。
公園で遊ぶ小さな子供達も。


みんなみんな。

大好きだったから。



「…次の瞬間、青明さんの身体が俺の前に出て……町の人達の武器を全部受け入れてた…」



一番大好きな、お兄ちゃん。

彼の身体がの前に出ていて。

それを貫く様々な武器と、紅の血が目の前に広がった。


ゆっくりとを振り向いた彼は血を流しながら。
いつもと変わらない笑顔で。
笑った。



町の人々は口を紡ぐ。
瞳は、からあの青年へと向けられていた。
目を見開かせ、青ざめる彼へと。



「俺を、庇って、青明さんは、死ん」


「嘘だァァァァァァァアアァァァァっ!!!!!!」



の言葉を遮ったのは、悲鳴だった。
感情に心を、精神を囚われた青明の弟の。
『死神』から語られる真実を、否定するしかない。

ここまで来たのは。
町の人々と共に歩んできたからこそ。



「お前が!!お前が殺したんだ!!!あの優しい兄貴を!!!!『死神』のお前がァァ!!!!!!」



その言葉が空に響く。
の心を酷く抉りながら、地響きのように。



「……そう、だな。俺が殺したんだ」



これは言い訳だ。
彼の身体を貫いたのは確かに町の人達の武器だったけれども。
結局は、自分が殺したのだ。

『死神』である自分が。
町の人々を不安に陥れて。



「…青明さんが目の前で死んで…俺は…アンタ達と同じ感情に囚われた」



ああどうして?
どうしてこんなことに?

お兄ちゃん

お兄ちゃん…っ!!


複雑な負の感情が混ざり混ざって混沌となる。
涙は滝のように溢れ、血に混ざる。
目の前の大好きな町の人達が、敵と変わった瞬間。



「…そして俺は狂ったように、町の人達を殺しまくった」




『お兄ちゃん……っ!!!』


酷いあの感情が溢れ出したとき、四つの鎌が無意識にそこに現れた。
驚きが恐怖に変わり、懺悔に変わる。
しかし、それを見やる余裕など、どこにもなかった。

冷たくなっていく青明の身体を抱いたまま。
瞳は鋭くなって狂気を宿した。


四つの鎌は踊った。
の狂気を、感情を代弁するかのように回転し飛び交う。
紅の液体をあちこちへと飛び散らせて。
白い部屋を紅に染まらせるまで。

ズタズタになるまで、許しはしない。


『うああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!よくもお兄ちゃんを!!お兄ちゃんをォォォォっ!!!』



溢れる悲しみや憎しみを、どうやってとめればいい?
幼い自分は、そんなこと出来なかった。
『死神』としての衝動も後ろを押して、その感情のまま鎌を躍らせていた。


真っ白な雪が全て


紅に染まるまで












「…でもさ…それが終わったとき、空しさだけが残ったんだ。…罪悪感が、心を更なる深い闇へと沈めた…」



もう誰もいなくなった。
は生き残ってくれていたけれど。


お兄ちゃんはいない。

町の人達も、あの女性すらもいない。


残ったのは何だったのだろう。
空っぽの心、空しさ、罪悪感、多くの感情がまた闇へと陥れていく。
行き場の無い感情が増えて、悲しくなるだけだった。

魂の解放で、彼らの心情を理解出来たからこそ。
もう、自分を救えるものはなくなっていた。



「俺の罪は、消えやしない。償いなんて、出来るはずもないんだ…恨みも消えやしない。俺が命を落としたって」



復讐というエゴで殺したって、心は救われない。
むしろ、突き落とされる。
はそれを知っている。

だからと言って、何か償いが出来ないかと考えるも、命の重みが何かで償えるはずがない。
勿論、自分の命一つでも。




「だから、俺は生きることを選んだ。奪ってしまった命の分、生きることを」




生きろと、あの人が言ってくれたから。
それが約束となって自分をここへ繋ぎとめる。

闇の中で、生き抜く。

この手が、身体が紅以上に染まっていこうとも。



「それに、俺はやらなくちゃいけねぇこともあるんだ」






牛魔王蘇生の噂が流れたときに、消えたはずの蜂窩に寄った。
と一緒に作った墓地となっているそこ。

そこから一つの墓が消えていた。
名前だけはあったけど掘り返されていた。
遺体が、そこから消えていた。



、私が絶対、どうにかするから』



別れるときのあの言葉とこの状況が一つの線で結ばれるのだとしたら。
『死神』の倫理観に反する『蘇生』を大切な親友が行おうとしていることが出てきた。



『生ってのは、一つだけだから精一杯生きられるんだぜ?俺は一度だけでいいや。生き返るなんて真っ平ゴメンだね』



生き返ることを拒んでいた青明が、もし彼女によって生き返ることになったら。
それだけは、止めなくてはいけない。





「だから、俺はここで死ぬわけにはいかない!!!」





死んだ町の人達のためにも。
死んだお兄ちゃんのためにも。

死んだ父と母のためにも。
それを背負いながら自分を捜してくれた祖母と義弟のためにも。


の、ためにも。


目の前に立つ、悲しみを宿した偽りの町の人々のためにも。



何より、自分のために。





「俺を殺すつもりなら、死ぬ覚悟で来い。俺は絶対に死なない!!どんなに罪と血を被ろうとも、それを背負って闇の中で生き抜く!!!!」




は大きな鎌を両手で持ち上げた。
空を切り裂けるような、鈍く銀に輝く刃。
それを彼らに向けて、凛と言い放つ。

力強いアルトは、地響きは起こさなかった。
だが、決意と覚悟を秘めたそれは確実に空気を振動させた。


もう腹部の痛みなど感じさせない。
息はとっくに整った。
脂汗をも、この湿った風で乾かしてしっかりとこの地に立つ。


紫苑の瞳は闇色に染まっているけれど、構いやしない。
自分が出来ることは、これしかないのだから。















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